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(18)ベルニーニ『アポロとダフネ』~初期の最高傑作!芸術の奇跡と称えられたボルゲーゼ美術館の至宝!

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【ローマ旅行記】(18)ベルニーニ『アポロとダフネ』~初期の最高傑作!芸術の奇跡と称えられたボルゲーゼ美術館の至宝!

前回の記事「(17)ベルニーニ『プロセルピナの略奪』~驚異の肉感!信じられない超絶技巧に驚愕!ボルゲーゼ美術館所蔵の初期の傑作!」に引き続きボルゲーゼ美術館のベルニーニの傑作を見ていこう。

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(17)ベルニーニ『プロセルピナの略奪』~驚異の肉感!信じられない超絶技巧に驚愕!ボルゲーゼ美術館... ベルニーニは単に独創的なだけではありません。それを実現する超絶技巧があったからこそその独創性が生かされています。発想だけでは足りないのです。それだけでは単なる空想で終わってしまいます。確かな技術、いや圧倒的な技術という裏付けがあるからこその独創性なのだということを実感しました。

今回ご紹介するのはベルニーニ初期の最高傑作として知られる『アポロとダフネ』という作品だ。では早速始めていく。

1623年から1625年にかけて制作された『アポロとダフネ』

『アポロとダフネ』Wikipediaより

《プロセルピナの略奪》に続いて、一六二二年八月にべルニーニは《アポロとダフネ》の制作を始め、翌年の二月にはまだ制作を続けていたことが知られている。だが同じ年の夏には、もう一つの作品《ダヴィデ》に着手し、翌年の春までにこれを完成する。その後再び《アポロとダフネ》にかかるが、完全に仕事を終えたのはようやく一六二五年になってからであった。しかし《ダヴィデ》を始めた時には、この作品はすでにかなり出来上がっていたと想像される。そこで《アポロとダフネ》を先に考察しようと思う。

この作品もオヴィディウスの『転身物語』に基づいている。恋心を生む黄金の矢を射られたアポロが、恋を嫌う鉛の矢を受けたダフネを追い求めるという、有名な月桂樹ダフネの転身物語の一節である。

それとおなじように、神は希望にかられて、乙女は恐怖におびえて、ともに疾駆する。しかし、恋の翼にはこばれる追手の方が脚が早く、相手にやすむひまもあたえず、すぐ背後に追いすがり、その息は乙女の頸になびく髪にふりかかる。乙女は、もう力の限界にきて、まっ蒼になり、ながいあいだひたすら走りつづけた緊張のために精根もつきはて、ぺネウスの流れをみとめるなり、こうさけんだ。
「お父さま、あなたの流れに神通力があるものなら、どうかお助けください!みんなのこころをまどわしすぎるこの美しい姿を変えて、わたしをほろぼしてください」
ダフネがこの切なる祈りを言いおわるやいなや、はげしい硬直が手足をおそった。と、見る見るうちに、やわらかい胸は、うすい樹皮につつまれ、髪の毛は、木の葉にかわり、腕は、小枝となり、ついいままであれほど早く走っていた足は、強靭な根となって地面に固着し、顔は、梢におおわれた。(田中・前田訳、第一巻五三七-五五〇)

べルニーニはこのオヴィディウスの詩句をものの見事に視覚化した。バルディヌッチは「それは全く想像を絶する作品であり、美術を熟知した者の眼にも、また全くの素人の眼にも、常に芸術の奇跡と映ったし、今後も映るであろうような作品である」と述べ、この作品が完成するやいなや、「奇跡が起ったかのようにローマ中の人がそれを見に行った」、この作品によってべルニーニは「神童」という名声を得た、と伝えている。実際この《アポロとダフネ》は、べルニーニの彫刻作品の中でもサンタ・マリア・デㇽラ・ヴィットーリアの《聖女テレサの法悦》と並んで特に有名で、新古典主義の風潮の中で彼の評価が地に落ちた時代にも、なお人々の称讃を集め続けたのである。

吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P28-30

前回の記事で紹介した『プロセルピナの略奪』もオウィディウスの『変身物語』がモチーフとなっていた。

『プロセルピナの略奪』 Wikipediaより
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今回紹介している『アポロとダフネ』もまさにこれをモチーフにし、「オヴィディウスの詩句をものの見事に視覚化した」のである。

ちなみにここで出てきたサンタ・マリア・デㇽラ・ヴィットーリアの《聖女テレサの法悦》は以下の彫刻だ。

Wikipediaより

では、これより芸術の奇跡としてまで称えられたこの作品の魅力について見ていくことにしよう。

三次元の絵画を実現した超絶技巧の極み

この作品でべルニーニは、《プロセルピナ》の略奪で試みた新しい可能性を一気に極限にまで押し進めたといえる。物語のクライマックスの瞬間を捉え、あたかもスナップ・ショットのようにそれを造形化し、観る者が絵画を見るように一目で全体を理解できるように工夫する。そのために大理石をロウの如くに刻んで、躍動する動きを捉え、同時にレアリティと美しさを追求する。べルニーニが意図したのはこのような彫刻であった。それは、いわば三次元の絵画であり、長く人々の心を捉えてきた「絵画は詩のごとく」という美学を彫刻で実践しようとしたのだといえよう。これを実現したべルニーニの「技巧ヴィルトウオジタ」はほとんど彫刻の限界を越えているように見えるほどであり、ベルニーニ自身もこの先このような華麗な「技巧ヴィルトウオジタ」を披瀝することはない。早熟の天才べルニーニここに極まれり、というべきであろう。

後年パリでこの作品に言反したべルニーニは、ダフネの髪に「軽さ」が表現されている点を自慢しているが、「軽さ」は髪だけでなく、ダフネの体全体を支配している。そのために彼女は空中に浮遊しているような印象を与える。だかかつては、現在我々が見るよりも一層この印象が強かったと思われる。というのは、近代になって安定をよくするために岩の一部が補強されたからだ。原作の状態では、視覚的不安定さが動感と浮遊感をより一層喚起したことであろう。この独特の動感と浮遊感、そして物語の幻想的性格のために、この作品全体がレアリティを越えてファンタジーの世界に入ってしまったように感じる人は少なくあるまい。それはバレーを連想させ、アール・ヌーヴォーの遠い祖先のようにさえ見える。ことにダフネの右手の先の小枝が髪に連なる辺りを見上げると、大理石がまるで粘り気のある物質のように感じられ、アール・ヌーヴォーの作品を見ているような錯覚に襲われる。優れた美術家はしばしばいろいろな造形の可能性を先どりするのである。

吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P30-31

たしかに私もこの彫刻が展示されている部屋に入った時、思わず「天才だ・・・!」と漏らさずにはいられなかった。『プロセルピナ』もたしかにすごかったがこれはさらに異次元の領域に達している。「芸術の奇跡」と称えられたのも心の底からよくわかる。

天才というのはこういうことかと感嘆せずにはいられない。言葉を失ってしまった。それほど圧倒的。

上の解説でも言及されていた髪の毛もじっくりと見ていこう。たしかに石には見えない軽さがある。本当に髪が波打っているように見える。舞い上がった髪の毛が葉っぱに変化していく様もあまりにリアル。現実とファンタジーの境目を失ったかのような自然さだ。

そして石鍋真澄はさらに解説を続ける。

古代美術から学ぶベルニーニ

こうした《アポロとダフネ》のファンタスティックな雰囲気は、レアリティの世界を越えてゆこうとする、べルニーニの想像力の志向性をよく表わしている。こののち宗教作品を中心に制作するようになると、この志向性は超越的エクスタシー表現の探求という形で現われることになる。しかしながら、《アポロとダフネ》のこうした雰囲気は、この作品の他の重要な側面をおおい隠してしまいがちだ。つまりファンタスティックな印象が強いために、この作品でもべルニーニは古代美術の研究から出発した、という事実を、ともすれば見過してしまうのである。

先には触れなかったが、《プロセルピナの略奪》においても、プルトは一六二〇年に発見されてシピオーネ・ボルゲーゼが所有していたトルソが、プロセルピナは《ニオべ》が、それぞれ範となっているといわれる。この《アポロとダフネ》では、アポロとヴァチカンの有名な《べルヴェデーレのアポロ》との類似がとりわけ印象的である。実際、両者の頭部の比較はショッキングという他ない。《べルヴェデーレのアポロ》の「アカデミックな」イメージとこの作品の詩的印象があまりにかけ離れているため、両者の歴然とした類似が意外の念を引き起こすからだ。実際それは、今まで見てきた作品の一部だとは信じられないほどの類似である。この比較は、若いべルニーニがいかに古代美術から学んだか、そしてその成果をいかに自在に応用したかを示しているといえよう。

この後、より「バロック的」作品を制作するようになっても、ベルニーニはしばしば古代彫刻から出発している。だがその結果生まれた作品は、その事実を全く忘れさせてしまうのである。このような古代美術とべルニーニとの関係は、「古典主義」と「バロック」という言葉を、対概念を表わす用語として便宜的に用いる我々をしばしば混乱に陥れる。古代美術との関係、広い意味での古典主義の問題は広くイタリア美術全般にわたる根本的問題の一つである。ベルニーニの芸術を考えてゆくためにも、われわれは幾度かこの間題に立ち帰らなければならないであろう。

吉川弘文館、石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』P31-32

角度が一緒ではないので何とも言えないが確かに髪型や表情はバチカン美術館の『べルヴェデーレのアポロ』と似ている。

石鍋真澄がここで述べるように、「バロック芸術=斬新で新しいもの」という考え方に凝り固まってしまうとベルニーニの本質を見失うことになってしまう。ベルニーニはミケランジェロをはじめとしたルネサンスや古代美術を研究し、それを自身の作品に生かしている。

「温故知新」という言葉があるがベルニーニはまさにそれを地で行く人物でもあったのだ。

続く

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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