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細野晋司『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』あらすじと感想~NINAGAWA舞台最前線の写真集

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細野晋司『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』概要と感想~NINAGAWA舞台最前線の写真集

今回ご紹介するのは2019年にパイ インターナショナルより発行された細野晋司著『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』です。

早速この本について見ていきましょう。

蜷川幸雄のBunkamura全49作品の舞台写真集

1999年にBunkamuraシアターコクーン芸術監督に就任以来、約20年間、49作品の舞台演出を手がけてきた蜷川幸雄氏。本書では、シアターコクーン創設当初からその舞台写真を撮りためてきたカメラマン・細野晋司の、全49作品の舞台写真やオフショットを収録。蜷川氏が演劇へかたむけた情熱=PASSION、舞台写真の美しさを改めて感じられる1冊です。

Amazon商品紹介ページより

この本は渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演された蜷川幸雄作品の写真集になります。

カメラマンはシアターコクーン創設当初から写真を撮り続けてきた細野晋司さん。本書冒頭で細野さんはこの写真集について次のように語っています。

今や「東京」をイメージする時、最も象徴的な場所であろう渋谷のスクランブル交差点。その渋谷の谷底から這い上がって来る魑魅魍魎の出入り口ではなかろうか、坂を数百メートル上ったところにシアターコクーンはある。その場所で蜷川さんは全身全霊を込めて戦ってこられた。その戦いの記録を私は任された。

蜷川さんがコクーンという舞台で表現してきたものは過去から現代までの人間の歴史上のあらゆる感情だ。喜怒哀楽ということばでは掬いきれないあらゆる感情。そのすべてを蜷川さんは増幅させて私たちに呈示する。そして役者に要求する!「その使命を全うせよ。もっと強く!もっと強く!」と。そして、私もそれに呼応するように命を削る想いで撮り続けてきた。

観客は舞台に蠢く感情を受け止めることで、自分の中の感情を共鳴させ、それを解放させる。そしてまた未来へ一歩踏み出せるのだと思う。「そこまで届くのか?」蜷川さんはその問いを自分に課し、戦い続けてこられたのだと思う。

生前の蜷川さんから「是非、僕の演劇を一冊の形に残してください……」と託された。私は観客が受け止めたであろう、しかし、目に焼き付けられなかった瞬間を記録したつもりである。戦いのすべてを。

「蜷川さん、あなたのPASSIONのすべてをこの一冊で表現できたでしょうか?」
いつの日にか聞いてみたいと思う。

パイ インターナショナル、細野晋司『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』より

「喜怒哀楽ということばでは掬いきれないあらゆる感情。そのすべてを蜷川さんは増幅させて私たちに呈示する。そして役者に要求する!「その使命を全うせよ。もっと強く!もっと強く!」と」

この写真集ではまさに増幅されたエネルギーのようなものを感じます。とにかく過剰!溢れかえらんばかりの感情エネルギー!ちょっと普通の写真集ではありません。凄まじい本です。細野さんが「私もそれに呼応するように命を削る想いで撮り続けてきた」と述べるのもものすごいですよね。「命を削る想いで写真を撮る」。どれほどの覚悟とエネルギーが必要だったことでしょう。想像もつきません。

そんな細野さんの写真について巻末で写真評論家の飯沢耕太郎さんの解説が載っていましたのでこちらを紹介したいと思います。「舞台写真」というものを考える上で非常に興味深いことが書かれていました。

細野晋司の舞台写真については、以前、写真集『コクーン歌舞伎』(集英社インターナショナル、2016年)のために、短いテキストを執筆したことがある。その時に書いたのは、細野が単にBunkamuraシアターコクーンで、上演された「コクーン歌舞伎」の記録写真を撮影しようとしているのではないということだった。細野が舞台写真を通じて求めているのは、あらゆる演劇行為に共通する「劇的なるもの」の正体を見極めることであり、そこには「より根源的な(神話的といってもいい)人間の身ぶりや表情の極限のイメージ」が形をとってくることになる。

この認識は、1999年にBunkamuraシアターコクーンの芸術監督に就任以来約20年にわたって数々の名舞台演出してきた蜷川幸雄にスポットを当てた本作『PASSION』でも変わりはない。蜷川の演出による49作品を取り上げた細野の舞台写真には、TVや映画などでよく知られた人気俳優、女優、歌い手がたくさん登場してくる。だが彼らの姿は、目に馴染んだイメージから逸脱しているように感じる。彼らは、あらかじめ身につけた仮面を剥ぎ取られた「生の」顔を観客に晒しており、時にはひどく寄る辺のない、無防備な様子に見えてくる。つまり、ここでも細野は芸名や役名で規定されている世界を乗りこえて、「劇的なるもの」が噴出してくる瞬間をとらえようとしているのだ。彼の鍛え上げられた写真撮影の技術と、緻密な観察力とが、それを可能にしたのはいうまでもない。

『PASSION』にはもう一つ、通常の舞台写真集とは違った要素がある。いうまでもなく、演出家・蜷川幸雄の存在が大きくクローズアップされていることだ。蜷川のパッショネートな演出ぶりは伝説の域に達しているが、本作には彼自身を撮影した写真があちこちに挟み込まれている。演出中の写真もあるが、晴れがましい舞台挨拶の場面や、リラックスして談笑している普段着の写真もある。細野はこの写真集で、被写体としての蜷川の魅力を周到な手つきで引き出そうとしている。それは見事に成功しており、蜷川自身も撮られていることを充分に意識して振る舞っているようにさえ見える。

本来は黒子であり、不可視の存在であるはずの蜷川が姿をあらわすことで、我々の視点はニつに分裂するのではないだろうか。つまり、一観客としてシアターコクーンの舞台を見ている視点と、演出家・蜷川幸雄の視線に同化して舞台を眺め渡す視点である。普通、我々が演劇を鑑賞する時には、演出家のことなどを意識に上らせることはない。だが、写真集上に再演された舞台を演出家の視点でじっくりと見直すことで、蜷川幸雄の優れた手腕と、舞台全体に及んでいるその影響力を、あらためて確認することができる。細野の巧みな写真術によって、舞台を支配していた「機械仕掛けの神」がその姿を顕わすのだ。

パイ インターナショナル、細野晋司『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』より

この写真集の特徴をこれだけ的確に解説したものが他にあるでしょうか。私はこの解説の鮮やかさにも感動してしまいました。「なるほど!そこにこの写真集のすごさがあるのか!」と一発でわかる名解説。パッと見ただけでもこの写真集のインパクトは凄まじいものがあったのですが、もしこの解説がなければ私もその奥深さに気づくことができなかったかもしれません。

そして「劇的なるもの」という言葉を聞くとやはりシェイクスピア翻訳で有名な福田恆存さんの『人間・この劇的なるもの』を連想してしまいます。

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演劇の舞台においてこそ見えてくる人間の本質。その探究がこの写真集にも表れている。これは非常に興味深いものがありました。

私がこの本を手に取ったのは蜷川さんの演出の代名詞である色彩豊かで派手な舞台演出を見てみたかったからでありました。その色彩豊かな舞台と役者さんのエネルギー溢れる姿。それを映像だけでなく写真で見てみたい。「そこしかない完璧な一瞬」を切り取るのが写真の素晴らしさです。蜷川さんの色彩豊かでパワフルな舞台をプロが魂を込めて写真に収めたらどのようなものが出来上がるのか、それに興味があったのです。

そしてそれは大正解。この本は演劇というものをまた違った視点から見ることができました。

私たちは観客席から舞台を観ていますが、どこにピントを合わせ、いつズームしたり引いたりしているのか、それらはほとんど意識されません。全体を俯瞰で観るように引くこともあれば、好きな俳優がいればそちらに目が行くのは自然なことでしょう。つまり私たちはひとりひとりが様々な視点で縦横無尽に舞台上を見ているのです。そんな中この写真集に収められた写真は、その舞台の「これだ!」という劇的な瞬間を切り取っています。どこにピントを合わせ、どんな距離感、角度から見ているのか。なぜこの場面を選んだのか。そうしたことが写真をじっくり見ていくことで伝わってきます。

まあ、そもそもがとてつもないエネルギーを持った写真たちですので初見から圧倒されてしまうのは間違いありません。「何だこれは・・・!」とびっくりしてしまう写真も多数あります。

写真というもののメッセージ性に改めて感じ入った写真集でした。

そして上の解説でありましたように、私たちもよく知る俳優さんたちの姿。これもこの写真集の大きな見どころだと思います。蜷川さんのオフショットもあるのも嬉しいです。舞台の裏側を見れたようで、こういう写真はファンからするととても嬉しいものがあります。

これはいい体験になりました。蜷川さんの舞台演出も学べる素晴らしい写真集でした。ぜひおすすめしたい写真集です。

以上、「細野晋司『PASSION 蜷川幸雄 舞台芸術の軌跡』~NINAGAWA舞台最前線の写真集」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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