シェイクスピア『ヘンリー八世』あらすじと感想~世継ぎを求め苦悩する王と側近たちの栄枯盛衰。エリザベス女王誕生までの物語
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シェイクスピア『ヘンリー八世』あらすじと感想~世継ぎを求め苦悩する王と側近たちの栄枯盛衰。エリザベス女王誕生までの物語
今回ご紹介するのは1613年にシェイクスピアとジョン・フレッチャーによって共同制作された『ヘンリー八世』です。私が読んだのは2019年に筑摩書房より発行された松岡和子訳の『ヘンリー八世』です。
早速この本について見ていきましょう。
テューダー朝を継いで二十年余り。亡き兄の妻だったキャサリン妃との間に世継ぎがいないことに苦悩するヘンリー八世は、枢機卿主催の晩餐会で若く美しい侍女アンと出会う。一方、宮廷では奸計が渦巻いていた。政敵を追い落として昇りつめた者が、次に追い落とされる―。六度の結婚でも有名な稀代の王をめぐる、シェイクスピア晩年の壮麗な歴史劇。
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ヘンリー八世は1509年から死去する1547年までイングランド王として在位した実在の人物です。
そして男の世継ぎを生めなかったキャサリン妃との離婚問題からバチカンと対立しそのままイギリス国教会を設立したという、イギリス史においても屈指の重大事件を巻き起こした人物でもあります。
ちなみにキャサリン妃との間に生まれたメアリーは血まみれのメアリーと呼ばれるあの女王ですし、二番目の妻アン・ブーリンとの間に生まれたのがイギリス繁栄を導くエリザベス女王になります。
今作『ヘンリー八世』ではそんな彼の離婚問題を中心に王の苦悩と側近たちの栄枯盛衰の物語が語られることになります。
さて、私がそもそも『ヘンリー八世』を読もうと思ったのは一見ヘンリー八世とは関係のない1527年のサッコ・ディ・ローマ(ローマ劫掠)事件がきっかけでした。私がこの事件を知ったのは前々回の記事で紹介した『教皇たちのローマ』のおかげです。
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この事件は1527年にローマが攻撃され、虐殺、略奪の限りが尽くされた恐るべき出来事でした。
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そしてそれを行ったのが何を隠そうカール5世の神聖ローマ帝国軍でした。
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カール五世はスペインと神聖ローマ帝国という二つの国の皇帝です。つまり彼は熱烈たるカトリック国家のトップにいた人物になります。そのカトリック王国の盟主が聖地バチカンを徹底的に破壊し略奪したというのですから私はその事実に頭がくらくらする思いでした。
と言いますのも、私はこれまで、スペインはアメリカ大陸の発見後その黄金を用いてカトリックの繁栄と宗教改革への対抗のために莫大な財と労力を用いていたと理解してきました。
たしかにそれは事実なのですが、そんなスペイン・神聖ローマ帝国があろうことかカトリックの総本山のバチカンを略奪し破壊するなんて想像できるでしょうか。
なぜこのようなことが起きてしまったのかは長くなってしまうのでお話しできませんが、私にとってはこの出来事はあまりに衝撃的なものとなったのでした。これまでもローマ掠奪(サッコ・ディ・ローマ)という出来事自体はキリスト教史を学ぶ上でおそらく目にしていたことはあったはずです。ですがこの出来事の重大さ、深刻さには全く気付いていませんでした。この本を読んで初めてその意味がわかりました。そのような意味でも『教皇たちのローマ』はこれまでのキリスト教観を覆してくれた作品になりました。
そしてこの本を読んでいて私はふと頭をよぎるものがありました。
「あれ?1527年といえば、この辺でヘンリー八世がイギリス国教会を作ろうとしていなかったっけ・・・もしかしてヘンリー八世がこんな大胆なことができたのはサッコ・ディ・ローマでバチカンが弱っていたからではないか?」
私はこれまでシェイクスピアの伝記を読んだ関係で、何となくではありましたがイギリスの流れを知っていました。そしてその歴史とイタリア・ローマ史がビビッと繋がった瞬間でした。これは今すぐにでも確かめたい!あのヘンリー八世はこの時どんな状況だったのだろう!私は居ても立っても居られなくなり彼のことを調べ始めたのでした。
そしてその流れで読んだのが前回の記事で紹介した陶山昇平著『ヘンリー八世 暴君かカリスマか』になります。
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この伝記を読んでから堪能した『ヘンリー八世』は非常に興味深いものがありました。
ヘンリー八世はエリザベス女王の父です。この作品が書かれた1613年はエリザベス女王が亡くなってからまだ間もないということで、シェイクスピアはヘンリー八世の人物造形にかなり気を遣っていることがうかがえます。
と言いますのも、ヘンリー八世を暴君として悪く描くと政府批判として逮捕されかねないという危険もあったからです。ですのでヘンリー八世その人の描写は今作では控えめに書かれています。この辺りの歴史的事実と「作品としての歴史」のずれを感じながら読むのも面白かったです。シェイクスピアの苦心惨憺を感じられるようでした。
そしてこの作品について巻末の河合祥一郎氏の解説では次のように述べられていました。
本作は、『ヘンリー八世』という題名で最初のシェイクスピア戯曲全集である第一・二つ折本(一六二二年)に収められた作品だが、それまでは『すべて真実』(All is True)という題で知られており、シェイクスピア作品にはめずらしく、初演時のエピソードが残っている。なんと、本作を上演中に火事が起こり、グローブ座が焼け落ちてしまったのだ。
火事が起きたのは一六一三年六月二十九日(火)。その日、グローブ座で観劇していた貴族サー・へンリー・ウォトンは、三日後の七月二日、甥に宛てた手紙にこう記している。「国王一座の新作『すべて真実』は、へンリー八世の治世に起こった主要な出来事を描くもので、舞台を贅沢な敷物で敷き詰めるまでして、絢爛豪華で堂々たる素晴らしい状況を多数舞台化した……。さて、劇中へンリー王はウルジー枢機卿邸宅で仮面舞踏会をするのだが、その入場のときに空砲が連発され、そのうちの一つの大砲から、詰め物としていた紙その他の素材が藁葺き屋根に上がってしまった。最初は意味のない煙と思われたが、皆の目が芝居に向けられているうちに、内側から火がつき、流れるように火がぐるりとまわり、一時間もしないうちに劇場はあとかたもなく全焼崩壊した。それがあの美しい建物の最後だった。死傷者は出ず、なくなったのは木と藁と打ち捨てられたマントだけ。ただ一人、ズボンに火がついた者がいて、焼け死にそうになるところを、他の客が機転をきかせて、瓶のビールをかけて消しとめた」(中略)
国王一座は、自分たちの活動の拠点であるグローブ座なしではやっていけないので、翌年春には新グローブ座を再建したが、シェイクスピアは新劇場のために執筆することはなかった。グローブ座が燃えるのを見守るシェイクスピアの心境がいかなるものだったかは、「劇場が燃えた」とつぶやくシェイクスピアのショットから始まってその晩年の生涯を描くケネス・ブラナー監督主演映画All is True(二〇一八)を参照するとよい。
筑摩書房、シェイクスピア、松岡和子訳『ヘンリー八世』P243-345
この作品中を上演中に火事でグローブ座が焼け落ちたというのはショッキングですよね。しかもこの作品を最後にシェイクスピアが完全に引退したというのも驚きです。
シェイクスピアが単独制作した最後の作品としては『あらし(テンペスト)』が有名ですが、その後も何作は共同制作という形で演劇に関わっていたシェイクスピア。その彼が引退を決めたのがこの作品とそれに伴う劇場の火災というのは非常に興味深いものがありました。
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そしてこの作品を読んでいた時、私はまさにこの『ヘンリー八世』が劇場公演されていることを知りました。
英国王室史上、最もスキャンダラスな王ヘンリー八世。
絶対権威のためには容赦なく配下を切り捨て、王妃を替える。
王をめぐるスキャンダルと、その裏に交錯する欲望と謀略、熾烈な地位争いが繰り返される。シェイクスピア全37戯曲の完全上演を目指し、1998年にスタートした彩の国シェイクスピア・シリーズ(SSS)は、蜷川幸雄監修・演出のもと、第一弾『ロミオとジュリエット』から足かけ23年、2016年10月に吉田鋼太郎が2代目芸術監督を引継ぎ、2021年5月第37弾『終わりよければすべてよし』にて完走しました。
2020年2月、シリーズ第35弾として上演された『ヘンリー八世』は、世界的に大流行となった新型コロナウィルス感染症の感染拡大の余波を受けて、終盤の公演が中止に見舞われました。
彩の国シェイクスピア・シリーズHPより
無念の終幕——。
あれから2年半。再演を誓ったキャスト・スタッフがふたたび集結し、この9月に復活します!!
これはぜひ観たい!「サッコ・ディ・ローマ」に衝撃を受け、そこからヘンリー八世が繋がった。そしてまさにこのタイミングでこんなに素晴らしい演劇が公演されている!
私は弾丸日程で急遽北九州へ向かったのでした。
泣いた
— 上田隆弘@函館錦識寺 (@kinsyokuzi) October 15, 2022
こんなに心揺さぶられるなんて#ヘンリー八世#シェイクスピア pic.twitter.com/t2IhBKuAPM
ストーリーもさることながらこんなに素晴らしい役者さんたちによるシェイクスピアを観れたことに感極まってしまいました。
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公演プログラムも読み応え抜群で大満足でした。今も余韻に浸って何度も読み返しています。
ここではこの公演についての感想はお話しできませんが、私は感動で涙ぼろぼろでした。マスクをすぐに取り替えなければならないほどの号泣でした。ストーリーそのものももちろん素晴らしいのですが、それよりもこの演劇を観れたこと、一流の役者さんたちの凄まじい演技を観れたことに対する感激で私は胸いっぱいになってしまいました。いやぁ行ってよかった。演劇っていいなと心の底から思えた一日でした。
さて、話は演劇の方に移ってしまいましたがシェイクスピアの『ヘンリー八世』、これはイギリスの歴史を考える上でも非常に興味深い作品でありました。
ヘンリー八世の伝記を読んだ上でこの作品を読むとさらに味わい深くなること間違いなしです。
ぜひセットで読むことをおすすめします。
以上、「シェイクスピア『ヘンリー八世』あらすじと感想~世継ぎを求め苦悩する王と側近たちの栄枯盛衰。エリザベス女王誕生までの物語」でした。
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