ダンテ『神曲 地獄篇』あらすじと感想~仏教の地獄との比較も面白いイタリア文学最高の古典
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ダンテ『神曲 地獄篇』あらすじと感想~仏教の地獄との比較も面白いイタリア文学最高の古典
今回ご紹介するのは14世紀初頭にダンテ・アリギエーリによって書かれた『神曲 地獄篇』です。私が読んだのは2008年に河出書房新社より発行された平川祐弘訳の『神曲 地獄篇』です。
早速この本について見ていきましょう。
一三〇〇年春、人生の道の半ば、三十五歳のダンテは古代ローマの大詩人ウェルギリウスの導きをえて、生き身のまま地獄・煉獄・天国をめぐる旅に出る。地獄の門をくぐり、永劫の呵責をうける亡者たちと出会いながら二人は地獄の谷を降りて行く。最高の名訳で贈る、世界文学の最高傑作。第一部地獄篇。
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『神曲』といえば誰もがその名を知る古典ですよね。ですがこの作品がいつ書かれて、それを書いたダンテという人がどのような人物だったのかというのは意外とわからないですよね。
というわけで本題に入る前にダンテのプロフィールを簡単にご紹介します。
1265年、トスカーナ地方フィレンツェ生まれ。イタリアの詩人。政治活動に深くかかわるが、1302年、政変に巻き込まれ祖国より永久追放される。以後、生涯にわたり放浪の生活を送る。その間に、不滅の大古典『神曲』を完成。1321年没
河出書房新社、ダンテ、平川祐弘訳『神曲 地獄篇』より
ダンテはイタリアルネサンス文芸を代表するペトラルカ(1304-1374)やボッカッチョ(1313-1375)より少し前の世代の人物になります。
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彼がフィレンツェ生まれであるということにまず驚きましたが、政治の争いに巻き込まれたことで追放されてしまったというのもびっくりですよね。そしてこの追放への様々な思いから書かれたのが今回ご紹介する『神曲』になります。祖国への思いや権力闘争、不正への憤りがこの作品の原動力になっていたと思うとまたこの作品が違って見えてきますよね。
さて、この『神曲』ですが、主人公はダンテ本人。そのダンテが地獄、煉獄、天国を巡っていくというのが大きな筋となりますが、『神曲 天国篇』の解説では『地獄篇』について次のように解説されています。
『神曲』は序歌を含む地獄篇Inferno三十四歌、煉獄篇Purgatorio三十三歌、天国篇Paradiso三十三歌、計百歌から成るまことに均斉のとれた壮大な詩作品である。
その筋は人生の道の半ば、三十五歳の年に、ダンテが地獄、煉獄、天国を西暦一三〇〇年大赦の年の復活祭に一週間にわたって旅をした、という形を取っている。聖木曜日の夜からの旅であり、四月八日から十五目までとする学者もいる。罪を寓意する森の中でダンテが迷っていた時に、ウェルギリウスが現われ、彼を地獄や煉獄へ案内して救う旨約束してくれるのだが(地獄篇第一歌)、このウェルギリウスは実はべアトリーチェの懇願によってダンテを救いに来たのである(同二歌)。
地獄の門を潜って二人は金曜の日没から土曜の日没までの二十四時間の間に地獄を見るのだが、そこでは次のような分類に従って人々が罰せられている。地理的な分類は同時に神学的な分類ともなっている。
河出書房新社、ダンテ、平川祐弘訳『神曲 天国篇』P509-510
ベアトリーチェというのはダンテの憧れの女性です。ですがダンテと彼女は結ばれることなく、彼女は他の男性と結婚し1290年に24歳で亡くなっています。ダンテはその死を半狂乱になるほど嘆いたそうです。
そしてダンテを導くウェルギリウスとは古代ローマの偉大な詩人です。
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ウェルギリウスといえばヨーロッパ文化の源泉とも言える偉大な詩人です。彼の代表作『アエネーイス』、『牧歌』は当ブログでも紹介しました。
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ヨーロッパ最大の詩人という最高の案内人を得てダンテは地獄めぐりに出発します。
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さて、ここから地獄の描写が始まっていくのですがこれが非常に面白い!
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『神曲』では地獄が階層状に描かれます。下へ行けば行くほど罪の重い人間が置かれていて、上のリストにもありますように、それぞれの罪状に応じて地獄の責め苦を味合わされることになります。
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基本的には物理的な方法で身体を痛めつけるのが地獄の責め苦のパターンになります。火で炙られるというのも『地獄篇』ではたくさん出てきます。
ですがこの作品を読んでいて驚くのは、時にユーモアが感じられるような刑罰が存在しているという点です。
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これは第八の圏谷の第三の濠なのですが、ここでは聖職売買を犯した罪人が罰せられています。穴の中に逆さまに埋められ、地表に出た足が炎に焼かれているのがこの罪人たちなのですが、挿絵で見てみるとなんとも間抜けなようにも思えてしまいますよね。
たしかに穴の中に逆さに埋められ足を延々と焼かれるというのは想像を絶する痛みを伴う責め苦でしょう。ですがどうも恐怖を感じさせない何かがあるのです。挿絵の影響も大きいのでしょうが、本文を読んでいてもどこかユーモアと言いますか皮肉めいたものが感じられます。聖職売買を犯した罪人たちへの怒りや嘲笑をダンテはここで暗に込めようとしていたのかもしれません。
『神曲』では他にも不思議な責め苦が語られるのですが、この作品で私が最も驚いたのは地獄の最下層の描写でした。
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悪魔大魔王が控えるこの地獄の最下層なのですが、なんと!この場所は氷漬けの世界なのです!
私たちのイメージからすると地獄といえば燃え盛る炎のイメージがありますよね。
ですが『神曲』では違うのです。ここはキンキンに冷えた氷の世界で、罪人たちは全身を凍らされて苦しんでいるのです。
私が『神曲』を初めて読んだのは大学三年生の頃でした。今から10年以上も前です。ですがこの地獄の最下層の氷漬けの世界を初めて目にした時の衝撃は今でも忘れられません。
「キリスト教の地獄の一番底は氷の世界なのか!仏教と真逆じゃないか!」と私は仰天したのです。
仏教における地獄の最下層は無間地獄(阿鼻地獄)といって、その名の通り「間なき苦しみ」をもたらす地獄です。想像を絶する灼熱に永遠とも思える時間焼かれ続ける。それが無間地獄になります。
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仏教には八大地獄というものがあり、罪の重さによってどんどん厳しい責め苦が行われることになります。その一つ目の地獄から灼熱の炎はその最大の責め苦の一つとなっていて、地獄を下れば下るほどその火力はすさまじいものになっていきます。
ですので私が初めて『神曲』を読み始めた時、前半は仏教と似ているなと思ったのです。ですが最後の最後でキンキンに冷えた極寒の世界が出てきてそれはそれは驚いたものでありました。
たしかに仏教でも八寒地獄という氷の概念はあるにはあります。ですがそれは基本的には前面に出てきませんし、やはり地獄といえば炎というのが基本になります。
最も重い罪を犯した人間を罰するのに片や最大火力で焼き尽くし、片やキンキンの氷漬けを科すというこの違いは私にとって非常に興味深いものがありました。
もしかすると、キリスト教はもともとイスラエルという灼熱の砂漠で生まれたユダヤ教をベースにできたということで、熱さにある程度慣れていたというのもあるかもしれません。また、ローマカトリックがあるイタリアも比較的温暖な気候です。ダンテの生まれたフィレンツェも北極圏のような極寒とは無縁だったでしょう。
そんな極限の寒さを知らない人たちにとって、全身が氷漬けになってしまうような寒さというのはそれこそ「想像もできないようなもの」だったのではないでしょうか。
「想像を絶するもの」だからこそ怖い。それがどんなものだかわからないからこその恐怖というのもありますよね。
もしかしたらそういう背景があったからこそ地獄の底がキンキンに冷えた氷の世界だったのかなとも想像してしまうのでした。
日本だと冬はかなり冷えますので氷漬けの世界は想像がたやすいと思います。ですので氷漬けの世界に対する恐怖がそこまで怖いものとは映らなかったのではないでしょうか。(もちろんその辛さは十分知っていますが)
これらのことは詳しく研究したわけではないので、これはあくまで私の想像です。興味のある方はぜひ調べて頂ければなと思います。私もいずれ調べてみたいと考えています。
地獄をより知るための入門書としては洋泉社より発行された『地獄絵大全』という本がおすすめです。
大判でフルカラーで地獄絵を見ることができますし、解説も入門書ということでとてもわかりやすいです。地獄に関する本は他にもたくさん出ているのでいずれこのブログでも紹介していくことになると思います。
ぜひダンテの『神曲』と仏教の地獄絵をセットで見て頂けたらなと思います。比べながら『神曲』を読んでいくとそれ単体で読むよりさらに面白く読めること請け合いです。ぜひぜひおすすめしたいです。
以上、「ダンテ『神曲 地獄篇』あらすじと感想~仏教の地獄との比較も面白いイタリア文学最高の古典」でした。
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