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R.J.ゴールドスティーン『政治的検閲』あらすじと感想~激動の19世紀。出版・音楽・文化はどんな意味を持っていたのか

目次

R.J.ゴールドスティーン『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』概要と感想~激動の19世紀。出版・音楽・文化はどんな意味を持っていたのか

今回ご紹介するのは2003年に法政大学出版局から発行されたロバート・ジャスティン・ゴールドスティーン著、城戸朋子、村山圭一郎訳『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』です。

早速この本について見ていきましょう。

出版物、風刺画、演劇、オペラ、映画は、19世紀ヨーロッパにおいて広範囲に渡って政治検閲に悩まされた領域だった。検閲する側・される側の攻防を克明に描き、19世紀の政治と社会を読み取る。

Amazon商品紹介ページより

この本はフランス革命を経てナポレオン時代へと突入して始まった激動の19世紀における検閲の歴史について書かれた作品です。

この本の意義と19世紀ヨーロッパについて序文の言葉を見ていきたいと思います。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり見ていきます。

出版物と芸術の検閲は都市工業化時代に、識字率が高まり交通および情報伝達の速度が速まり、平均的市民が政治指導者に対して批判できるようになったという事実を反映している。

したがって、ほとんどの政治闘争は人心をどれだけコントロールできるかの闘いといってよい。封建社会では人口が地方に分散しており、大衆は読み書きできず、交通および情報伝達システムの発達段階から見ても、生活範囲は閉ざされた地域社会を出ておらず、聖書が書かれた時代以前に馬が飼育されるようになった時代を遥かに超えることはなかったのであって、問題にはならない。

王、貴族、酋長そして宗教の開祖たちは、一般的には彼らの臣民が何を考えているかなどということにはほとんど関心がなく、新聞、テレビ、政党、世論調査といったものが現れる以前には、たとえ支配層が被支配層の対応に関心を持っていたとしても、そうした情報を得る手段はほとんどなかったのである。
※一部改行しました

法政大学出版局、ロバート・ジャスティン・ゴールドスティーン、城戸朋子、村山圭一郎訳『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』 Pxーxi

19世紀には鉄道網の発達によって情報伝達の速度が飛躍的に高まり、それまでの世界とは全く異なる状況が生まれてきた時代でした。

情報伝達の速度、そして人間自身もかつてよりヨーロッパ内の移動が圧倒的に便利になったことで文化の発展も恐るべき速度で進んだのでした。

こうしたテクノロジーの発展や、フランス革命をきっかけとした社会変動があったからこそ19世紀のヨーロッパは文学や音楽などの芸術が花を開いたのでありました。

ですが、だからこそ支配者側は神経をとがらせます。文学や音楽、芸術は国の体制を揺るがしうる危険な存在であることを彼らは実感していたのです。

検閲の初歩的な形態は、歴史を通じていつの時代にも存在するが、厳格で、正義とは裏腹の官僚的な検閲の近代的な形態が確立したのはフランス革命期といえる。フランス革命はさまざまな理由から歴史的転換期なのだが、政治生活における一つの要素として、一般市民の意見を記録するようになったことに、特に大きな意味がある。

本書の目的は、一九世紀のヨーロッパの出版物と芸術によって伝達された情報と意見を統制しようとすることによって、政治体制が新しい動きを脅威とみなし、いかにその新しい動きと闘おうとしたかを概説することにある。

さらに本書はそうした政府のコントロールを排除し、避けようとした闘いの中でもよく知られたものをたどり、そうした闘いが民主主義を求めての一般的な闘いの一部であるとともに、また今日「人権」と呼んでいるものを求めての闘いでもあったことを示すつもりである。

この闘いは一九世紀ヨーロッパの政治の中心課題であった。
※一部改行しました

法政大学出版局、ロバート・ジャスティン・ゴールドスティーン、城戸朋子、村山圭一郎訳『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』 Pxi

この本は19世紀における検閲とは実際にいかなるものだったのかということを様々な角度から詳しく見ていきます。

出版の検閲に関してはこれまで当ブログで紹介してきたロシア文学もかなり関係が深い項目です。ドストエフスキーもツルゲーネフもトルストイもチェーホフも皆検閲に苦しめられています。

演劇についてもプーシキンの『ボリス・ゴドゥノフ』やゴーゴリの『検察官』のことがこの本で語られます。

ロシア文学だけでなくヨーロッパ各国でどのような検閲が行われているかということが知れて非常に興味深い1冊でした。

最後にこの本の中でとても印象に残った言葉がありましたのでそれを紹介します。

「書籍が焼却されるところでは、いずれ人間もまた焼かれることになる。」

法政大学出版局、ロバート・ジャスティン・ゴールドスティーン、城戸朋子、村山圭一郎訳『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』 P 76

これはドイツの作家ハイネが述べたものですが、これは恐ろしい言葉ですよね・・・

「本が焼かれる」いわば「焚書」については異端審問を扱った「『ドン・キホーテ』のおすすめエピソード「焚書詮議の物語」と異端審問のつながり『異端審問 大国スペインを蝕んだ恐怖』を読む⑽」の記事でもお話ししましたが書物が焼かれるということの意味は決して軽んじてはならないことだと思います。

それは単に物質としての本が燃やされるというだけでなく、そこに込められた人間の思想・文化・歴史そのものも消滅させられるということです。

逆に言えばその意味をあまりに知っているからこそ、支配者は躍起になって検閲を行うということです。

ゴールドスティーンのこの著作は出版だけなく、様々なジャンルの検閲をヨーロッパ全体を俯瞰して紹介してくれるのでより広い視点で検閲のことを考えることができる良著です。

当時の文化を考える上で非常に興味深い作品でした。ぜひおすすめしたいです。

以上、「R.J.ゴールドスティーン『政治的検閲―19世紀ヨーロッパにおける』激動の19世紀。出版・音楽・文化はどんな意味を持っていたのか」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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