MENU

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』あらすじと感想~私の読書遍歴はこの作品から始まった

目次

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』あらすじと感想~私の読書遍歴はこの作品から始まった

今回ご紹介するのは2004年に講談社より発行された村上春樹著『ダンス・ダンス・ダンス』です。

早速この本について見ていきましょう。

『羊をめぐる冒険』から4年、激しく雪の降りしきる札幌の街から「僕」の新しい冒険が始まる。奇妙で複雑なダンス・ステップを踏みながら「僕」はその暗く危険な運命の迷路をすり抜けていく。70年代の魂の遍歴を辿った著者が80年代を舞台に、新たな価値を求めて闇と光の交錯を鮮やかに描きあげた話題作。(上巻)

失われた心の震えを回復するために、「僕」は様々な喪失と絶望の世界を通り抜けていく。渋谷の雑踏からホノルルのダウンタウンまで――。そこではあらゆることが起こりうる。羊男、美少女、娼婦、片腕の詩人、映画スター、そして幾つかの殺人が――。デビュー10年、新しい成熟に向かうムラカミ・ワールド。(下巻)

Amazon商品紹介ページより

私にとってこの本はとても思い入れのある作品です。

私がこの作品を初めて読んだのは大学一年生の春。授業の課題図書としてこの本が指定されていたからでした。大学生活をこれから送るに当たりレポートの書き方を学ぼうという、いわゆるオリエンテーション的な授業の一環でした。

というわけで私はこの本を読んだわけですが、これが私の初めての村上春樹体験でした。

今思うとこの本を課題図書に選んだ先生、えげつないですよね、東京に出てきたばかりのピカピカの大学一年生にいきなりこれを読ませるのですから(笑) メディアや芸能界の華やかな世界の裏側や、どうにもならない社会システムを暴露していくこの作品は正直かなりどぎついです。

私はこの作品に完全に影響されることになり、20代後半になるまでずっとその影響を引きずり続けることになります。

これがいいことなのか悪いことなのかと言われたら、私は「結果的にはいいことだ」と答えるでしょう。ですがことはそんなに単純ではありません。この本で語られたことが当時の私にあまりにドンピシャだったため、その後の私の思考に凄まじい影響を与えることになってしまったのです。

特に次の言葉が最も強烈な印象を残すことになりました。

僕はたしかに月に帰った方がいいのかもしれない。ここの空気は僕にはいささか濃すぎる。ここの重力は僕にはいささか重すぎる

講談社、村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』P314

正直、私は陽気で明るいタイプではありません。そして自分自身の存在そのものにコンプレックスを感じ、いつも悩んでいました。私は私なりに周りに馴染めるよう努力はしているのです。ですが、いつも孤独を感じてしまう・・・

そんな私にとって『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公「僕」やその友人五反田君はあまりに共感できる存在でした。

彼らの一言一言が私の胸をえぐるのです。

そして私の実生活の上にも彼らの言葉が重なり、事あるごとに「自分は月世界の住人なんだ。誰もわかってくれない・・・自分はおかしいんだ・・・」と苦しむ日々が続いたのでした。

こうお話しすると、この作品を読んだことで私が苦しんだかのようにも聞こえてしまうかもしれませんが、実はそうではないのです。そうではなく、ある意味、私が根源的に抱えていた悩みや苦しみを言語化してくれた作品こそ『ダンス・ダンス・ダンス』なのではないかと思うのです。何とも言い表せないような感情、葛藤をこの作品は物語として可視化してくれた。だからこそ私はその感情や苦しみとも向き合うことができたと言えるかもしれません。

正直、この作品は私のナイーブなところにあまりに直結してくるのでこの作品について紹介するのは今までためらってきたのでした。ですが最近Twitterで「名刺代わりの小説10選」というタグがあり、それについて考えてみたところ、やはり私の十大小説にはこの作品は欠かせないなという思いが湧き上がってきました。

私はそれこそこの作品を大学一年生の時に初めて読んでから10年以上ずっとのめり込んでいたわけです。年一回は必ず読んでいたほど好きな作品でした。おかげで私の夢は「ハワイで『ダンス・ダンス・ダンス』を読むこと」となっているほどです(笑)それほど私はこの作品に惹き付けられています。

ですがあまりに繊細な問題が書かれているためおおっぴらに『ダンス・ダンス・ダンス』が好きとは言いにくい!

周りにも『ダンス・ダンス・ダンス』が大好きな友人がいるのですが、彼ともよく「この本が好きって本当に言いにくいよね。やばい奴って思われそうだ」と笑って話しています。彼とは長い付き合いで今でもよく会うのですが、きっと彼と気が合うのは『ダンス・ダンス・ダンス』に対する感性が似ているからだと思います。

『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでどう思うかはその人の性格がかなり出るのではないでしょうか。

それほど繊細でナイーブな内容です。

とはいえ全く救いがない暗い小説かと言われればそうではありません。私はむしろこの本は「救い」だと思っています。主人公は心の震えを失い、冷たい日々を過ごしていました。しかし大切な人達の生き様や死を通して最後は心の震えを取り戻します。これはまさに主人公の精神の遍歴の旅だと思います。

また、死を通して大切なものを学んでいくというその過程も、お寺に生まれた私としては共感を持つきっかけだったのかもしれません。

でも何せこの作品はデリケートです。やはり大っぴらには好きだとは言えません。私が今このブログでこの記事を書くのがどれほどの覚悟なのかは『ダンス・ダンス・ダンス』好きの方にはきっと伝わるのではないかと思います(笑)

前回の記事で紹介したバルザックの『幻滅』はメディア・出版業界の裏側を暴露した作品でした。そしてその作品を読んで連想したのが村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』でしたという流れで今この記事を書いています。

そうした流れでもなければ私はこの作品を紹介することもなく終わっていたでしょう。

ですがもしかしたらこうした「好きだけど好きとは言いにくい!」という気持ちに共感して下さる方がいるかもしれない、そんな思いでこの記事を書いてみました。

この作品については正直、思う所がとにかくたくさんあります。ですが私はそれを言いたくありません(笑)

つまりそういう作品だということが伝われば何よりです(笑)

そしてここ三年私はドストエフスキーについて学んできました。その中でも『ダンス・ダンス・ダンス』を好きな方にぜひおすすめしたいのが『二重人格(分身)』という作品です。

あわせて読みたい
ドストエフスキー『二重人格(分身)』あらすじと感想~自意識過剰男が狂気にまっしぐら。私のお気に入... 個人的には私はこの作品が大好きです。 初めて読んだ時は新ゴリャートキンの存在に混乱してしまいましたが、もう一度じっくり読んでいくと主人公の旧ゴリャートキンにとても感情移入してしまいました。 彼はたしかに不器用で世渡り下手で卑屈な言動を繰り返すのですが、世渡り上手なイケてる人間にはない魅力が彼にはあるのです。 私はそうした旧ゴリャートキンに共感を覚えます。 『二重人格』は『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』といった長編作品とはまた違った魅力がいっぱいの作品です。

この作品はドストエフスキー初期の中編小説なのですが、『ダンス・ダンス・ダンス』好きにはきっと伝わるであろう繊細な自意識がこれでもかと書かれています。世渡り上手な人間に対して不器用な男が何を思うのか。この辺りの精神の葛藤がすさまじい迫力で描かれています。

私にとってこの作品はドストエフスキー作品の中でも特に好きな小説です。いきなり読むと面食らう作品ではありますが、解説を読んでからじっくり読むとその味わいは実に芳醇。ドストエフスキーらしさを体感するのにも非常に素晴らしい作品だと私は感じております。

私は『ダンス・ダンス・ダンス』をきっかけに村上春樹作品をどんどん読んでいくことになりました。『ハードボイルド・ワンダーランド』も特にお気に入りになりましたし、『ダンス・ダンス・ダンス』の前作にあたる『羊をめぐる冒険』もとても面白かったです。

今振り返れば、私はこの村上春樹読書をきっかけに本格的に本の虫になり始めたように思えます。高校時代は受験勉強がメインだったので私はそこまで本を読むことができないでいました。もちろん、本自体は好きだったのですが、やはりこの入学直後の新鮮な時期にガツンと『ダンス・ダンス・ダンス』の洗礼を受けたことが私の読書遍歴を形作ったのではないかと思います。そう考えるとこの作品を課題図書にしてくれた先生には感謝してもしきれないくらいの恩があることになります。出会いって不思議ですね。

そんな私の学生時代や20代を思い出させるのが『ダンス・ダンス・ダンス』です。この作品は今の私にとっても宝物です。

「ぜひおすすめしたい作品です」と言いたいところですが、あえて言いません(笑)

ただ、この作品を読んでぐっと来たという方はかなりの確率で私と気が合うのは確かなことでしょう(笑)

以上、「村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』あらすじと感想~私の読書遍歴はこの作品から始まった」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫 む 6-26)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫 む 6-26)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
鹿島茂『新聞王ジラルダン』あらすじと感想~メディア・ジャーナリズム誕生の流れを知るのにおすすめの... この作品はメディアの革命児ジラルダンの生涯を時代背景と共に見ていける名著です。 私達は日常メディア無しではいられないほどテレビや新聞、ネットの情報に囲まれていますが、その商業メディアというのは一体いつから始まったのか、そしてそれは何を意味するのだろうかということをこの本では学ぶことができます。一九世紀中頃のフランスを舞台にしたこの作品ですが現代社会を生きる私たちにも直結する内容がこの本で語られます。 これは名著中の名著間違いなし!ものすごく面白い本です!

前の記事はこちら

あわせて読みたい
バルザック『幻滅』あらすじと感想~売れれば何でもありのメディア・出版業界の内幕を赤裸々に暴露!衝... この作品は19世紀中頃のフランスメディア、出版業界の実態を暴露した驚くべき作品です。バルザック自身が出版業界で身を立てていたこともあり彼はこの業界の裏も表も知り尽くしています。この作品ではそんなバルザックの容赦ないメディア批判が展開されます。もちろん、それは単なる批判ではなくバルザックの悲痛な願いでもあります。本当にいいものがきちんと評価される世の中になってほしいという思いがそこににじみ出ています。

関連記事

あわせて読みたい
名作『ドン・キホーテ』のあらすじと風車の冒険をざっくりとご紹介~世界最高の小説の魅力とは スペイ... 『ドン・キホーテ』といえば、作中ドン・キホーテが風車に突撃するというエピソードが有名です。ですがその出来事の理由は何かと問われてみると意外とわからないですよね。 この記事ではそんな『ドン・キホーテ』のあらすじと風車のエピソードについて考えていきます
あわせて読みたい
伊藤計劃『虐殺器官』あらすじと感想~ぜひおすすめしたい私の最も好きなSF小説! この作品はここ数年で私が最も愛した作品と言ってもいい小説です。 タイトルが『虐殺器官』という、およそ僧侶のブログではまず馴染まないであろうフレーズということもあり、ここまでなかなかこの作品を紹介する機会がないまま来てしまいましたが、独ソ戦、冷戦、ディストピア小説と来た今の流れならいけるであろうと、いよいよ勇んでの紹介になります。
あわせて読みたい
『カラマーゾフの兄弟』あらすじと感想~ドストエフスキーの最高傑作!!神とは?人生とは?自由とは? 『カラマーゾフの兄弟』が発表されてから120年。これだけの月日が経っても変わらずに多くの人から愛され続けているのはそれなりの理由があります。 この物語が持つ魅力があるからこそ、読者に訴えかける何かがあるからこそ、こうして読み継がれているのだと思います。 『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキー作品の中でも私が最も好きな、そして思い入れのある作品です。 長編小説ということでなかなか手に取りにくい作品ではありますが、心の底からおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
シェイクスピア『夏の夜の夢』あらすじと感想~恋人たちと妖精のドタバタ喜劇!メンデルスゾーンの序曲... 『夏の夜の夢』は有名どころの作品と比べて、たしかに影の薄い作品かもしれませんが、大好きな作品です。 とにかく笑える愛すべき作品です。「スパニエル」、「石垣」がもう愛しくてたまりません。心がふっと軽くなる夢のような楽しい劇です。 シェイクスピア作品でこんなに笑える劇と出会えるなんて思ってもいませんでした。 ぜひぜひおすすめしたい作品です!
あわせて読みたい
チェーホフ小説の極み!『六号病棟』あらすじと感想~あまりに恐ろしく、あまりに衝撃的な作品 まず皆さんにお伝えしたいことがあります。 それは「この作品はあまりに恐ろしく、あまりに衝撃的である」ということです。 この作品はチェーホフ作品中屈指、いや最もえげつないストーリーと言うことができるかもしれません。
あわせて読みたい
僧侶が選ぶ!エミール・ゾラおすすめ作品7選!煩悩満載の刺激的な人間ドラマをあなたに 世の中の仕組みを知るにはゾラの作品は最高の教科書です。 この社会はどうやって成り立っているのか。人間はなぜ争うのか。人間はなぜ欲望に抗えないのか。他人の欲望をうまく利用する人間はどんな手を使うのかなどなど、挙げようと思えばきりがないほど、ゾラはたくさんのことを教えてくれます。 そして何より、とにかく面白い!私はこれまでたくさんの作家の作品を読んできましたが、ゾラはその中でも特におすすめしたい作家です!
あわせて読みたい
ゲーテ『ファウスト』あらすじと感想~ゲーテの代表作の面白さを味わうために必要なものとは かつて、『ファウスト』は私の中で苦手作品の筆頭にある存在でした。 しかし今となっては私の大好きな作品のひとつになりました。この本を「面白い!」と感じられた瞬間の喜びは生涯忘れないと思います。 この記事では私がいかにして『ファウスト』を楽しく読めるようになったかをお話していきます。いわば『ファウスト』を読むコツです。ぜひおすすめしたい記事です。
あわせて読みたい
ドストエフスキーも愛した『レ・ミゼラブル』 レミゼとドストエフスキーの深い関係 ドストエフスキーは10代の頃からユゴーを愛読していました。 ロシアの上流階級や文化人はフランス語を話すのが当たり前でしたので、ドストエフスキーも原文でユゴーの作品に親しんでいました。 その時に読まれていた日本でもメジャーな作品は『ノートル=ダム・ド・パリ』や『死刑囚最後の日』などの小説です。 そんな大好きな作家ユゴーの話題の新作『レ・ミゼラブル』が1862年にブリュッセルとパリで発売されます。 ちょうどその時にヨーロッパに来ていたドストエフスキーがその作品を見つけた時の喜びはいかほどだったでしょうか!

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次