アダム・スミス『道徳感情論』概要と感想~現代にも通じる名著!人間道徳の本質と共感する心を考察!

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アダム・スミス『道徳感情論』概要と感想~人間道徳の本質と共感する心を考察した名著

今回ご紹介するのは1759年にアダム・スミスによって発表された『道徳感情論』です。

私が読んだのは日経BP社より2014年に発行された村井章子、北川知子訳の『道徳感情論』です。

早速この本について見ていきましょう。

日経BPクラシックス 第14弾
アダム・スミス『道徳感情論』新訳である。その冒頭ーー。

「人間というものをどれほど利己的とみなすとしても、なおその生まれ持った性質の中には
他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働きがあり、他人の幸福を目にする快さ以外に
何も得るものがなくとも、その人たちの幸福を自分にとってなくてはならないと感じさせる」

スミスといえば、利己心が市場経済を動かすという『国富論』の記述が有名だが、
スミスの『国富論』に先立つ主著である『道徳感情論』では、他者への「共感」が人間行動の根底に置かれる。

本書序文を書いているノーベル経済学賞受賞者アマルティア・センは、こう述べている。

「スミスは、広くは経済のシステム、狭くは市場の機能が利己心以外の動機にいかに大きく依存するかを論じている。
(中略)事実、スミスは『思慮』を『自分にとって最も役立つ徳』とみなす一方で、『他人にとってたいへん有用なのは、
慈悲、正義、寛容、公共心といった資質』だと述べている。これら二点をはっきりと主張しているにもかかわらず、
残念ながら現代の経済学の大半は、スミスの解釈においてどちらも正しく理解していない。」

リーマン・ショック後の世界的な経済危機を経て、新しい資本主義を考える際の必読書といえる。

Amazon商品ページより
アダム・スミス(1723-1790) Wikipediaより

前回の記事で紹介した堂目卓生著『アダム・スミス』で語られたように、『道徳感情論』は『国富論』を理解するために必読な一冊です。

また、『国富論』とは関係なくとも、この1冊だけでも世界を代表する名著中の名著です。

人間道徳の本質は何なのか。そしてそこにおいて大きな役割を果たす共感とは何なのか。

アダム・スミスはこの著作で明らかにしていきます。

私がこの本を読んで驚いたのはアダム・スミスの観察力の鋭さでした。この作品における彼の人間洞察の鋭さは驚くべきものです。人間の思考や行動パターンを単に想像して描きだしたのではなく、実際に人間社会を観察してこの作品を書き上げたのだなということを強く感じさせられます。読んでいて思わず「よく観てるな~この人は」とうならざるをえない場面が何度もありました。

そしてこの本が出版されたのは1759年のことです。今から250年以上も前にこれが書かれたというのは驚くべきことです。というのも、この本で書かれていることがあまりに現代的だからです。

どういうことかというと、アダム・スミスは人間道徳の本質を、人間の共感能力にあると考えていたからです。当時の西洋の哲学では、道徳は神から与えられたものであると考えたり、あるいは純粋に哲学的な視点から見ようとするものでした。それを実際に人間を観察して「共感」にその本質があるのではないかと述べるアダム・スミスのあり方には本当に驚かされました。

共感というのは人間に生来具わったものであり、哲学的な抽象的な概念ではない。これはアダム・スミスが実際に社会に生きる人間を鋭く観察したからこそであるように思えます。

実はこれ、現代における道徳の研究と非常に近いものがあります。

次の言葉を見ていきましょう。

一八世紀のスコットランドの哲学者アダム・スミスは、自己利益の追求は「思いやり」によって加減される必要があることを、誰よりもよく心得ていた。彼は、近代的な経済学という学問を打ち立てた一七七六年の著書『国富論』ほどは人気を博さなかった、『道徳感情論』(一七五九年)の中でそう述べた。彼はその本を、次の有名な一節で始めている。

「人間はどれだけ利己的であると思われていようと、その本性に何らかの道徳基準が備わっているのは明らかであり、そのおかげで私たちは他者の境遇に関心を抱き、また、他者の幸福が自らに欠かせなくなっている。他者の幸福からは、それを目の当たりにするという喜び以外には何一つ引き出せないのだが。」

私たちは種として生き延びるためには、食べ、子供をもうけ、育てなければならない。自然はこれらの行為をすべて楽しいものにしたので、私たちは苦もなく自発的にそれらに取り組む。自然は、共感と相互扶助についても同じことをした。私たちが善行をすると気持ち良くなる(利他主義の「温情効果」)ようにしたのだ。利他主義は、きわめて古くて本質的な哺乳類の脳回路を活性化させ、私たちが近しい者たちの面倒を見ながら、自らの生存がかかっている協力的な社会を建設するのを助ける。利他主義の起源を、最も古く、最も説得力のある表現に探し求めることで、私たちは利他主義の謎をきれいに取り除ける。

紀伊國屋書店、フランス・ドゥ・ヴァール、柴田裕之訳『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』P141-142

この言葉を述べたのは霊長類研究の世界的権威フランス・ドゥ・ヴァールという方です。この方のプロフィールを紹介します。

フランス・ドゥ・ヴァール Wikipediaより

フランス・ドゥ・ヴァール

1948年オランダ生まれ。エモリー大学心理学部教授、ヤーキーズ国立霊長類研究センターのリヴィング・リンクス・センター所長、ユトレヒト大学特別教授。霊長類の社会的知能研究における第一人者であり、その著書は20以上の言語に翻訳されている。米国科学アカデミー会員2007年には米「タイム」誌の「世界で最も影響力のある100人」、2019年には英「プロスぺクト」誌の「世界のトップ思想家50人」のー人に選ばれた。邦訳された著書に、『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『道徳性の起源』『共感の時代へ』(以上、紀伊國屋書店)、『チンパンジーの政治学』(産経新聞出版)、『あなたのなかのサル』(早川書房)、『サルとすし職人』(原書房)、『利己的なサル、他人を思いやるサル』(草思社)ほかがある。

紀伊國屋書店、フランス・ドゥ・ヴァール、柴田裕之訳『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』より

ドゥ・ヴァールはチンパンジーやボノボの研究者です。霊長類学者は徹底的な観察によって動物たちの行動をデータ化し研究していきます。そしてドゥ・ヴァールの主張で最も特徴的なのは「人間と動物は何が違うのか」という視点です。人間も動物であり、基本的な身体的システムは変わらないと主張します。

チンパンジーやボノボは遺伝的に最も人間に近い存在です。彼らを徹底的に観察することでドゥ・ヴァールは彼らにも情動があることを証明し、共感能力が彼らの社会形成に大いに影響を与えていると述べます。

ドゥ・ヴァールは霊長類を徹底的に観察し、そこに共感を見出し、人間に適用しました。

そしてアダム・スミスも徹底的に人間を観察し、そこに共感を見出し、道徳の本質への道を見つけ出したのでありました。

今世界を代表する霊長類学者の見解と250年前の経済学者・哲学者の見解がここに重なることに私は驚きの念を隠せませんでした。アダム・スミスの先見性には驚くばかりです。

この記事では具体的にアダム・スミスがどのようなことを言ったかは紹介できません。紹介したい箇所があまりに多すぎてこの記事だけでは収集がつかなくなってしまうからです。この本は人生訓の書としても読めて、人間としていかに生きるか、社会で生きるとはどういうことなのかを教えてくれます。アダム・スミスはまさしく賢者であるなと読んでいて感じました。「『道徳感情論』を読む」というテーマで連続記事にしてもいいなとも思ったのですが時間の関係上それも厳しいので、今回は控えさせて頂きます。ぜひ実際にこの本を読んでみてください。

私が読んだのは日経BP版ですが、これは非常におすすめです。とにかく読みやすいです。それに、そもそもアダム・スミスは論理が明快で読者に優しい文章を書いてくれています。この読みやすさにも私は驚きました。

今回の記事ではずいぶん「驚いた」という言葉を使ってしまいましたが、仕方ありません。実際この本を読んで私は驚きっぱなしだったのです。それだけこの本の衝撃は大きかったのです。

これは名著です!ぜひ読んで頂きたい作品です!おすすめです!

次の記事ではこの本に関連して上で紹介したフランス・ドゥ・ヴァールの『道徳性の起源』という作品をご紹介します。この作品は私の2019年のタンザニア訪問にも大きな影響を与えた1冊です。こちらもぜひおすすめしたい作品ですので引き続きお付き合い頂けますと幸いです。

以上、「アダム・スミス『道徳感情論』概要と感想~現代にも通じる名著!人間道徳の本質と共感する心を考察し!」でした。

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