『資本論』の宣伝マン・エンゲルスの天才的な広告手腕とは「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(52)

マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ

『資本論』の人気に不可欠な存在、エンゲルス~彼なくしてマルクス思想の繁栄なし「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(52)

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

では、早速始めていきましょう。

剰余価値の無味乾燥な理論だけでは人は動かない

前回の記事ではマルクスの『資本論』の特徴について見ていきました。

マルクスの『資本論』における思想上の大きなポイントとしては、マルクスが発見した(とされる)剰余価値(本文では余剰価値)が挙げられました。

今回読んでいくのはそうしたことが語られたすぐ直後の箇所になります。

だが、余剰価値の無味乾燥な理論では、共産主義の理念を広めるには決して充分ではないため、マルクスはエンゲルスが提供したヴィクトリア朝時代の工場の、地獄のような暮らしを詳細に描いて、同書に色づけをしたのだった。

「彼らは労働者を人間の断片へと切り刻み、人を機械の付属品のレべルにまで貶め、その仕事に残っていたあらゆる魅力を奪い、嫌な骨折り仕事に変える」というのが、「資本主義的蓄積」の産業的過程に関する彼の説明だった。

「労働者の生涯を彼らは労働時間に変貌させ、その妻子も資本の不可抗力の車輪の下に引きずり込む」。

それでも、『資本論』を執筆するために長期にわたって計画を練っているあいだマルクスを支えつづけた資金が、激しく糾弾するこの散文の原動力となったお金が、つまるところ、まさに搾取された労働カ―資本の不可抗力であるエルメン&エンゲルス商会の工場の働き手たち―からもたらされたことは、つねに思い起こさずにはいられない。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P309-310

「余剰価値の無味乾燥な理論では、共産主義の理念を広めるには決して充分ではないため、マルクスはエンゲルスが提供したヴィクトリア朝時代の工場の、地獄のような暮らしを詳細に描いて、同書に色づけをしたのだった。」

「人間は理論や理屈だけでは動かない。人は物語を通して初めて動く」ということをマルクス・エンゲルスは理解していたのでしょう。

人間に過去現在未来の物語を提供することが宗教の大きな役割だということを以前私は述べました。

この記事ではそうした点から「マルクス主義は宗教的現象なのか」という仮説を立ててお話ししました。

マルクスは『資本論』でまさしく「労働者の地獄」という現在を説き、その原因という過去、そして「必ずや到達する未来のユートピア」を掲示します。そしてひとりひとりの人間はその物語を生きる主人公として、自分の役目を生きていくことになるのです。

今回見ていった箇所はまさしくマルクス主義のそういった面を感じることができるものだったのではないでしょうか。

また、最後の箇所、

「それでも、『資本論』を執筆するために長期にわたって計画を練っているあいだマルクスを支えつづけた資金が、激しく糾弾するこの散文の原動力となったお金が、つまるところ、まさに搾取された労働カ―資本の不可抗力であるエルメン&エンゲルス商会の工場の働き手たち―からもたらされたことは、つねに思い起こさずにはいられない。」

エンゲルスは工場経営者として労働者を搾取し、そこで得たお金をマルクスに送金していました。こうした矛盾はやはり無視できないものがあるのではないかとやはり思ってしまいます。彼らの矛盾については以下の記事で「労働者の搾取によって得たお金で書かれた『資本論』という気まずい真実「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(41)」もお話ししていますのでぜひご参照ください。

『資本論』を経済学のみならず、多方面に解釈する伝統を作り出したエンゲルス

初めて世にでて以来、『資本論』はさまざまな読者によって数多くの異なった読み方をされてきた。

経済学の書として、政治科学、風刺、ゴシック文学、社会学、さらにこれらすべて、もしくはそのいずれでもない作品として。

そうした多方面からの解釈の伝統は、エンゲルス自身から始まった。この作品のために人生の一七年間を犠牲にした彼は、これがいつものように沈黙の申し合わせに屈しないようにすべく意を決していた。

「この本は登場した瞬間から、本格的な旋風を巻き起こすと僕は確信している」と、彼は一八六七年にマルクスに書いた。「それでも、学問に関心がある中産階級市民や役人の意欲を後押しして立ち上がらせるなど、つまらない方策も軽蔑しないことは非常に重要だろう」。

エンゲルスはつねづね小細工をすることに熱心であり、熟練の広報担当者のような狡猾さで、自分のアドレス帳を開いてきちんと報道されるように計らった。

「カール・マルクスの著書に、ドイツ系アメリカ人報道関係者と労働者の関心を集めていただけるよう願います」と、彼は一八四八年の反乱をともに戦った仲間で、そのころはアメリカ共産主義運動にかかわっていたへルマン・マイヤーに書いた。

「ドイツの報道機関はいまだに『資本論』に関しては完全な沈黙を守っているので、なんらかの声が発せられることが本当に何よりも重要なのです」と、彼はハノーヴァーのルートヴィヒ・クーグルマンに訴えた。

「これらの論文が間違いなく新聞に掲載されるように、それもとくにヨーロッパの各紙で、反動的な新聞も含め、できる限り同時に取りあげさせることが、われわれの道徳的責務です」
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P310

ここも非常に重要な箇所です。

『資本論』がただ単に経済学の本として世に出回ったのならば、経済学に興味のある人しかこの本に興味を示しません。

そしてそもそもの話なのですが、マルクスは経済学をしっかりと学んだ経済学者ですらありません。あくまで彼は独学の徒です。世の大半からすれば、「名の知れた大学教授でもない人間がいきなり膨大で難解な経済学書を書き上げた」と言われても、眉唾物として信用せず、まず見向きもしないでしょう。

私たちは「マルクスが世界中に広まった」という歴史を知った上でマルクスを見てしまいますが、当時の状況はまるで違います。彼は最初から有名だったわけではないのです。

そしてこのままでは世間から無視されかねないと察したエンゲルスはここでその才能を発揮します。

彼は「経済学の書として、政治科学、風刺、ゴシック文学、社会学、さらにこれらすべて、もしくはそのいずれでもない作品として」宣伝し始めるのです。まさに、「経済学の域をはるかに超えたとてつもないスケールの書物!奇跡の書物!」として彼は巧みに宣伝したのでした。

これの何がすごいと言いますと、こうしたことで経済学のジャンルだけではなく、あらゆるジャンルの人間がこの本に興味を持つように仕向けることができたのです。

これは画期的な作戦でした。これで一気に読者層が広がり、何よりも、後に知識人層、革命家たちにとてつもない影響を与えることになります。「単なる経済学の書」を超えた、まさしく「あらゆるものの源泉たるバイブル」としての『資本論』を生み出したのはエンゲルスだったのです。

エンゲルスの有能な宣伝マンぶりはさらに続きます。

マルクスの最も有能な宣伝係エンゲルス

しまいに、彼はそれを自分でやらねばならないことに気づいた。

「この問題をブルジョワの視点から僕が攻撃して、事態を進ませるべきだと思うかい?」と、彼はマルクスに尋ねた。注目を集めるうえで最善の策は、「この本を非難させること」であり、報道上で嵐を巻き起こすことだという点で、二人の意見は一致した。

現代の数々のメディア操作も本の売り込み術も、マルクスの最も有能な宣伝係によって始められた。自分では同書を非難する気になかなかなれなかったにしろ、エンゲルスはイギリス、アメリカ、ヨーロッパの新聞雑誌のために、次々に書評を生みだした。

『ディー・ツクンフト』ではもったいぶった学者的な口調で(「新たに取り入れられた余剰価値というカテゴリーは進歩と見なせるとわれわれは認める」)、『ヴュルテンべルク広報』ではもっと商業的な観点で(「ドイツの実業家なら……本書に多数の情報源を見出し、注意を喚起したことについてわれわれに感謝するだろう」)、『べオバハター』ではそれにふさわしく愛国的な解釈で(「これはドイツの精神にとって名誉となる功績の一つと言えるだろう」)、『デモクラティッシェ・ヴォーヒェンプラット』では彼の本来の声で(「地上に資本家と労働者が登場して以来、われわれの目の前にあるこの本ほど、労働者にとって多大な価値のある書物は登場したことがない。資本と労働の関係は、現在のわれわれの社会制度全体が回る軸であり、本書で初めて科学的に取り扱われている」)。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P310-311

エンゲルスは自作自演も辞さず、次々とメディア戦略に打って出ました。

いかがでしょうか、エンゲルスのこの天才的な宣伝能力、実務能力!

私はここを読んで彼の参謀としての能力にただただ驚愕するしかありませんでした。

マルクスという圧倒的なカリスマがいて、その横にはエンゲルスという天才的な参謀が控えている。

この最強のタッグがあったからこそのマルクス思想なのではないかと思います。

こうしたメディア戦略はマルクス主義者にも脈々と受け継がれ、その最強の使い手こそあのレーニンでした。

メディア戦略がいかに重要かということを今回読んだ箇所から特に感じられました。

エンゲルスなくしてマルクスなし!

エンゲルスの参謀としての天才的な能力には驚くしかありません。

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