木村汎『プーチン 外交的考察』あらすじと感想~ロシアはなぜ戦争をするのか。ウクライナへのハイブリッド戦争を知るのにおすすめ
木村汎『プーチン 外交的考察』概要と感想~ロシアはなぜ戦争をするのか。ウクライナへのハイブリッド戦争を知るのにおすすめ
今回紹介するのは2018年に藤原書店より発行された木村汎著『プーチン 外交的考察』です。
早速この本について見ていきましょう。
プーチンは世界をどう捉えているか?
ロシア・ゲート、シリア介入、クリミア併合――プーチンの狙いは何か?
内政の停滞をよそに、世界を相手に危険な外交攻勢を続ける“プーチン・ロシア”。我が国ロシア研究の泰斗が、膨大な資料と事例をもとに、その真意を読み解く。
◎〈人間篇〉〈内政篇〉に続く三部作、遂に完結!
◎第32回正論大賞受賞●木村 汎(きむら・ひろし)
Amazon商品紹介ページより
1936年生まれ。京都大学法学部卒。米コロンビア大学Ph.D.取得。北海道大学スラブ研究センター教授、国際日本文化研究センター教授、拓殖大学海外事情研究所教授を経て、現在、北海道大学および国際日本文化研究センター名誉教授。専攻はソ連/ロシア研究。
主な著書として、『ソ連式交渉術』(講談社)、『総決算 ゴルバチョフ外交』(弘文堂)、『ボリス・エリツィン』(丸善ライブラリー)、『プーチン主義とは何か』(角川oneテーマ21)、『遠い隣国』(世界思想社)、『新版 日露国境交渉史』(角川選書)、『プーチンのエネルギー戦略』(北星堂)、『現代ロシア国家論――プーチン型外交』(中央公論叢書)、『メドベージェフvsプーチン――ロシアの近代化は可能か』『プーチン――人間的考察』『プーチン――内政的考察』(藤原書店)、『プーチンとロシア人』(産経新聞出版)など多数。
2016年、第32回正論大賞受賞。
この作品はロシアの専門家木村汎氏によって書かれた『プーチン三部作』の最終作になります。
『プーチン三部作』(『人間的考察』、『内省的考察』、『外交的考察』)はそれぞれの作品すべてが600ページ超というすさまじい大ボリュームで、プーチン大統領とはいかなる人物かを知るのに非常におすすめな作品となっています。
今回ご紹介している『プーチン 外交的考察』はプーチン大統領の外交政策に特化した作品です。
こちらの目次を見て頂ければわかりますように、この作品もかなり細かくプーチン大統領の外交政策を見ていきます。
この本の前半はプーチン大統領とはどのような存在なのか、そして彼の政治手法とはどのようなものなのかが解説されます。この部分は『人間的考察』、『内省的考察』とも重なっています。プーチン大統領の外交は彼自身とその内政とは切っても切れない関係ですので改めて『外交的考察』でもしっかり解説されています。
プーチン三部作を読み通していくと内容の重なりもよく出てきます。ですが、これはある意味「復習」のようなものになります。おかげでプーチン大統領についてよりしっかりと学べるというありがたい効果があるように感じました。
そして後半ではいよいよ今作の本筋であります外交に入っていきます。目次を見て頂けるとわかりますように、それぞれの国ごとに詳しく見ていくことになります。
ウクライナやジョージア、シリアなど、ロシアのハイブリッド戦争についてはもちろん、極東シベリアや中国、EU、イギリス、中東、アメリカとの関係性が説かれます。特にオバマ、トランプ両大統領との関係性については非常に興味深いものがありました。
この本について著者は次のように述べています。
■「外部の資本主義列強の脅威を強調することによって、ロシア国内の独裁的な権威の存続を正当化することは、ソビエト指導者たちが訴える常套的手口だった」(シドニー・プロス)。プーチン大統領は、ソビエト期の指導者たちがかつて用いた手法を忠実に継承し、それを実行している。
■プーチン大統領は、その時々に役立つ「外敵」を設定する。彼らの陰謀にそそのかされて、ロシアの安全保障を決して損なわないように、国民は一致団結して闘うことが必要不可欠であると説く。
■アメリカ合衆国こそは、ほとんどすべての敵の背後で彼らを煽動し、物質的支援をあたえ、ロシアで「カラー革命」もどきの人民反乱を起こさせようともくろむ元凶にほかならない、とプーチン大統領は明言してはばからない
藤原書店、木村汎『プーチン 外交的考察』表紙裏より
プーチン大統領はなぜ戦争を望むのか。そしてその手段として用いているハイブリッド戦争とは一体何なのかということをこの本ではかなり詳しく学ぶことができます。
そして本文中、特に印象に残った箇所があります。少し長くなりますが非常に重要な箇所ですのでじっくり見ていきます。
冷蔵庫VSテレビの闘い
「内外の敵」を設定し、それとの闘いのために国民の連帯をうながす―。すっかりプーチンの常套手段と化したこの戦術は、少なくともこれまでのところ大成功を収め、プーチン人気の上昇、支持基盤の強化に貢献している。なぜ、そうなのか。コレスニコフは、その理由として、次の諸点を指摘する。
まず、ロシア独自の伝統にもとづく国民感情が作用している。ロシア人は、天然国境に恵まれない平坦な土地に住いしていることもあり、歴史上しばしば外敵の侵入を体験し、今日なお「被包囲意識」を抱いている。彼らは祖国存亡の危機に遭遇するや、大同団結し、それがたとえどのような困難であれ辛抱強く忍ぼうとする。敗北寸前にまで追い詰められようとも、類い稀なる忍耐心を発揮して形勢を挽回し、遂にナポレオンやヒトラーの包囲網を打破し、勝利を克ちとった輝かしい過去を誇りにしている。冷戦に事実上敗北し、ソ連邦を解体させた今日、大多数のロシア国民はこのような過去の栄光を再び体験し、是非とも自信を回復したいと切望している。そして、逆に為政者側からいうと、このようなロシア国民のメンタリティーを熟知しているがゆえに、己の失政や国内的困難から被治者大衆の目を逸らすために「勝利をもたらす小さな戦争」という手段に性懲りもなく訴えつづけようとする。日露戦争(一九〇四-五年)も、「ロシア帝政末期の失政から国民の目を逸らさんがためのそのような戦争」(ヴャチェスラフ・プレーべ内相)の典型例だった。
たしかに、ウクライナに加えてシリアにまで介入する「ニ正面作戦」を遂行するならば、大抵のロシア人家庭の「冷蔵庫」事情はさらに一層厳しくなるだろう。ところがロシア人は、これを必ずしも耐えがたい苦痛とは思わない。なぜならば戦争とはいっても、コレス二コフによれば、それは大抵のロシア国民にとって茶の間のテレビに映しだされるバーチャル(仮想)な体験でしかないからだ。プーチン政権は三大主要テレビをすべて国有化し、その他の弱小テレビ局も己の厳しい報道管制下においている。結果として、ロシアのテレビ局はロシア政府に都合の良いニュースしか報道しない。ロシア軍は「短期間に終わるはずの」「無血の」防衛戦争を止むなく実施中なのであり、しかも「勝利に次ぐ勝利を収めている」。このように伝える番組を朝から晩まで垂れ流している。つまり、いわゆる「冷蔵庫VSテレビの闘い」において後者が前者を圧倒しているのだ。
カナダの「プーチン研究グループ」がまとめた報告書(ニ〇一七年)も、記す。「今日、〔ロシアの〕テレビは、ひょっとしてドーピングもしくは精神興奮剤のような作用を果たしているのではないか」。なぜならば、〔ロシア〕国家はまるで強力な力を有しているかのような錯覚を人工的に作り出す。テレビが演ずるそのような役割のお蔭で、ロシアが実際には史上最悪とも評すべき経済的危機に直面しているにもかかわらず、プーチンは最高の支持率を維持しているからである」。
「戦争とは、他の手段による政治の延長である」。本書でも何度も引用するクラウゼヴィッツの言葉である。自宅のリビング・ルーム(茶の間)という安全圏に身をおいて、ロシア軍の諸外国への進軍に拍手喝采を送っているロシア人。コレスニコフは、彼らにたいしてクラウゼヴィッツの言葉をもじって辛辣なコメントすら加える。多くのロシア人にとって「戦争とは、他の手段によるツーリズムの延長にすぎない」。
藤原書店、木村汎『プーチン 外交的考察』P497-498
プーチン大統領はなぜ戦争を求めるのか。
それは戦争が国民の支持に決定的な影響を与えているからという背景があります。
以前紹介したこれらの本でも指摘されていましたが、ロシアのメディアはプーチン大統領の支配下にあり、プロパガンダが繰り返されています。
国民からの支持を得るために外敵を設定し、戦争を行う。そのためには手段を選ばない。
ただ、全面戦争ではアメリカやNATOから猛攻撃を受けるのでそうならないように細心の注意を払い、政治経済システムが脆弱な旧共産圏の国を狙いハイブリッド戦争を仕掛け自国に有利な展開を作ろうとする。
こうしたプーチン大統領の外交姿勢を学ぶのにこの作品はうってつけです。
ぜひぜひおすすめしたい作品です。大部の『プーチン三部作』ですが通読する価値は間違いなくあります!
以上、「木村汎『プーチン 外交的考察』ロシアはなぜ戦争をするのか。ウクライナへのハイブリッド戦争を知るのにおすすめ」でした。
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