MENU

P・ポマランツェフ『プーチンのユートピア』あらすじと感想~メディアを掌握し、情報統制するプーチン政権の実態とは

目次

P・ポマランツェフ『プーチンのユートピア―21世紀ロシアとプロパガンダ』概要と感想~メディアを掌握し、情報統制するプーチン政権を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは2018年に慶応義塾大学出版会株式会社より発行されたピーター・ポマランツェフ著、池田年穂訳の『プーチンのユートピア―21世紀ロシアとプロパガンダ』です。

早速この本について見ていきましょう。

21世紀のロシアでは、独裁さえもリアリティー・ショーである――。

ロシア系イギリス人のTVプロデューサー、ピーター・ポマランツェフ。
急成長を遂げるロシアのテレビ業界に潜入した彼は、図らずもロシアのあらゆる腐敗と遭遇する。映画監督に転身したギャング、ロシア史上最高の政治工学者、自爆テロ組織「黒い未亡人」を離れる売春婦、自殺したスーパーモデルとセクト、ロンドンに逃れ栄華を極めるオリガルヒ(新興財閥)――。
モスクワ劇場占拠事件や、ベロゾフスキーとアブラモヴィッチの裁判に立ち合い、ロシア・メディアの内側に蠢くプロパガンディストのやり口を知るポマランツェフは、プーチン独裁の先鋭化とともに、自身もまたその体制内部に引き込まれていることに気づく。

カネと権力に塗れたシュールな世界で、新たな独裁体制を築くプーチン。
クレムリンに支配されたメディアの内側から、
21世紀のロシア社会とプロパガンダの実態を描く話題作。

ロシア版『一九八四年』。

[著者]
ピーター・ポマランツェフ(Peter Pomerantsev)
1977年ソ連のキエフでユダヤ人の家庭に生まれる。イギリスのTVプロデューサー、ジャーナリスト。Financial TimesAtlantic Monthly などの紙誌に精力的に寄稿している。ロシアをはじめとする「プロパガンダ」についてのオーソリティと目されている。1978年に、反体制派の作家であった父親イゴールの亡命に伴い、西独に出国。1980年にイギリスに渡る。エジンバラ大学を卒業後、2001年からロシアに滞在。とりわけ、2006年から10年までは、テレビ局TNTでリアリティー・ショーの制作に携わった。帰英後の2011年から Newsweek やAtlantic Monthly に寄稿を始めた。1ダース以上の言語に訳された本書で、2016年度英国王立文学協会オンダーチェ賞を受賞している。

Amazon商品紹介ページより

この本も衝撃的でした。

プーチン政権がいかにメディアを掌握し、国民に対して情報を統制しているかがよくわかります。プーチン大統領の支持率の高さはこうしたところからも生まれてきているということを知ることができます。

著者はテレビプロデューサーとして実際にロシアのメディア業界で働き、その実態をこの本で記しています。

ロシアのテレビ業界に働く人々の雰囲気や、プーチン大統領から厳しく監視されているメディア業界の緊張感がこの本で感じられます。まさにプロパガンダの最前線。よくこんな本を出せたなと驚くばかりです。

著者はこうしたロシアのメディア業界について第一章で次のように述べています。

現大統領がニ〇〇〇年に政権を握ったとき、最初にしたのは、テレビ局を管理下に置くことだった。クレムリンが、「衛星政党」として認める、、、にはどの政治家がよいかを決めたのも、この国の歴史がどうあるべきであり、何を恐れるか、どんな意識を持つべきかといったことを決めたのも、テレビを通じてのことだった。

生まれ変わったクレムリンは旧ソ連の二の舞を演じるつもりはなく、二度とテレビ番組を退屈なままにはしない。そのためになすべきことは、ソ連時代の統制を西側のエンターテインメントとうまく融合させることだ。

二一世紀のオスタンキノのいくつものテレビ局は、ショービジネスとプロパガンダを混ぜ合わせ、視聴率と権威主義オーソリタリアニズムとを結びつけている。そして、偉大なショーの中心にいるのは、大統領自身だった!彼は無名の人物から生み出された。パフォーマンス・アーティストと同じくらい素早く、兵士、愛人、裸の胸の筋肉を誇示したハンター、ビジネスマン、スパイ、皇帝ツァーリ、スーパーマンといった役割のなかを変化へんげできるテレビの力を通じて、陰鬱な元KGBから生み出されたのだ。

「ニュース番組ってのは大統領へのへつらいさ。プーチンの行動を祝福し、奴を偉大な大統領にするタネさ」とは、テレビプロデューサーや御用政治学者たちが好んでロにするところだ。煙草の煙が充満した部屋にいるうちに、どうも現実というものは融通が利くようだと思うようになり、(『テンぺスト』の主人公で魔術師の)プロスぺロと一緒にいるような気までしてきた。ここにいるのは、自分たちの望むいかなる存在も、ソ連崩壊後のロシアのテレビ画面に映し出せるプロスぺロたち、、だ。

だけど、僕がロシアで働いているあいだにも、年を追うごとにロシア政府が誇大妄想的になっていくのに合わせてオスタンキノの戦略もどんどん歪曲されて、これまでになく緊急なものとしてパニックと恐怖を煽る必要があると考えられるようになった。そうなると、論理性は無視され、クレムリンに好都合なカルト集団とか、へイトを煽る者たちをテレビのプライムタイムに登場させることで、国民をうっとりさせたり、気を紛らわさせたりした。それにつれて、クレムリンの手助けをし、そのヴィジョンを世界に広めるための金めあての雇われ外国人の数は、いっそう増えていった。
※一部改行しました

慶応義塾大学出版会株式会社、ピーター・ポマランツェフ、池田年穂訳『プーチンのユートピア―21世紀ロシアとプロパガンダ』P6-7

なかなかにショッキングな内容ですよね。ロシアのテレビ番組は基本的にこうした政府統制の中作られているそうです。プーチン大統領を讃美するための装置としてテレビ。そしてそれが最近エスカレートしていると著者は述べます。

この本を読んでいくとこうした事実をより具体的に見ていくことになります。華やかなテレビの裏側はかなりどぎついものがありました・・・

そして、巻末の訳者あとがきではこの本について次のように述べられています。

本書は全編を通じて、裏面も含めてロシア社会を知るための豊富なエピソードを提供してくれるが、同時にロシア人のメンタリティの由るところも知ることができる。旧ソ連時代からずっと、あまりにも役割を使い分けるのを強いられる社会で育ってきたので、何がほんもので何が皮相な建前かが区別がつかなくなり、何ものをも信じなくなってしまうのだ(そこにソヴィエトの崩壊という激震まで加わった)。極端なナショナリズムや神秘主義に走りやすいのもそのためであろうか。「第三幕」は、ニナリッチのCMから幕が上がる。そして、ピーターは、二人のスーパーモデル(そのCMに出てくるルスラナ、そして友人だったアナスタシア)の自殺の謎を追うなかで、ロシアのセクトの存在とそれを後押しするクレムリン支配下のテレビの姿を浮かび上がらせている。二人が関わったセクトの手法自体はアメリカからの借り物である。そういえば、オウム真理教も早くからロシアに進出していた。

そしてまた、ロシアの社会は、何もかもがコネと金(賄賂)で決まってしまう社会である。「第二幕」に出てくる、悪名高い「企業乗っ取り」(被害者としてヤーナ)や「新兵いじめ」の実態にはため息がこぼれよう。そして、ロシアでは法のもとたまさか正義が実現されても、権力闘争を利用するマキャベリズムの賜であるという悲しい現実がある。国の支配階級は、「官僚=実業家=マフィア」とハイフンでつながっている者たちなのだ。

慶応義塾大学出版会株式会社、ピーター・ポマランツェフ、池田年穂訳『プーチンのユートピア―21世紀ロシアとプロパガンダ』P312

ここで語られますように、この本ではメディアのプロパガンダだけでなく、悪質な企業乗っ取りや、華やかなモデル業界の闇、新興宗教まがいのセクトについても語られます。これもどぎついです。訳者が「ため息もこぼれよう」と述べるのももっともです。私も頭を抱え、ため息をこぼしてしまいました。

この本はメディアを統制したプーチン大統領のプロパガンダ支配はどのようなものかを考えるのに最適な一冊です。

また、以前当ブログでもソ連のプロパガンダ、メディア統制について以下の記事などでお話ししました。

あわせて読みたい
(4)メディアを利用し人々の不満を反らすスターリン~悪者はこうして作られる スターリンの政治的手腕のひとつとして挙げられるのがこの「敵を生み出す能力」だと著者は語ります。この能力があれば自らの失策の責任を負うこともなく、スケープゴートにすべてをなすりつけることができます。そうすることで自らの権力基盤に傷がつかないようにしていたのでした。 これはスターリンに限らず、あらゆる時代、あらゆる場所で行われうることです。
あわせて読みたい
(2)スペイン異端審問の政治的思惑と真の目的とは 異端審問というと宗教的な不寛容が原因で起こったとイメージされがちですが、このスペイン異端審問においては政治的なものがその主な理由でした。 国内に充満する暴力の空気にいかに対処するのかというのがいつの世も為政者の悩みの種です。 攻撃性が高まった社会において、その攻撃性を反らすことができなければ統治は不可能になる。だからスケープゴートが必要になる。悪者探しを盛んに宣伝し、彼らに責任を負わすことで為政者に不満が向かないようにする。これはいつの時代でも行われてきたことです。
あわせて読みたい
『カレル・チャペックの闘争』あらすじと感想~ジャーナリスト・チャペックのファシズム・共産主義批判... チャペックは作家としてだけでなく、ジャーナリストとしての顔もありました。 そして彼は第二次世界大戦直前、ナチスに呑み込まれゆくチェコを憂い、筆で抵抗を続けました。 この本ではそうしたチャペックのファシズム批判や共産主義批判を読むことができます。

ソ連時代の厳しい検閲システムは有名ですが、現代のロシアでもこうした仕組みが強力な力を持っていることがよくわかりました。

ですが、こうしたメディアの問題はロシアだけの問題ではありません。

これは世界中、いつどこで起きてもおかしくないことです。日本も戦時中はかなり厳しい情報統制が取られ、プロパガンダ教育がなされていたのは歴史の授業でも習ったと思います。

では、現代の日本はどうでしょうか。はたしてロシアとは違うと本当に言えるでしょうか。

日本のメディアはどんな報道をしているでしょうか。この本を読んで改めてそのことを考えてみると・・・

以上、「P・ポマランツェフ『プーチンのユートピア―21世紀ロシアとプロパガンダ』メディアを掌握し、情報統制するプーチン政権を知るのにおすすめ」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

プーチンのユートピア:21世紀ロシアとプロパガンダ

プーチンのユートピア:21世紀ロシアとプロパガンダ

次の記事はこちら

あわせて読みたい
M・ラリュエル『ファシズムとロシア』あらすじと感想~ファシスト、非ナチ化という言説はなぜ繰り返され... 私がこの本を読もうと思ったのは、プーチン大統領がウクライナに対して「非ナチ化のために我々は戦っている」という旨の発言があったからでした。正直、その言葉を初めて聞いたときは全く意味がわかりませんでした。なぜプーチンにとってウクライナと戦うことが非ナチ化なのか、私にはどうしてもわからなかったのです。 というわけで手に取ったこの本でしたが、これがなかなか興味深く、「なるほど」と思えることが満載の一冊でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
石川陽平『帝国自滅 プーチンVS新興財閥』あらすじと感想~プーチン大統領はいかにしてオリガルヒと戦っ... ソ連崩壊後の混乱を経て台頭してきたオリガルヒ。 これまで見てきた本でもありましたように、ロシア国民は彼らの横暴に怒りを募らせていました。 そしてそんなオリガルヒと戦うプーチンという構図。これが国民の支持を得た大きな要因の一つでした。 しかし、その実態はどのようなものだったのか、その副作用は何だったのかということがこの本では語られます。 クリミア併合や今回のウクライナ侵攻にも繋がっていくプーチンとオリガルヒの関係を知るのにおすすめな作品です。

関連記事

あわせて読みたい
面白くてわかりやすいテレビ・ネットの『要約・解説〈ファスト情報〉』の罠!『華氏451度』の世界が... 私たちはネットで簡単に情報を得られる便利な世界に暮らしつつも、大きな危険に身を晒しています。 手っ取り早く、簡単で、わかりやすい〈ファスト情報〉が溢れているのが現代です。私たちは多くの情報を知ったつもりになっていますが、その裏で進行している恐ろしい事態があるとしたら・・・? この記事ではそんな恐るべき現状についてお話ししていきます
あわせて読みたい
オーウェル『一九八四年』あらすじと感想~全体主義・監視社会の仕組みとはー私たちの今が問われる恐る... 『一九八四年』は非常に恐ろしい作品です。ですがこれほど重要な作品もなかなかありません。現代の必読書の一つであると私は思います。 この作品は「今私たちはどのような世界に生きているか」を問うてくる恐るべき作品です。今だからこそ特に大事にしたい名作です。
あわせて読みたい
オーウェル『動物農場』あらすじと感想~こうして人は騙される。ソ連の全体主義を風刺した傑作寓話 敵を作りだし、憎悪や不安、恐怖を煽って宣伝してくる人たちには気を付けた方がいいです。敵を倒した後に何が起こるのか、それを『動物農場』は教えてくれます。 この作品は150ページほどの短い小説で、読みやすくありながら驚くほどのエッセンスが凝縮されています。衝撃的な読書になること請け合いです。非常におすすめな作品です!
あわせて読みたい
(9)第一次世界大戦とレーニン~ドイツの支援と新聞メディアの掌握 なんと、レーニンの政治活動の背後にはドイツ政府の秘密資金があったのでした。しかもその金額が桁外れです。そうした資金があったからこそロシアでのメディア掌握が可能になったのでした。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次