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『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』あらすじと感想~ブリューゲルの風景画の特徴と北方ルネッサンスの歴史とは

目次

『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』概要と感想~北方ルネッサンスを代表する画家ブリューゲルのおすすめ入門書

今回ご紹介するのは2017年に東京美術より発行された幸福輝著の『ブリューゲルとネーデルラント絵画の変革者たち』です。

私はこれまでひのまどかさんの「作曲家の物語シリーズ」でヨーロッパの音楽の歴史をたどってきました。

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この伝記シリーズは作曲家の人生だけではなく時代背景まで詳しく見ていける素晴らしい作品です。そしてその中で出会ったのがメンデルスゾーンであり、そこから私はイギリスの大画家ターナーに興味を持つようになりました。

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そしてこの『もっと知りたいターナー 生涯と作品』がこれまた面白く、これを読んで今度は絵画を通してヨーロッパの歴史、思想、文化を見ていきたいなと私は思ってしまいました。

正直、本を読んでいくスケジュールがかなり押していて厳しい状況なのですが、東京美術さんの絵画シリーズ「ABC アート・ビギナーズ・コレクション」は内容が濃いながらコンパクトに絵画を学んでいけるので今の私にはぴったりなような気がします。

では、早速この本について見ていきましょう。

ピーテル・ブリューゲル(1530年頃-1569年)は16世紀フランドル(現在のほぼベルギーに相当)で活躍した、北方ルネサンスを代表する画家のひとりです。宗教画の背景に過ぎなかった風景画に生気を吹き込み、風景と民衆文化を融合させ、心に滲みいる作品をのこしました。

本書はブリューゲルを核とし、その足跡の謎と作品世界の魅力に迫るとともに、それらがどのような土壌から生まれ、後世にどのように受け継がれたのかを、テーマ別・時代順に紹介する作品集。同時代のイタリア・ルネサンスとも、デューラーに代表されるドイツ・ルネサンスとも異なる、ネーデルラントならではの表現の軌跡をたどります。


Amazon商品紹介ページより
ピーテル・ブリューゲル(1530年頃-1569年)Wikipediaより

ブリューゲルは北方ルネッサンスを代表する画家です。

ブリューゲルといえばこの本の表紙にもなっている『雪中の狩人』や『バベルの塔』が有名です。

この本は北方ルネッサンス、ネーデルラント絵画の大家ブリューゲルの作品とその特徴を知るための格好の入門書となっています。

この本の中でも特に印象に残っているのは「ネーデルラント絵画の特徴」について書かれた箇所です。イタリアの絵画とは全く異なる画風の源泉はどこにあるのかということを知れて興味深かったです。以下その箇所を引用します。

ネーデルラント絵画の特徴

風景画はもともとネーデルラント絵画の本質的な部分を占めていた。イタリアでは人間の形姿をとった神々の劇や宗教劇が絵画主題の主流であったのに対し、ネーデルラント地方では神がつくったこの世界の表象こそが画家の描くべき対象であるという認識が無意識のうちに備わっていたのであろう。ヤン・ファン・エイクの《ゲント祭壇画》の「神の子羊」の描写や《宰相ロランの聖母》(p. 130)背景の風景描写が重要なのは、単にそこに風景が描かれているからではなく、風景が作品の根幹をなしているから、すなわち、まさに風景画となっているからなのである。

東京美術、幸福輝『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』P76

以下の絵がここで語られているヤン・ファン・エイクの作品です。

たしかに風景がしっかりと描かれていることがわかります。

引き続き解説を読んでいきましょう。

とはいえ、15世紀はまだ宗教画の時代だった。ほとんどの作品では前景の宗教的モティーフ、すなわち、聖母や聖書主題の人物が前景に大きく描かれ、背景として風景が描かれていた。風景画の歴史から見た場合、中景の欠如が15世紀フランドル絵画の根本的性質である。ところが、次第に中景を意識した作品が生まれてくる。へールトヘン・トット・シント・ヤンスの作品が好例である(P.131)。中景が意識されるようになり、中景が描かれることにより、画面全体に統一された空間が生まれ、そこは人物たちが生き生きと動き回る自由な空間となった。メムリンクにも画面全体を俯瞰し、そこにさまざまな場面を挿入することで、前景と背景という二重構図とは異なる空間を設定しようとした作例が見られる(p.132-133)


東京美術、幸福輝『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』P76

たしかに、ここにきて風景の存在感がかなり高まっていることがわかります。

このような前史を経て、1500年頃にヨアヒム・パティニールが登場する。この画家こそヨーロッパの風景画の歴史の転換点となった人物だった。彼の作品は宗教画だが、宗教モティーフとしての聖母や聖人たちを思い切って縮小し、画面全体を風景描写で包み込んだ。こうすることにより、従来の、宗教人物と風景との関係は完全に逆転してしまった。(p.135)。「聖母子のいる風景」から「風景の中の聖母子」へと舞台は回り始めたのである。パティニールの描く風景は、同時代のボッスの影響もあり、罪深い人間の生きる現実世界、救済の世界へいたる穢れ多き世界としての現実の風景というヴェールで覆われていた。だから、この画家の描く風景は、現実の風景が見せる自然の美しさとか人間と共鳴する自然といった近代主義的自然観とは異なるものであった。ごつごつした岩山、遥かに広がる田畑、蛇行して流れる川、遠くの町と港など紋切り型の自然だった。特定のこの町とかあの山岳の景観ではなく、神がつくったこの世界すべての描写であった。このような風景は自然主義の風景ではなく、むしろ、観念的な風景と呼ぶことができるだろう。そこには、この世のあらゆる景観が描写されている。パティニールの風景がしばしば「世界風景」と呼ばれるのは、このような理由からである。


東京美術、幸福輝『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』P76-77

左側の絵も同じネーデルラントの画家による作品ですが、右のパティニールの絵は明らかに風景に比重が置かれていることがわかります。比べてみるとわかりやすいですよね。こうしてネーデルラント風景画のスタイルが出来上がっていったのでした。

そしてここからいよいよブリューゲルが出てきます。

「世界風景」と自然主義

ブリューゲルは世界風景の理念に忠実だった。最初期の版画連作の『大風景版画』(p.34)から、月暦画連作、とりわけ、《牛群の帰り》(p.84)や《雪の狩人)》(p.86-87)を見れば、ブリューゲルがいかにこの表現形式に重きを置いていたかが理解されるだろう。切り立つ岩山と果てしなく広がるパノラマ眺望、これがブリューゲルの風景画の基本だった。しかし、ブリューゲルの偉大さは、同時にそこに自然主義を加えたことにあった。世界風景がその本質にもつ観念性は、次第にその新鮮さを失い、時に、紋切り型の定型的表現になりがちだった。ブリューゲルはそれを大きく変えたのである。月暦画の各作品に見られる季節の移り変わりと農民たちの生き生きした表現には、もはや、世界風景という観念は見られない。そこには神がつくった景観ではなく、自分たちが生きている身のまわりの自然を描くという意識さえ認めることができるだろう。それは、17世紀オランダ風景画に通じる全く新しい思考である。

ブリューゲルに自然主義を教えたのはティツィアーノやドメニコ・カンパニョーラなどのヴェネツィア風景版画だったともいわれている。確かに、ベッリーニ、ジョルジョーネに始まるヴェネツィア派の画家たちの牧歌的風景画が北方の画家たちにも大きな影響を及ぼしたことは知られている。ブリューゲルが彼らの風景描写と接触することで、パティニール以来の世界風景の伝統とは異なる風景表現の新たな可能性を発見した可能性は充分にあるだろう。しかし、ヴェネツィア派絵画の風景の基礎になったのは、実は、ヤン・ファン・エイクなどの15世紀フランドル風景画の伝統だった。だから、結果として、ブリューゲルはヴェネツィア経由で、自国の風景画の伝統に回帰したといえるのかもしれない。ブリューゲルの月暦画連作は西洋風景画の頂点に立つ傑作であり、そこに見られる風景描写の威容と深妙は他に例がない。


東京美術、幸福輝『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』P 77

こうした背景からブリューゲルの独特な風景画が生まれてきたのですね。

これは非常に興味深かったです。

この本では他にもキリスト教とブリューゲルの絵画の関係も説かれています。

こちらもぜひ紹介したいのですが、さすがに長くなってしまうので今回はこちらで終わらせて頂きます。

時代の流れや北方絵画の特徴を知れるこの作品も非常におすすめです。とても興味深い内容でした。絵もたくさん掲載されていますので入門書としてかなり充実しています。

ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「『ブリューゲル ネーデルラント絵画の変革者たち』ブリューゲルの風景画の特徴と北方ルネッサンスの歴史とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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