横山三四郎『ロスチャイルド家』~陰謀論ではないロスチャイルドの歴史を知るのにおすすめ!

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横山三四郎『ロスチャイルド家』概要と感想~陰謀論ではないロスチャイルドの歴史を知るのにおすすめ!

今回ご紹介するのは1995年に講談社現代新書より発行された横山三四郎著『ロスチャイルド家』です。私が読んだのは2004年第18刷版です。

メンデルスゾーン(1809-1847)Wikipediaより

前回の記事では作曲家メンデルスゾーンの父アブラハムについてお話ししました。

アブラハムはメンデルスゾーン銀行というドイツ有数の銀行を経営するユダヤ人銀行家でした。そしてその銀行がドイツで大きな力を持ったのはナポレオン戦争によるものが大きかったとされています。前回の記事でもお話ししましたが、これはロスチャイルド銀行にも共通しています。そういう意味でもロスチャイルド家を学ぶことはメンデルスゾーン家や当時の時代背景を学ぶ上で非常に有益なのではないかと思います。というわけでこの機会に私はロスチャイルド家についての本を改めて読んでみようと考えたのでした。

では、早速この本について見ていきましょう。

世界の金融と産業を牛耳るユダヤ財閥の秘密。初代マイヤーが五人の息子を主要都市に配したとき、戦いは始まった。ナポレオンから二つの大戦まで、鉄道からダイヤモンドまで、歴史を裏で動かした一族の物語。

Amazon商品紹介ページより

ロスチャイルド家といえば誰もが聞いたことがある名です。そしてロスチャイルドといえばよく陰謀論が語られます。世に出ているロスチャイルドの本や記事がほとんどが陰謀論なのではないかというほどです。そんな中この本は陰謀論的ではなく歴史的にどのような過程を経てこの一族が力を得てきたかが語られます。これはとてもありがたい参考書です。

では、この本の「はじめに」でロスチャイルド家についてわかりやすく書かれていたのでそちらを見ていきます。

ロスチャイルド家ほど世界に広く名を知られ、また実際に影響を及ぼした財閥はないだろう。一九世紀にヨーロッパ政治を金融面から動かした一族は今日もなお地球規模で旺盛な事業意欲をみせて、〝不死身〟〝不死鳥〟の名をほしいままにしている。

ニ〇〇年を越えるその歴史は、まるでおとぎ話のように父と五人の息子の物語から始まった。初代の父マイヤー・アムシェル(一七四三~一八一二)は死に臨んで、五人の息子が束ねた五本の矢のように決して離れることなく、カを合わせて家業を発展させるよう言い残した。そして五兄弟は父の遺言をしっかりと守り、固く結束して、ヨーロッパで最大、最強の金融王国を築いてゆくのである。

フランクフルトの零細な古物商兼両替商が世界財閥にのし上がってゆく途方もない成功物語はそれだけでも興味が尽きない。まさに五本の矢の如く、五人の息子たちはフランクフルトからロンドン、パリ、ウイーン、ナポリの主要都市に放たれて、ときには皇帝ナポレオンと戦うウェリントン将軍に軍資金を送り、ときにはオーストリア宰相メッテルニヒと通じてライバルの金融業者を出し抜きながら、王侯もうらやむ巨富を蓄えていった。ワーテルローの戦いでは、ナポレオン敗北の情報を誰よりも早く入手して相場で巨利を得た。

だからロスチャイルド家の家紋には束ねた五本の矢が刻まれており、パリとロンドンのロスチャイルド銀行は五本の矢を描いた商標を誇らしげに掲げている。三本の矢を束ねてみせて、息子三人に末長く仲良く暮らすよう言い残したという日本の戦国武将、毛利元就が聞いたら、我が意を得たりとひざを打ちそうである。

一族の繁栄の秘密の一端を明かせば、それは国境を越えた緊密な連係プレーであり、迅速な広域情報網にあった。ロスチャイルド家は一九世紀初頭にすでにして現代の多国籍企業に通じるボーダーレスな国際金融システムを創り出し、巧みに使いこなしていた。ヨーロッパではようやく一九九三年から国境のないEUの単一市場が動き出しているが、同家にしてみればそのような広域市場は、とうの昔から存在していたものにすぎない。

この二世紀の間、富と権力を握った人々のほとんどは、戦争と革命、恐慌と為替変動の谷間に消えていったが、ロスチャイルド家だけは幾多の激しい社会変動をしのぎ、ときにはそれを利して生き延びてきた。もちろん同家も何度か存亡の危機に見舞われた。ロスチャイルド家がそれらの大きな試練をいかに乗り越えてきたかは、冷戦の終焉という一大転機と世紀末を迎えた私たちにとっても関心のあることだ。

ところでロスチャイルド家はユダヤ人の家系である。一族の類いまれな活力は、ユダヤ人の離散(ディアスポラ)と弾圧のニ〇〇〇年の歴史を考えないでは理解を超えるものがあるので、同家とユダヤ問題についてはとくに第四章にまとめた。ロスチャイルド家に関する本にはユダヤ陰謀説とからめたおどろおどろしいものが少なくないが、商業活動とユダヤ問題を別稿にしたことによって、すっきりと分かり易いものになったのではないかと思っている。


講談社現代新書、横山三四郎『ロスチャイルド家』p3-5

先ほども申しましたが、ロスチャイルドは陰謀論とセットで語られることが多い存在です。

「ロスチャイルドが陰で世界を動かしている。」こうした説は無数にあります。

ただ、この本を読んでいてふと思ったこともあります。

「それはもうこれだけ巨大な銀行なのだから世界のあらゆる出来事に直接的あるいは間接的には関わってはいるだろう」と。

新しい事業を起こすとき、または戦争など、何か大きな出来事が起こった時、巨額のお金が必要になります。その時には信用と経験のある大銀行の力がどうしても必要になります。

そういう意味でロスチャイルドをはじめとした大銀行が「何かに関わらない」ということは逆になかなかありえないのではないでしょうか。

それに、そもそもロスチャイルド銀行だけでなく、世界中の大企業だってあらゆる出来事と絡んでいるはずです。重工業や郵船、衣料品だって有事の際には大きく関わってきます。軍需産業、先進テクノロジー、医療などは特にそうです。何もロスチャイルドだけが世界の出来事と関わっているわけではない気がします。

もちろんその中でもロスチャイルドの力が群を抜いているというのはわかりますが、だからといって意のままに世界を動かしているというのはやはり何とも言えないなと私は思ってしまいました。

この本を読めば、歴史的にロスチャイルドがどのように発展してきたかがわかります。ロスチャイルドも最初から強かったわけではなく、何度もピンチを迎えています。

陰謀論をすべて否定しているわけではありませんが、その陰謀論でストップしてしまえばロスチャイルドはどのように生まれたのか、そして時代背景の中でどのようにロスチャイルドが生き残ってきたかということを見失うことになってしまいます。そちらの方が大事な学びの機会を失ってしまう気がします。これはユダヤ人問題とも結びつけられて語られることが多いため、特に慎重に学ばなければならない事象だと思います。

陰謀論はたしかに面白いです。「実はこうなんだ」ということを聞かされると「そうなのか!」と「自分は世界の真実を知ったのだ!」という感覚にもなります。ですが、その先にあるのは一体何なのか。これはよくよく考えなければならない問題です。

そうしたことも考えることができるこの本はとても素晴らしいです。もちろん、この1冊でロスチャイルドの全てがわかるというわけではありませんが、陰謀論とは一味違ったロスチャイルド家を学べる貴重な参考書です。

また、新潮選書から出版されているフレデリック・モートン著、高原富保訳『ロスチャイルド王国』もこの本と一緒に読んだのですが、こちらもおすすめです。

ただ、こちらはかなりかっちりとした文体ですので、読みやすさという点ではやはり横山三四郎の『ロスチャイルド家』の方がおすすめです。

メンデルスゾーン一族を学ぶために手に取ったこの本ですが非常に素晴らしい一冊でした。

ロスチャイルドは世界に絶大な影響を及ぼした存在です。

当ブログではこれまでヨーロッパ文学を紹介してきましたが、ドストエフスキーをはじめ多くの作家がロスチャイルドに言及しています。やはり19世紀以降のヨーロッパを考える上でロスチャイルドは避けて通れないなと改めて感じました。

ヨーロッパ史、文化を知る上でも貴重な1冊だと思います。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「横山三四郎『ロスチャイルド家』陰謀論ではないロスチャイルドの歴史を知るのにおすすめ」でした。

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