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マッキンタイアー『エリーザベト・ニーチェ 』あらすじと感想~ニーチェには恐るべき妹がいた!前代未聞の衝撃!

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ベン・マッキンタイアー『エリーザベト・ニーチェ ニーチェをナチに売り渡した女』概要と感想~ニーチェには恐るべき妹がいた!前代未聞の衝撃!

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)wikipediaより

今回ご紹介するのは1994年に白水社より発行されたベン・マッキンタイア―著、藤川芳郎訳『エリーザベト・ニーチェ ニーチェをナチに売り渡した女』です。

まずはじめに言わせてください。

この本は凄まじいです。衝撃的です。

「嘘でしょ!?」と思わずにはいられない驚くべき事実の連発です。

世界がいかにニーチェを受容していったのかを調べようと思い手に取ったこの本でしたが、想像をはるかに超える面白さでした。

では、早速この本について見ていきましょう。

1886年、哲学者ニーチェの妹エリーザベトはドイツ人の集団を率いて南米パラグアイに純粋アーリア人の「新しき村」を作った。帰国後兄の著作を改竄し、ナチの思想的バックボーンとなるニーチェ神話を作り上げる。今世紀初頭の恐るべき女魁の生涯を通して現代史の裏面を探る労作。

Amazon商品紹介ページより
エリーザベト・フェルスター=ニーチェ、1894年頃 Wikipediaより

ニーチェ自身も規格外の存在でしたがその妹もとてつもない人物でした。彼女は夫とともに南米パラグアイの奥地に純粋アーリア人の村を作り、そこの支配者として君臨し、村人たちを騙し続けていました。しかもニーチェ発狂後は彼の著作や手紙を改竄し、自分の都合のいいように「偉大な哲学者ニーチェ」を作り上げ、最後にはナチスに加担することになります。ニーチェの主著とさえ言われた『権力への意志』もまさにそうした改竄による作品でした。

この本はそんな恐るべきニーチェの妹の生涯を通してニーチェの人物像もあぶり出していくという作品となっています。ニーチェが世界でどのように受容され利用されてきたかということがこの本で明らかになります。

より詳しくこの本について知るために著者の序文を紹介します。少し長くなりますがこの本を知る上で重要な箇所ですので引用します。

この本は二つの旅の物語である。一つは、はるか彼方の、その大部分は顧みられることもない南米大陸の中央部への旅であり、いま一つは、フリードリヒ・ニーチェを取り巻く文献の、広大で時としては踏み込むこともできない藪のなかへの旅である。そしてどちらも、彼の妹エリーザべトの足跡を探し求めての旅であった。

ニーチェについて書かれた書物は、おそらく近代のほかのどの思想家よりも多く、しかも、読者を困惑させるような書き方がなされている点でも随一だろう。専門的な伝記はこの哲学者の生涯を深くかつ詳細にたどっている。ところが、妹のほうは、ある点ではむしろ兄よりも注目に値する一生を送ったというのに、脚注のなか、歴史の下草のなかに、悪意をもってじっと身を潜めている、といったところなのだ。まるで、妹のニーチェにたいする嘆かわしい影響と、時代を先取りした彼女の不吉なイデオロギーとが、ニーチェの支持者にとっては熟考に値するような代物ではなく、また敵対者にとっても、彼を叩く武器としてはあまりに手軽すぎたかのようである。

エリーザべト・ニーチェの物語が重要なのは、一部には、彼女が兄とその哲学にたいして、兄の存命中も、またとくにその死後は全面的に、影響を及ぼしたからである。彼女が兄を有名にしたし、また悪名高くもしたのだ。彼女の暗黙の了解のもとに、ニーチェの名はナチズムと結びつけられるようになっていった。しかし、彼女がいなかったら、彼の名はほんの一握りの学者たちのあいだでしか知られなかったことだろう。それにしても、彼女の人生自体もまた輝きを放っている。彼女の思想は人類の歴史のなかでも、もっとも暗い時代の一つを予告するものだったが、彼女はヨーロッパ屈指の文人として、四〇年以上にわたって、富と名声をほしいままにしたのだ。戦前のドイツの文化的世界で、コージマ・ヴァーグナーは例外としても、エリーザベト・ニーチェほど有名な女性はいなかった。そして、彼女と思想を共有する人々がヨーロッパを壊滅的な戦争へと駆りたて、ヨーロッパのユダヤ人の大虐殺をひき起こそうとしていたちょうどそのころに、彼女は世を去った。

私が何よりも興味をおぼえたのは、まだだれも書いたことがない新ゲルマーニアの物語だった。これは一世紀以上も前に、エリーザベトの助力によって南アメリカ中央部に築かれた、人種差別主義者の移任地である。その共同体は、エリーザべトが夫のべルンハルト・フェルスターと分ちもっていた反ユダヤ主義、菜食主義、民族主義、ルター主義などの信念を反映し、実現していた。エリーザベトの夫は当時もっとも悪々高い反ユダヤ主義の扇動家だったのである。のちにエリーザべトはこうした考えを、反・反ユダヤ主義者で反国粋主義者で、みずからアンチ・クリストを宣言していたニーチェにも植えつけようとした。その成果のほどは、いまだにニーチェの名からファシズムの汚名が完全に払拭しきれていないという事実をみれば、明らかである。

ナチがその邪悪な目的を支持するものとしてニーチェを引用したのは正当であったかどうかを論じることは、繰り返して言うが、本書の意図するところではない。今日の大方の意見は、彼らに正当性はなかったということで一致している。ニーチェは、ファシストが(ほかならぬ自分の妹にそそのかされて)自分の哲学を利用したことを知ったなら、さぞ驚いたことだろう。私見によれば、ニーチェの書いたものを読めば、ナチズムなど唾棄すべきものだと言っていることは明白である。ニーチェは、妹のパラグアイ入植にたいする嫌悪感を隠そうとしなかったし、この一件には最初から関わりをもつことを拒んでいた。正常であった最後の何年間かは、妹やその夫や南アメリカ計画からつとめて遠ざかっていた。そんなニーチェ自身にならって、彼の伝記作家たちは、エリーザべトのことはほとんど無視し、彼女の植民地や思想については、忘れ去られることを望むようになったのだ。

ニーチェは自分が《運命》であることを信じて疑わなかった。彼の思想は私たち自身の思想を具体化しつづけており、彼をとらえていた問題は現在でも切実であり、おそらくは、彼がそれをはじめてロにしたときよりもいっそう切実になっている。私たちの世界は、ニーチェの生きた世界よりもさらに規範が失われており、彼の言う個人というものの必要性はいっそう高まってきているのだ。ニーチェに異議を唱えるのはたやすい。それと同じように、ニーチェを嫌うのは難しい。彼の偏屈さにもかかわらず、いや、その偏屈さゆえに。彼は短気で、人を苛立たせ、途方もなく挑発的である。絶えずゴールポストを動かしているか、それで殴りかかろうとしているかのどちらかなのだ。彼の思想のいくつかは間違っていたが、しかし、彼はあらゆることに意見をもっていた。そのどれもが傾聴に値し、退屈なものは一つとしてなく、いくつかは文句なしに正しい。

本書に書かれているのはいくぶん個人的なニーチェ観である。ニーチェの解釈ではなく、むろん解説などではない。(ニーチェはつねに理解されないことを心配していたが、理解したと言い切る人がいたら、あざ笑ったことだろう。)もしこの本が彼の著作に光を当てることになれば、もしくはもっといいことに、それらを読む気にさせたとしたら、それはそれでますます結構なことであるが、この本は哲学書ではない。この本に新たなニーチェ分析を期待している方はがっかりするだろうし、すでにニーチェを理解していると思っている人は、そうした人によくあるように、不満をもつだろう。しかし、こうした言葉もある。「多くの人と同じ考えをもちたいという悪い趣味は捨てなければならない。」

本書はむしろ、たとえ桁はずれの危険人物だったとしても、とにかく桁はずれだったある女性を探し求める旅の物語である。それにしても、エリーザベト・二ーチェはただ頑迷で野心的で残忍だっただけではない。(たしかにそういう面もあったし、それ以上だったのだが。)彼女は非凡な勇気と人格、さらに、この言葉には喜ぶと同時に苛立ったことだろうが、まれに見る自信家だった。完全な意志の力で、彼女はパラグアイのまんなかに新ゲルマーニアを建設し、半世紀後には、第三帝国というもう一つの新ゲルマーニアの建設に手を貸した。彼女は、善悪両方の意味で、おそるべき人物だった。(中略)

エリーザべトは、選択能力はともかくとして、資料の収集に熱心で、ヴァイマルのエリーザべト・ニーチェ・コレクションには厖大な未発表資料が収められている。それは、エリーザべトの日記や覚え書、自筆書簡(全部で三万通以上)、兄や夫、母親、新ゲルマーニア入植者からの手紙、新聞の切り抜き、一八四四年から一九三五年までの写真、記念の品々や事業の記録などから成っている。こうした資料と、そのほか数多くの収集品やニーチェ一族に関する出版物をもとにして、エリーザべト・ニーチェの長く波乱に富んだ一生を物語ろうとしたのが本書である。

白水社、ベン・マッキンタイア―著、藤川芳郎訳『エリーザベト・ニーチェ ニーチェをナチに売り渡した女』P9-14

この本ではニーチェの妹がパラグアイの奥地に建設した村への旅の様子がかなり長く語られます。著者が実際に現地に赴き、ジャングルの過酷な環境やそこでの困難な開拓の歴史などが語られます。正直、最初はそうしたことよりも本題のニーチェの妹やニーチェ自身のことが知りたいなと思ったりしたのですが、後半に行けば行くほどそんな考えを持ったことを恥じ入るようになりました。

実際に現地に行き、そこでの様子やかつてそこで何が行われていたのかということを臨場感たっぷりに知ったからこそ、そこでニーチェの妹が何をしたかがより鮮明に浮き上がってくるのです。しかもそんな妹に対してニーチェがどのように感じていたのか、そのことも明らかになっていきます。

一見、あまり重要でないかのように感じられた現地の旅の様子がものすごく重要な意味を持っていたことに気づかされました。

ただ単に思想や哲学のプロセスを見るのではなく、生身の人間のどろどろした生活すべてからニーチェ兄妹の姿を追っていくところにこの本の特徴があります。これはものすごく興味深かったです。

これはぜひおすすめしたい一冊となっています。ぜひ手に取って頂きたい作品です。

以上、「衝撃の一冊!ベン・マッキンタイアー『エリーザベト・ニーチェ ニーチェをナチに売り渡した女』」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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