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アントニー・ビーヴァー、リューバ・ヴィノグラードヴァ編、『赤軍記者グロースマン 独ソ戦取材ノート1941-45』概要と感想
今回ご紹介するのは2007年に白水社より出版されたアントニー・ビーヴァー、リューバ・ヴィノグラードヴァ編、川上洸訳『赤軍記者グロースマン 独ソ戦取材ノート1941-45』です。
早速この本について見ていきましょう。
「20世紀ロシア文学の最高峰」ヴァシーリイ・グロースマン。スタリングラート攻防戦からクールスク会戦、トレブリーンカ絶滅収容所、ベルリン攻略戦まで、作家が最前線で見聞した“戦争の非情な真実”を記す。
「20世紀ロシア文学の最高峰」と評され、戦後の畢生の大作『人生と運命』で知られる作家ヴァシーリイ・グロースマン。ウクライナのユダヤ人家庭に生まれ、小説がゴーリキイに賞賛されていたが、独ソ戦に際し赤軍機関紙特派員として従軍、常に最前線で、誰よりも長期にわたり取材を続けた。
本書は、スタリングラート攻防戦から、クールスク会戦、トレブリーンカ絶滅収容所、ベルリン攻略戦まで、「赤軍記者グロースマン」の取材ノートを編集し、独ソ戦を再現した「ナマの記録」だ。
グロースマンは従軍当初、肥満体だったが、軍事百般を学び、「兵士」らしく変貌する。多くの特派員は司令部周辺にとどまるが、グロースマンは兵士と行動を共にし、「前線につきまとうにおい」にまみれ、兵士の信頼と尊敬を得ていく。
グロースマンは兵士や市民の声に耳を傾け、政治的な決まり文句を使わなかった。その記事はスターリンをあからさまに無視し、独裁者崇拝に屈服しなかった。グロースマン曰く、「人間が好きで、生活を探求するのが好き」なのだ。やがてグロースマンの記事は、絶大な人気を博すようになる。
本書でもっとも胸を打つのは、記者として世界で初めてトレブリーンカ絶滅収容所を取材した記録だ。まさに地獄を目のあたりにする描写で、ニュルンベルク裁判で資料としても採用された。
『ベルリン陥落 1945』のアントニー・ビーヴァーの編集が冴える、《戦争の非情な真実》が記された超一級資料。図版多数収録。
Amazon商品紹介ページより
ワシーリー・グロースマンは日本ではあまり知られていない作家です。私も独ソ戦のことを学ぶまでは知りませんでした。しかしこの作家の著書は20世紀文学の最高峰の一つとまで言われ、その代表作『人生と運命』はトルストイのあの『戦争と平和』と並んで語られるほどの文学とされています。
ここでワシーリー・グロスマンとはどのような人物かを紹介していきます。ここで語られることが本書の内容の大筋にもなります。
ヴァシーリィ・グロースマン
Vasily Grossman
1905年、ウクライナのユダヤ人家庭に生まれ、ロシア革命に共感。モスクワ大学で化学を専攻、ドンバスて炭坑技師として数年をすごしたものの文学創作の道に入り、32年から初期の短編や長編を発表。ブルガーコフやゴーリキイらから賞賛を受けた。農業集団化の結果としてのウクライナ大飢饉、身辺に迫るスターリンの大粛清の脅威を見聞しながらも、新社会建設の理想にたいする信頼感はもちつづける。
41年独ソ戦勃発とともに愛国心に燃えて従軍志願。赤軍機関紙『クラースナヤ・ズヴェズダー』記者として前線に派遣、緒戦期のみじめな敗走から45年のべルリン攻略にいたるまでの一部始終をつぶさに取材。とくに42~43年のスターリングラード攻防戦の記録は絶賛を博しそのー部は戦後いちはやく日本にも翻訳紹介された。やがて母親や親族が独軍占領下で最初のユダヤ人虐殺の犠牲になったことを知り、44年にはトレブリーンカ絶滅収容所跡を訪れてホロコーストの実態をまっさきに報道した記者の一人となる。
一方では名もない兵士や一般民衆の英雄的抗戦ぶりに感動し、反ファシズム闘争での赤軍の解放者としての役割を理想化しながらも、その「解放軍」の略奪暴行をまのあたりにし、「戦争の非情な真実」を知るにつれて、グロースマンの作品はしだいに体制側の「大祖国戦争」史観と衝突するようになり、『人民は不死』はいったんスターリン賞候補にノミネートされながらスターリン自身の手でリストから抹消され、その他の作品もいわれのない非難を浴びるようになる。とくにユダヤ人受難の記録と証言を集めて『黒書』にまとめようとするグロースマンらの努力が、戦後反ユダヤ主義の旗幟を鮮明にした当局の忌憚にふれるが、スターリン死去によってあやうく収容所送りは免れる。
いまやヒトラーのナチズムもスターリン主義も本質において大差はないとの結論に達したグロースマンは50年代後半から60年にかけて畢生の大作『人生と運命』を執筆したが、原稿をKGBに押収され、失意と窮乏のうちに64年ガンで他界。80年奇跡的に隠匿保管されていた原稿のコピーがマイクロフィルムで国外に持ち出され、スイスで出版された。ロシアでは88年にようやく日の目を見る。
白水社、アントニー・ビーヴァー、リューバ・ヴィノグラードヴァ編、川上洸訳『赤軍記者グロースマン 独ソ戦取材ノート1941-45』表紙裏
今回ご紹介した『赤軍記者グロースマン 独ソ戦取材ノート1941-45』はそんなグロースマンが実際に独ソ戦の戦地に赴き、従軍記者として取材した記事やノートを時系列に沿ってまとめたものになります。
最前線で戦う兵士たち、そして戦争に巻き込まれた人々の姿を従軍記者の目線でグロースマンは描いていきます。
グロースマンは元々愛国的な思想を持って戦争に従軍していました。侵略してきた凶悪なナチス軍を迎え撃つロシアの兵士たちを、ソ連こそが正しいという信念を持って取材していきます。
兵士たちの勇敢さに心打たれるグロースマンでしたが、ソ連軍が優勢になりナチス占領地域に進攻していくとその思いが揺らいできます。
進軍先でナチス軍と変わらぬ蛮行をする兵士たちや戦争の悲惨な現実を目の当たりにし、スターリンの掲げる愛国神話に疑問を持ち始めます。
また、何より印象的なのが、ナチスのホロコーストの現場を取材した部分です。ホロコーストというと、私たちはアウシュヴィッツを想像してしまいますが、トレブリーンカという絶滅収容所についてこの本では述べられています。そこでは80万人以上の人が殺害されています。その凄惨な殺害の手法は読んでいて寒気がするほどです。それを現地で取材したグロースマンはどれほど衝撃を受けたのか想像することもできません。
理想を信じ、愛国心から従軍したグロースマン。
その彼が戦争の真実を知り、人間の残酷な側面におののくことになります。
やがてスターリンから反体制とみなされ粛清されかけるほど、彼の思想は変わってしまうのでした。
そうした彼の思想の変化がどのようにして起こったのかということをこの本では知ることができます。
独ソ戦という世界の歴史上未曽有の絶滅戦争を最前線で取材した彼の記録は必見です。とてもおすすめな1冊です。
以上、「『赤軍記者グロースマン 独ソ戦取材ノート1941-45』ソ連のユダヤ人従軍記者が見た独ソ戦の現実」でした。
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