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横手慎二『スターリン 「非道の独裁者」の実像』あらすじと感想~スターリン入門におすすめの一冊

目次

スターリン入門におすすめの一冊!横手慎二『スターリン 「非道の独裁者」の実像』概要と感想

ヨシフ・スターリン(1878-1953)Wikipediaより

今回ご紹介するのは中央公論新社より2014年に出版された横手慎二著『スターリン』です。

これまではロシア革命とレーニンについてお話ししてきましたが、今回の記事よりスターリンに入っていきたいと思います。

早速この本について見ていきましょう。

「非道の独裁者」ー日本人の多くが抱くスターリンのイメージだろう。一九二〇年代末にソ連の指導的地位を固めて以降、農業集団化や大粛清により大量の死者を出し、晩年は猟疑心から側近を次々逮捕させた。だが、それでも彼を評価するロシア人が今なお多いのはなぜか。ソ連崩壊後の新史料をもとに、グルジアに生まれ、革命家として頭角を現し、最高指導者としてヒトラーやアメリカと渡りあった生涯をたどる。

Amazon商品紹介ページより

スターリンと言えば大粛清によって大量の死者を出した恐怖の独裁者というイメージが日本では強いです。しかし、著者によれば現代ロシアにおいては必ずしもスターリン=大悪人という風には捉えられていないとしています。この本の特徴を把握するのに「はじめに」の文章がもっとも適していたように思われましたので少し長くなりますが引用していきます。

彼について語る多くの歴史書が、一九二〇年代末からの農業集団化の過程で多大な餓死者を出したこと、あるいは一九三〇年代の大粛清では罪なき人々が次々に逮捕され、その後彼らの多くが消息を絶ったこと、あるいは第二次大戦の前後の時期に、ソ連の辺境地域にいたいくつもの少数民族が銃口を向けられて故郷の村を追われたこと、あるいは多数の国民や日本人を含む多くの外国人抑留者が収容所に送り込まれ、そこで過酷な労働を強いられて無意味な死を余儀なくされたこと等々を記している。

直接的であるか否かはともかく、スターリンの名前はそのようなソ連史の恐ろしい出来事と結びつけられてきた。そこからすれば、確かに誰もコンクエスト(※イギリスの有名な歴史家。ブログ筆者注)ほど直截に表現しないとしても、スターリンを底知れぬ悪行と非道を繰り返した独裁者と捉えているように思われる。

しかし、これとはまったく異なるスターリン像がある。それは、今もなおロシアにおいて少なからぬ人々がスターリンを敬愛し、優れた指導者として信奉しているという事実に示されている。ロシア事情を西側に向けて語る解説者として著名なドミトリー・トレーニン(カーネギー国際平和財団モスクワ・センター長)によれば、現在のロシアではスターリンの人格や役割についての評価が真っ二つに分かれており、ロシア史における彼の役割について肯定的に評価する声と否定的に評価する声が拮抗しているという。

このような評価は一時的なものではない。没後五〇年になるニ〇〇三年になされたロシア国内の世論調査では、彼の役割を肯定的に見る者が三四・七パーセント、否定的に見る者が四〇・三パーセントだった。

二〇〇八年にロシア国営テレビが、ロシアを代表する人物について意見を求めたところ、スターリンは、古代ルーシの時代の英雄アレクサンドル・ネフスキー、そして二〇世紀初頭にロシアの政治体制の大転換を図った政治家ピョートル・ストルイピンに次ぐ第三位の位置を占めた(実際には第一位の人気だったという説もある)。

つまり、最近のロシア国民の理解では、スターリンはドイツにおけるヒトラーとまったく異なり、ロシアという国の歴史に例外的に現れた破壊のみをこととする独裁者などと断罪して済まされる存在ではないのである。多くのロシア人に、彼らの国を理解する上で不可欠な人物と評価されているのである。
※一部改行しました

中央公論新社、横手慎二『スターリン』Pⅰ~ⅲ

ロシア国営テレビによる調査ではなんと、ロシアの偉人の三位としてスターリンが位置しています。しかも実際には一位であるという説すらあるそうです。

ただ、私はこれを読み、こうも思いました。

スターリンを支持する人はスターリン体制化で生活を守られていたり、あるいは生き延びた人だからではないか。彼に不満を持つ人間は大量に粛清され、強制収容所送りか殺害されたので存在しなくなったのではないか。

しかもソ連崩壊後、かつてのあり方を批判する流れが生まれたものの、現在のプーチン政権下ではまたかつてのあり方に戻ろうとする動きがあるともされています。そうした中でロシア国営テレビという国家権力直属の放送局の調査というのがどこまで信用できるかもわかりません。

なんてことを思ったりもしたのですがこれはあくまで私の感想です。とりあえず本書に戻りましょう。

スターリンは日本人が思うほどロシアでは否定されているわけではない。むしろ評価されているというのがロシアにおける風潮なようです。それに対し著者はこう続けます。

なぜそのようなことが起きているのか。ロシア人の多くは、ニ一世紀になってもはやスターリンがもたらした悲惨な事実をすっかり忘れてしまったのだろうか。あるいはロシアは今もなお外部の者には理解できない謎の国なのだろうか。それともロシア外部に住む者たちの側に何か問題があるのか。つまり、外国の人間はコンクエストと同様に、彼について何か重要なことな見落としているのだろうか。

本書はこのような問題意識のもとに、改めてスターリンとは何者だったのか考えることを課題としている。言い換えれば、ロシア国民の少なからぬ人々が今もなおスターリンに思いをはせ、愛着の気持ちを抱くのはなぜなのか、彼の人生を改めてたどることによって考察することを目指している。

言うまでもなくそれは、農業集団化に伴う飢餓や大粛清といった暗い過去をバラ色に脚色するためではない。そうした事実を事実として認めている現在のロシア人が、それでもなおスターリンを一方的に断罪するのは正しくないとみなしている以上、彼を知らないのは彼らではなく、私たちかもしれないと考えるのである。言い換えれば、私たちはどこまでスターリンを知っているのかと問い直すのである。(中略)

かつて日本のある知識人は、今の日本人はソ連を通して共産主義とは何かという問題を考え、共産主義を通してソ連とはいかなる国か考える以外にないのだと書いた。そのひそみにならって言えば、本書はスターリンを通じてロシアという国を理解し、ロシアという国を通してスターリンを理解しようとする試みである。時代によって課題は異なるが、北方に位置する国を理解しようとする意図は同じである。
※一部改行しました

中央公論新社、横手慎二『スターリン』Pⅲ~ⅴ

この本は単純にスターリンを大悪人として断罪するのではなく、なぜロシア人は今でもなお彼を評価するのだろうかという観点を軸にスターリンとは何者かを解説していきます。

スターリン入門として読みやすく、偏りのない記述ですのでこの本はおすすめです。

ただ、一カ所だけ気になる点もあります。それがこの箇所です。

スターリンの誕生から少年期を知る者の回想は、ほとんどが取り留めのないエピソードばかりを伝えているように見える。少なくとも、彼が当時、何を感じ、何を考えていたのか、明らかにするというより、あらかじめ用意した人格を少年時代の彼に投影し、それに合わせて紡ぎ出した「回想」のように思われる。

たとえば、そのうちのあるものは、彼が少年時代を過ごしたゴリの町は、酒と祈りと喧嘩に明け暮れる悪名高い場所だったといい、そこでやがてスターリンになる少年も父親の暴力的体質を引き継ぎ、周囲の者との諍いを繰り返していたと記している。

このような「事実」を証言する者は、後のスターリンになる人物が、早くから暴力的で、権力志向の強い少年だったと言いたいようである。実際、一部の作家は、この種のエピソードばかりを集めて、ソソの時代のスターリンは悪童であったばかりか、途方もない野心を心に秘めた特異なタイプの少年だったと主張している。たとえばアメリカの歴史小説家モンテフィオーリのスターリン伝は、そうした書物の典型であろう。
※一部改行しました

中央公論新社、横手慎二『スターリン』P27-28

次の記事からまさしくここで指摘されているモンテフィオーリの『スターリン伝』を紹介していくのですが、横手氏が言うほどその本は恣意的に資料を集めてスターリン像を特異なものとしているわけではないように私には思えます。

むしろ、そうしたことをモンテフィオーリは批判すらしています。

たしかに彼の青年期がいかに波乱万丈だったかということはたくさん書かれています。とはいえ、「この種のエピソードばかりを集めて」、「途方もない野心を心に秘めた特異なタイプの少年だった」と主張する典型とまで言ってしまうのは何とも微妙なラインです。

専門の研究者ではない私にはこれ以上何とも言えませんがこの点だけこの本で少し気になった点です。これはあくまで私個人の感想です。この辺が歴史の難しさだなとつくづく思います。

ですが、入門としてスターリンの生涯をざっくり知るには新書でコンパクトに読みやすくまとまっていますので、本書はおすすめな一冊であるように思えます。

以上、「横手慎二『スターリン 「非道の独裁者」の実像』を読んで~スターリン入門におすすめの一冊」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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