ドイツ文学

ニーチェとドストエフスキー

ニーチェ書簡におけるドストエフスキーへの言及について~ニーチェとドストエフスキーのつながりとは

前回の記事で紹介した『ニーチェ書簡集』ではドストエフスキーについて書かれた箇所がいくつも出てきます。今回はそんなドストエフスキーに対するニーチェの言及が書かれている箇所を紹介していきたいと思います。

ドストエフスキーをニーチェとの関係から考えていくという試みをしていく中で非常に興味深い内容がそこにはありました。

『ニーチェ書簡集』はニーチェの素顔を知る上でも非常に興味深い作品ですが、ドストエフスキーとの関係を知る上でもとてもおすすめな一冊となっています。

ぜひこの本を手に取って頂ければなと思います。ニーチェの哲学書と違って非常に読みやすいです(笑)

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『ニーチェ書簡集Ⅰ・Ⅱ』~ニーチェのイメージががらっと変わる!ニーチェの素顔を知るのにおすすめ!

『書簡集Ⅰ』では若きニーチェから哲学者ニーチェへと成長していく過程を見ていくことができます。哲学書では知ることのできないニーチェの素顔が知れて非常に興味深かったです。

そして『書簡集Ⅱ』では1884-1889年というニーチェ晩年の書簡を見ていくことになります。いよいよニーチェが発狂へと向かって行きます。狂気への過程が徐々に手紙から見えてくることに恐怖を感じます。明らかに文体や言葉がかつてと変わってきます。

ニーチェの素顔を知る上でこの書簡集は非常におすすめです。ニーチェに対するイメージがきっと変わると思います。ぜひ読んで頂きたい本です。正直、哲学作品そのものよりもおすすめしたいくらいです(笑)それくらい面白いです。

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ニーチェの主著?『権力への意志』~妹によって捏造された幻の遺稿集

実際この『権力への意志』を読むのは相当厳しかったです。まず、流れがないので読み進めるリズムがどうしても上がってこない。しかもやはり「作品にはならなかった」言葉の羅列なわけですからどうしても他の作品よりもぐっとくるものが少ない・・・

しかし、この作品がどういう経緯で作られたのか、そしてそれが意味するのはどういうことなのかということを知った上でこれを読むことは文学や哲学、歴史を学ぶ上で大きな勉強になったと思います。この本の制作で起きたようなことはおそらくあらゆるジャンルで起こりうるものでしょう。そうしたことについても思いを馳せる読書になりました。

そうした意味でこの本を読めたことは大きかったなと思います。

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ニーチェの自伝的作品『この人を見よ』~発狂直前に書かれたニーチェ最後の作品

この本の巻末解説によると、この作品はニーチェの誕生日10月15日に書き始められ11月4日には脱稿するという驚異的スピードで書かれた作品です。1889年1月初頭にはニーチェは発狂してしまうのでまさにこの作品は発狂直前のニーチェ最後の姿を知ることができる1冊となっています。

実際に本文を読んでいると正気と狂気のはざまを揺れ動くような言葉が続いていきます。読んでいて恐怖を感じるほど鬼気迫る言葉でニーチェは語り続けます。ほとんど狂気と言ってもいいような精神状態で書かれた言葉というのは、やはり凄まじい強さがあります。ドストエフスキーにもそれを感じますが、やはり天才と言われる人間の精神の在り様は通常のそれとはまるで違うということを考えさせられました。

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ニーチェ『反キリスト者(アンチクリスト)』あらすじと感想~ドストエフスキー「大審問官の章」や仏教とのつながりについて

『アンチクリスト』は西尾幹二が述べるように私もニーチェ作品の中でも特に優れた作品であるように思えます。何より、読みやすい!そしてその思想の強烈たるや!この本はニーチェ作品の中で私の一番のお気に入りの作品です。ドストエフスキーが好きな方には特におすすめしたい1冊です。

また、個人的にこの作品で興味深かったのが仏教とのつながりです。この作品ではキリスト教に対して容赦ない攻撃を浴びせかけますが、仏教に対してはかなり好意的です。なぜニーチェが仏教に好意的だったのかもこの作品で知ることができます。

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ニーチェ『偶像の黄昏』あらすじと感想~ドストエフスキー、フランクル『夜と霧』とのつながりとは

『偶像の黄昏』は価値転換の書というべき、私たちの価値観を揺さぶる強烈な言葉が続きます。

そしてここで語られる内容はこの直後に発表される『反キリスト者(アンチクリスト)』という作品に直結していきます。

キリスト教というこれまでの歴史を形作ってきた道徳体系に鉄槌をくださんとするニーチェの試みがこの作品でなされます。

また、この作品が書かれる直前の1887年にニーチェはドストエフスキー作品に出会い、衝撃を受けています。

この記事ではそんなドストエフスキーとの繋がりからもニーチェを考えていきます。

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ニーチェ『善悪の彼岸』『道徳の系譜』あらすじと感想~道徳の起源とキリスト教倫理の成立を分析した作品

「深淵をのぞきこんでいれば、深淵もまたお前をのぞきこむ」という有名な言葉が収録されている『善悪の彼岸』。

そして『道徳の系譜』ではニーチェはキリスト教世界における道徳の歴史を分析し、考察します。

善人とは何か、悪人とは何か。はて、そもそも善悪とは何か。それは立場によって変わってくるのではないか。

いや、キリスト教道徳は悪が善に変わったという前代未聞の試みなのだ。弱きものが怨恨感情(ルサンチマン)によって強き者を引きずり落したのだとニーチェは驚くべき論を展開します。

『道徳の系譜』はニーチェ作品の中でも特に私の印象に残っている作品です。また、ニーチェの思想を知る上でもとてもおすすめな作品です。

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『ツァラトゥストラ』にニーチェの孤独の寂しさを感じる~「神は死んだ」で有名な代表作

これまで、私はこの作品をニーチェの攻撃性や孤高の哲学者としての矜持を示すものだと思っていました。

しかし、ニーチェの伝記を読み、その生涯や人となりを知ってから読み返すと、以前とは違う感情が生まれてきました。

ニーチェは誰からも理解してもらえない孤独に苦しんでいたのでないか。理解されたくもないような人たちばかりの現実に苦しんでいたのではないか。この攻撃的な言葉は彼の孤独の苦しさ、寂しさの吐露ではないかとも思えるようになったのです。この記事ではニーチェの書簡なども見ていきながらニーチェの孤独について考えてみたいと思います。

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ニーチェのデビュー作『悲劇の誕生』概要と感想~哲学者ニーチェの特徴を知るのにおすすめ

ニーチェは元々古典文献学者でした。ニーチェは古代ギリシア文献を当時の学問的常識とは全く異なる視点で見ていこうとしました。その試みの結晶がこの『悲劇の誕生』という作品になります。

「アポロ的とディオニュソス的」という有名な概念はそうした試みから生まれた概念になります。

文献学者という枠には収まりきらない、哲学者ニーチェの歩みがここから本格的に始まっていくのでした。

そうしたニーチェ哲学の始まりを知る上でもこの作品は非常に重要なものとなっています。

しかも私の個人的な感想ですが、『ツァラトゥストラ』をはじめ後半の作品群と比べても文章がわかりやすいような気がします。ニーチェ作品の中では読みやすい部類に入ると私は思います。

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ニーチェは発狂したから有名になったのか~妹による改竄とニーチェの偶像化

ニーチェは偉大な思想家です。ニーチェが遺した作品は今もなお輝きを放ち続け、多くの人に読み継がれています。しかし偉大な哲学者、作家にありがちなことですが生前は世間から理解されず不遇の生涯を送ることになりました。

そして彼はほとんど世間に知られることなく、1889年に発狂してしまいます。彼が45歳になる年でした。

ただ、皮肉なことにニーチェは発狂後に一気に有名になっていきます。発狂するまで思索した哲学者ということで世間の注目を引いたのです。ニーチェはその後重度の精神疾患から回復することもなく、1900年に亡くなっています。つまり彼は自分の著作が売れていることも知らずに命を終えていったのでした。そしてさらに驚くべきことにこのニーチェを売り出したのが実の妹だったのでした。