ひのまどか『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』あらすじと感想~チャイコフスキーの生涯を知るのにおすすめの伝記!
ひのまどか『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』あらすじと感想~ロシアの天才作曲家チャイコフスキーの生涯を知るのにおすすめ!
今回ご紹介するのは1999年にリブリオ出版より発行されたひのまどか著『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』です。
この作品は「作曲家の物語シリーズ」のひとつで、このシリーズと出会ったのはチェコの偉大な作曲家スメタナの生涯を知るために手に取ったひのまどか著『スメタナ』がきっかけでした。
クラシック音楽には疎かった私ですがこの伝記があまりに面白く、「こんなに面白い伝記が読めるなら当時の時代背景を知るためにももっとこのシリーズを読んでみたい」と思い、こうして 「作曲家の物語シリーズ」 を手に取ることにしたのでありました。
この「作曲家の物語シリーズ」については巻末に以下のように述べられています。
児童書では初めての音楽家による全巻現地取材
読みながら生の音楽に触れたくなる本。現地取材をした人でなければ書けない重みが伝わってくる。しばらくは、これを越える音楽家の伝記は出てこないのではなかろうか。最近の子ども向き伝記出版では出色である等々……子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています。
リブリオ出版、ひのまどか『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』
一応は児童書としてこの本は書かれているそうですが、これは大人が読んでも感動する読み応え抜群の作品です。上の解説にもありますように「子どもと大人が共有できる入門書として、各方面で最高の評価を得ています」というのも納得です。
ほとんど知識のない人でも作曲家の人生や当時の時代背景を学べる素晴らしいシリーズとなっています。まさしく入門書として最高の作品がずらりと並んでいます。
さて、今作の主人公はロシアの偉大な作曲家チャイコフスキーです。
チャイコフスキーといえば『白鳥の湖』や『眠りの森の美女』、『くるみ割り人形』などのバレエ音楽の作曲家として有名ですよね。
この伝記を読んで驚いたのですが、チャイコフスキーが作曲するまではロシアのバレエはとても芸術と呼べるようなものではなかったということでした。今となってはロシアのバレエといえば芸術の王道というイメージがありますが、その始まりこそこのチャイコフスキーだったということにはとても驚きました。
単なる娯楽として低く見られていたバレエを芸術の域まで高めていくその過程は非常に興味深かったです。
最後に著者のあとがきを見ていきます。チャイコフスキーについてわかりやすくまとめられていますので少し長くなりますがじっくり見ていきます。
わたくしが中学二年生のころ、クラスの中でチャイコフスキーの音楽が大ブームをまきおこしたことがありました。大部分の人は《白鳥の湖》や序曲《一八二一年》に夢中になっていましたが、わたくしとあとふたりの友達は熱烈な《悲愴》ファンでした。朝、学校に行く前に、《悲愴交響曲》を全楽章きくというのが三人の間の約束ごとで、その習慣はひと月はつづいたように思います。ふだんは布団をはがされても起きない、寝ぼすけぞろいの三人がです。
この本を書き出すまでは、わたくしはそのことをすっかり忘れていましたが、書くうちに、あの頃の、あのこども心にも《悲愴》から感じとった『生きる切なさに身をもむような感覚』を思い出し、チャイコフスキーの音楽が多感な若い人たちの心にいかに深くはいりこむかに、今さらながら感嘆したのでした。
その後音楽の道にすすんだわたくしは、チャイコフスキーのほとんどの作品を演奏し、またはききつづけてきてチャイコフスキーの音楽をほんとうに理解したつもりになっていました。が、そのうぬぼれはロシア(現ソヴィエト)へいき、ロシア人の建てた建物の中で、ロシア人の演奏によるチャイコフスキーの音楽をきいたとたんにあっさりと吹きとんでしまいました。何という迫力でしょう!何という壮大さでしよう!そしてまた、何という厳しさ何という美しさ!一年の三分の二近くを暗く寒く厳しい冬の中に閉じこめられた北国の人びとの、だからこそ音楽に寄せる愛情が、圧倒されるほどの迫力で追ってくるのです。これほどの熱気にあふれたチャイコフスキーを、これほどの音の洪水をわたくしはただの一度も体験しなかった……。
現実的に考えてみれば、その迫力はこういうことからくるのです。針一本落ちてもひびきわたるほどのすばらしい音響を持った石造りのホール、体力も腕力も日本人の倍近くはあろうという大きな体の演奏家たち、そして演奏家にとっても聴衆にとっても隅から隅まで知りつくしたチャイコフスキーの音楽。そこにいるすべての人びとがチャイコフスキーを愛し、チャイコフスキーを誇りに思っている。
「うらやましいな。日本にもこんな風にすべての国民から慕われる作曲家が生まれるだろうか…。〝本物のチャイコフスキー〟に接したわたくしは、こと芸術に関してはたいへん寂しい日本の現状を思いやってため息をついたのでした。
日本はまだまだこれからです。日本に西洋音楽がはいってからまだ一世紀。ということはちょうどロシアにおけるチャイコフスキーの時代(チャイコエフスキーが生まれたころの日本は、江戸時代も終わり近い天保十一年で、かれが亡くなった一八九三年は明治二十六年にあたります)と同じ『自分たちの国の音楽』の出発点に、わたくしたちは立っているといえるでしょう。この本を読むみなさんたちの中から、チャイコフスキーのような大作曲家が現われないとだれがいえるでしょうか。そのためにもみなさん方は、できるだけたくさん音楽をきいて音楽に親しんでください。チャイコフスキーの作品は、この本の中で紹介されている何倍もありますが、そのどの作品も小さなこどもからおとなまで、それぞれたのしんできけるものばかりです。それがチャイコフスキーのと音楽の魅力、その音楽をきくすべての人びとに向けられた、かれの限りなく優しい愛情の表現なのです。
リブリオ出版、ひのまどか『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』P249-251
この伝記で印象的だったのはまさしくここで語られるように、「ロシアの音楽を作り上げよう」というチャイコフスキーの熱意でした。
当時のロシアはヨーロッパからすれば「遅れた国」という立ち位置でした。そんな中でロシア人は進んだヨーロッパの文化をどんどん取り入れようとする「西欧派」とヨーロッパにも誇れるロシア固有の文化を作り上げようとする「スラブ派」という2つの陣営に分かれることになりました。
このことについては以前当ブログでも紹介しました。
私は元々ドストエフスキーを知るためにロシア文学やヨーロッパ史、文学を学び始めたのですが、ここで音楽家の世界においてもこうした「西欧派」「スラブ派」の戦いがあったことを知り非常に興味深いものがありました。
その国独自の文化を作り上げる。ヨーロッパに誇れる自分たちの文化を作り上げる。
この熱意はやはり胸にくるものがあります。私達日本人にもそうした心がきっと今でもあるのではないでしょうか。
チャイコフスキーの音楽をもっと聴いてみたくなりました。
この伝記も非常におすすめです。
以上、「ひのまどか『チャイコフスキー―「クリンへ帰る旅人」』チャイコフスキーの生涯を知るのにおすすめの伝記!」でした。
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