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ゴーゴリ『検察官』あらすじと感想~ロシア演劇界に衝撃をもたらしたユーモアたっぷりの傑作

検察官
目次

ロシア演劇界に衝撃をもたらしたゴーゴリの劇作『検察官』の概要とあらすじ

ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)Wikipediaより

『検察官』は1836年に初演されたゴーゴリの劇作品です。

私が読んだのは河出書房新社『ゴーゴリ全集4 戯曲』所収の倉橋健訳『検察官』です。

川端香男里氏の『ロシア文学史』にはこの作品について次のように解説されています。

ゴーゴリはリツェイ時代から演技の才能を持ち、絶妙な朗読の名手であったが、プーシキンからもらったヒントを基にして喜劇『検察官』(一八三六)を書き上げた。「当時知っていたロシアにおけるすべての悪しきものをひとまとめにして……笑ってやろうと決心した」と作者が自ら語っているように、ロシアをより良くしようという道徳的意図をもって書かれた。人々はこの劇を見てより良きロシアのために立ち上るであろうとゴーゴリは期待していたのである。行きずりの旅人をおしのびで旅行している検察官ととり違えた役人の狼狽ぶりを描いているが、官僚政治への社会的諷刺というゴーゴリが意図しなかった側面が作者自身予想しなかったほどの大反響を呼び、自由主義陣営の拍手喝采と保守派の不満が、ゴーゴリの意図と逆だったためにゴーゴリを困惑させた。

川端香男里『ロシア文学史』岩波文庫P156

『検察官』のあらすじは、上の引用にもありますように、不正で私腹を肥やす役人たちが行きずりの若い旅人フレスタコーフを自分たちを摘発するためにやってきた検察官と勘違いし、役人たちが右往左往してとんちんかんなやりとりを繰り返すという喜劇です。

ゴーゴリは学生時代から風刺の達人で、ターゲットの特徴を絶妙に抽出し、ユーモアたっぷりに表現するのが得意な青年でした。そんな彼がロシア社会の悪を風刺し笑ってやりながら世の中を良くしようと考え作ったのがこの作品だったのです。

『検察官』は文学的にも非常に重要な作品ではあるのですが、ロシア演劇界においてもこの作品は多大な影響を与えることになりました。

当時ロシア演劇ではフランス流のヴォードヴィルという演劇スタイルが流行していました。この演劇スタイルの特徴は大げさに演技し、大衆にもわかりやすく、特に喜劇の場合にはあからさまに笑いを狙いに行くというものでした。

しかしゴーゴリは自らの喜劇『検察官』においてはそんな大げさなヴォードヴィルは断固として拒否します。彼は淡々と演じられるからこそ風刺というユーモアは笑いになると考えていたのです。

しかし演者側はそれに納得せず、初演では勝手にフレスタコーフ役がヴォードヴィル風に演じてしまい、ゴーゴリは大いに失望したとされています。

その時の顛末を『ゴーゴリ全集』の巻末解説でわかりやすく解説していましたので長くなりますが引用します。

ゴーゴリ自身は、初演の舞台を失敗だとみていた。友人(プーシキン)にあてた手紙(『検察官』の初演の直後に或る文士にあてて作者によって書かれた手紙の断章)の中で、全体としてのこの劇の上演に対する不満、特にデュールが演じたフレスタコーフが、作者の意図をゆがめて、ヴォードヴィルふうに戯画化したことに対して、不満をもらした。当時ロシヤではフランスふうのヴォードヴィルが人気があったが、ゴーゴリはこれを演劇の堕落と考え、みとめなかった。この手紙を読むと、『検察官』で彼が意図したこと、およびその演劇観がよくわかるので、部分的につぎに紹介しよう。

「予期したことだが、主役は失敗であった。デニールはフレスタコーフが何であるかを、少しも理解していなかった。フレスタコーフはごくありきたりのペテン師にされてしまった、パリのヴォードヴィルでおなじみのイカサマ師のひとりに……」

「フレスタコーフは意識的にだましているのではないし、職業的イカサマ師でもない。彼は自分が嘘を言っていることを忘れ、自分の言っていることをほとんど本気になって信じこんでいるのである。彼はとめどなくかたり、上機嫌になる。すべてが調子よくゆき、みんなが自分の言葉に耳をかたむけているのを知ると、ますます奔放に、雄弁になり、心から、まったく率直に話し、嘘を言いながら、あるがままの自分をさらけだしてしまう」(中略)

「分析すれば、フレスタコーフとは一体何であるか?若い男、役人、いわばからっぽの、しかし世間ではからっぽとは言っていない、多くの人に共通する性質をあわせ持った人物。(中略)簡単にいえば、フレスタコーフは、いろいろなロシヤ的人物の中にばらまかれている多くのものの典型である。そしてここではそれが、たまたま一人の人物の中に結び合わされたのである。自然でもよくあるように。みんなの一人一人が、いずれにせよ、フレスタコーフであり、またあったのである。」

『検察官』は単なるファルスではない。また出てくる人物たちは、単に当時の小役人たちのあわれなカリカチュアでもない。彼らはみんな人間であり、そしてロシヤ人気質の切れはしなのである。彼らの弱点、泥棒根性、嘘つき、精神的な歪み、空いばり、裏切り、賄賂、ほら吹き等はすべて、いつの時代のどの社会にも通じる、人間の本性ともいえる。ゴーゴリはこれを舞台に表現したかったのである。したがって彼は、安易なカリカチュアの演技をきびしくいましめた。ゴーゴリによれば、俳優がおかしがらせてやろうなどと思わないで演技をすれば、それだけその役はおもしろくなるのである。おかしさはその人物の顔の表情のまじめさに比例し、彼が自分のことにかかずらあって、一所けんめい没頭していればいるほど、おもしろいのである。

河出書房新社『ゴーゴリ全集4 戯曲』P457-459

この引用の後半にもありますように、ゴーゴリは官僚政治への社会的諷刺を狙ったのではなく、人間そのものに潜む悪徳を風刺によって暴き出し、世の中を笑いで良くしていこうと考えていました。

しかし演者側の理解不足や、観客側の受け取り方によってゴーゴリは意図していなかった反響に悩まされることになってしまいました。

そしてフレスタコーフ役があれほど禁じられていたにも関わらず結局ヴォードヴィル風に大げさに演じてしまったせいでゴーゴリが狙った笑いが生まれなかったのです。

笑いを取ろうとせず、大真面目に演じるからこそ滑稽さが出て笑いが生まれる。

現代でしたらシュールな笑いとして私たちも馴染み深い喜劇です。私の好きなお笑い芸人の「東京03」さんのコントもまさにシュール。計算され尽くされた絶妙な筋書きと演技がもうたまりません。

ゴーゴリはそんなシュールさをいきなり19世紀のロシアでどかんと演じさせようとしたのです。

さすがにあまりに先進的すぎて演者自身も到底理解できず、演者ですらよくわかっていないものを見せられた観客も困惑してしまったというのが実情なようです。

しかしこの『検察官』は今でも世界中で演じられている人気の演目だそうで、やはり時代や地域を超えて愛される力を持った名作喜劇であることは明らかでありましょう。

本で読んでももちろん面白い作品でしたが、一度生で演劇として観てみたいなと思わされました。ゴーゴリらしさが満載の作品で、しかも読みやすいのでとてもおすすめな作品です。

以上、「ゴーゴリ『検察官』あらすじと感想~ロシア演劇界に衝撃をもたらした劇作」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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