MENU

T・ブルフィンチ『新訳 アーサー王物語』あらすじ解説と感想~イギリス中世騎士物語の王道!ドン・キホーテとのつながりも

目次

トマス・ブルフィンチ『新訳 アーサー王物語』あらすじ解説と感想~イギリス中世騎士物語の王道!ドン・キホーテとのつながりも

今回ご紹介するのは1993年に角川書店より発行されたトマス・ブルフィンチ著、大久保博訳の『新訳 アーサー王物語』です。私が読んだのは2000年第18刷版です。

早速この本について見ていきましょう。

舞台は六世紀頃の英国。国王アーサーや騎士たちが繰り広げる、冒険と恋愛ロマンス。そして魔法使いたちによって引き起こされる、不思議な謎の出来事の数々…。今日人気の高いファンタジー文学の源流をなす、この夢のような伝説が今、よみがえる。壮大にして官能美あふれる中世騎士物語。

Amazon商品紹介ページより

この作品はイギリス騎士物語の王道中の王道『アーサー王物語』を著者のブルフィンチが編著し、解説したものになります。ですので『アーサー王物語』の原著そのものではないということは注意が必要です。この辺りの事情について訳者あとがきでは以下のように解説されています。

本書は世界的に有名なあのアーサー王物語をやさしく解説したもので、中世ロマンス文学への楽しい入門書とでも言えるものです。

アーサー王物語というのは、六世紀ごろのブリテン(英国)の国王アーサーの伝説を中心として、この王をめぐる数多くの騎士たちの冒険や恋愛、妖精や魔法使いたちの演じる数々の不思議な事柄など、今日のわたしたちから見ればまるで夢のような話を散文や韻文で書きつづった騎士物語のことです。

ですから、その物語はじつに数が多く内容も種々さまざまで、うっかりするとわたしたちはこの物語群の迷路のなかで自分を見失ってしまい、全体をはっきりと理解することができなくなります。

そこで、本書の著者であるブルフィンチはこの迷路を上手に整理して、あの「ギリシア・ローマ神話」(角川文庫版)のときと同じように、大変わかりやすい楽しい読み物にしてくれました。アーサー王物語のエッセンスだけを扱い余分なものは切りすてて、一般の読者はもちろん、これからイギリス文学やアメリカ文学、またヨーロッパ文学を勉強しようとする皆さんに大いに役立つよう特別な注意をはらって書いてくれているのです。

角川書店、トマス・ブルフィンチ、大久保博訳『新訳 アーサー王物語』2000年第18刷版P320-321

ここで解説されるように、この本は膨大な『アーサー王物語』の大まかな概要を掴むためのガイドブックとして編集された作品になります。

目次にありますように、魔法使いマーリン、アーサー王、湖のラーンスロット、トリストラムとイソウド、円卓の騎士、聖杯伝説などなど、『アーサー王物語』の有名どころのお話がしっかりと網羅されています。

そしてその中でも私が特に印象に残ったのが「トリストラムとイソウド」の章でした。

トリスタンとイゾルデ(ガストン・ビュシエール画)Wikipediaより

「トリストラムとイソウド」というのはあのワーグナーの曲『トリスタンとイゾルデ』の題材となった物語です。

ワーグナーがインスピレーションを受けたその元ネタを読むことができたのはとても刺激的でした。

そしてこの物語で語られていたある言葉からも強烈な印象を受けることになりました。それがこちらです。

トリストラムは、いついかなる所においても、真の騎士としての任務を果たし、しいたげられている人々を救い、不正をただし、悪習をやめさせ、不正を抑えながら、こうした不断の行為によって、愛するイソウドから別れている苦しみを軽減しようと努めていたのです。

角川書店、トマス・ブルフィンチ、大久保博訳『新訳 アーサー王物語』2000年第18刷版P166ー167

いかがでしょうか、これはまさにドン・キホーテを彷彿とさせる言葉ではないでしょうか。

これまで当ブログではドン・キホーテが愛してやまない『アマディス・デ・ガウラ』や『エクスプランディアンの武勲』を紹介しました。

あわせて読みたい
モンタルボ『アマディス・デ・ガウラ』あらすじと感想~ドン・キホーテを狂わせた騎士道物語の傑作! まさにドン・キホーテファンにはたまらない作品が今作『アマディス・デ・ガウラ』になります。私もこの本を手にしてニヤニヤが止まりませんでした。 実際私もこの本を読んでみたのでありますが、ドン・キホーテがはまるのもむべなるかなの名作です。作中で司祭が「この種の書物では唯一最良の物」というのもわかる気がしました。 「ほぉほぉ、ドン・キホーテはこの話を真似してあんなことをしていたのか」とニヤニヤしながら一気に読み込んでしまいました。パロディから入って元ネタを見るという楽しみを私はこの本で満喫しました。

ドン・キホーテはこれら騎士道物語が好きすぎて昼夜構わず読み続けた結果頭がおかしくなり、自分も遍歴の騎士となって旅立ちました。

セルバンテスはこれらの騎士道物語を徹底的にパロディ化して『ドン・キホーテ』を生み出したのでありますが、この『アーサー王物語』も漏れなくそのパロディ化に遭っているように私は感じました。

ひょっとすると『アマディス』や『エクスプランディアン』よりもそのパロディ化はその度合いが強いかもしれません。と言いますのも、実はこれら2作は私が想像していたよりもかなりファンタジー色が少なめだったのです。それに比べて『アーサー王物語』は魔法あり、聖剣、聖杯ありとファンタジー要素がかなり強いです。しかも上の「トリストラムとイソウド」の言葉にありましたように、ドン・キホーテを彷彿とさせる騎士道的なやりとりがどんどん出てきます。

よくよく考えればセルバンテスが生きた16、17世紀ではスペインとイギリスは犬猿の仲、不俱戴天の敵です。(このことについては以下「岩根圀和『スペイン無敵艦隊の悲劇』アルマダ海戦や海賊ドレイク、スペインの没落を知るのにおすすめ!」の記事をご参照ください)

あわせて読みたい
岩根圀和『スペイン無敵艦隊の悲劇』あらすじと感想~アルマダ海戦や海賊ドレイク、スペインの没落を知... この作品は有名なスペイン無敵艦隊が敗北したアルマダの海戦の流れを詳しく追っていく作品です。 イギリスがスペイン無敵艦隊を1588年に破り、それによってスペインは没落、イギリスが海上覇権を握ったきっかけとされるこの海戦。 スペイン無敵艦隊の撃破は上の絵にありますように、有名な海賊ドレイクの活躍やイギリス艦隊の華々しい勝利として語られがちですが、実はこの海戦はそのようなシンプルな筋書きではなかったということをこの本では知ることになります。 『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスとのつながりも興味深かったです

そのイギリスの『騎士道物語』を徹底的にこき下ろすという暗黙のメッセージもセルバンテスにはあったのかもしれません。

そんなことを考えながら読んだ『アーサー王物語』は非常に興味深いものがありました。これはぜひおすすめしたい作品です。物語自体もドラマチックで楽しむことができました。冒頭の商品紹介にもありましたように、現代のファンタジーやゲーム作品などにも大きな影響を与えているというのも納得です。聖剣エクスカリバーや聖杯伝説などは現代を生きる私たちにとってもワクワクさせるものがあります。物語展開の王道中の王道とこの作品は言えるのではないでしょうか。

そして最後に一点だけ注意したいことがあります。

それは何の解説書もなくいきなりこの本を手に取るのはなかなか厳しいかもしれないという点です。

この本が『アーサー王物語』の入門書として書かれているとはいえ、その時代背景や成立過程などは書かれていません。あくまで『アーサー王物語』の基本的なストーリーをまとめたのが本書になります。

ですので『アーサー王物語』がどのような流れで成立したのか、そしてこの物語が世界にどんな影響を与えたのかというのは知ることができません。

また、ひとりひとりの登場人物や背景などもこれだけだとなかなか理解しにくい部分も出てきます。

というわけでこの本を読む前に前回の記事で紹介したM・J・ドハティ著『図説アーサー王と円卓の騎士』を読まれることを強くおすすめします。

この本を読めば『アーサー王物語』とはそもそもどのような作品なのか、そしてその背景や影響までじっくりと学ぶことができます。これを読んだ上で本作『アーサー王物語』を読めばその面白さは何倍にもなること間違いなしです。ぜひ二冊合わせて読んで頂けたらなと思います。

以上、「T・ブルフィンチ『新訳 アーサー王物語』あらすじ解説と感想~イギリス中世騎士物語の王道!ドン・キホーテとのつながりも」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

新訳 アーサー王物語 (角川文庫)

新訳 アーサー王物語 (角川文庫)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
佐々木孝『ドン・キホーテの哲学 ウナムーノの思想と生涯』あらすじと感想~南欧のキルケゴールと呼ばれ... ウナムーノはスペインの哲学者で「南欧のキルケゴール」の異名を持つ人物です。 タイトルにもありますようにウナムーノの思想は『ドン・キホーテ』と切っても切れない関係です。『ドン・キホーテ』を学ぶ上でもウナムーノを知ることは非常に大きな意味があります。 この本ではスペインの哲学者ウナムーノの生涯と思想が初学者でもわかりやすいようにまとめられています。 これは面白い作品でした。日本ではなかなかマイナーな哲学者でありますが、ぜひこの人の存在が少しでも広まってくれることを願っています。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
M・J・ドハティ『図説アーサー王と円卓の騎士』あらすじと感想~アーサー王物語の概要と歴史を学ぶのに... 中世の騎士物語といえば「アーサー王物語」は外すことができません。 「アーサー王物語」といえばその内容は知らずとも一度は聞いたことがある名前ですよね。 そして実はこの物語の中であの有名な「円卓の騎士」や「聖杯伝説」、「聖剣エクスカリバー」が語られます。これは興味深いです。 図版も多数ですので視覚的にも優しい作りとなっていますので読みやすさも抜群です。 アーサー王入門に最適の一冊だと思います。これは非常にありがたい作品でした。 ぜひおすすめしたいガイドブックです。

関連記事

あわせて読みたい
名作『ドン・キホーテ』のあらすじと風車の冒険をざっくりとご紹介~世界最高の小説の魅力とは スペイ... 『ドン・キホーテ』といえば、作中ドン・キホーテが風車に突撃するというエピソードが有名です。ですがその出来事の理由は何かと問われてみると意外とわからないですよね。 この記事ではそんな『ドン・キホーテ』のあらすじと風車のエピソードについて考えていきます
あわせて読みたい
ウォルター・スコット『アイヴァンホー』あらすじと感想~ロビン・フットや黒騎士の大活躍!騎士道物語... ドストエフスキーが子供たちの教育に最適だと勧めるウォルター・スコット。 その代表作である『アイヴァンホー』は騎士道物語の王道であり、「THE 勧善懲悪物語」であります。 善は悪に勝つ!悪に負けない気高い心!そして強く生きること!悪と戦うこと! こうしたメッセージがこの物語に込められています。 しかも純粋に小説として面白い! これなら子どもたちもワクワクしながら読み進めることができることでしょう。 ドストエフスキーが子どもの教育に勧めるのもわかるような気がします。
あわせて読みたい
池上俊一『図説 騎士の世界』あらすじと感想~ドン・キホーテが狂った中世の騎士の歴史を知るのにおすす... 「騎士道」という言葉は知っていてもその実態がどのようなものだったかは意外とわからないですよね。 『ドン・キホーテ』はそれ単体でも最高に面白い作品ですが、中世の騎士たちの姿を知ることでより楽しむことができるのではないでしょうか。 図版やイラストも多数掲載されているので視覚的にも非常にわかりやすい作品です。解説の文章も読みやすく、入門書として非常に優れたガイドブックとなっています。 ぜひぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
F・ギース『中世ヨーロッパの騎士』あらすじと感想~中世騎士の成り立ちと歴史を知るのにおすすめの解説書 この本は『ドン・キホーテ』に描かれる騎士の世界が実際にどのようなものだったかということを解説してくれる作品になります。 この本を読めば騎士の始まりやドン・キホーテが奉じる騎士道とは何かということもかなり詳しく知ることができます。 特に十字軍と騎士道のつながりは非常に興味深いものがありました。 『ドン・キホーテ』が大好きな私にとってこの本はとても刺激的で面白い作品でした。 ぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
ひのまどか『ワーグナー―バイロイトの長い坂道』あらすじと感想~ワーグナーの生涯を知るのにおすすめの... ワーグナーの参考書は以前当ブログでも「樋口裕一『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』ワーグナーの特徴を知るためのおすすめ参考書!」の記事で紹介しましたが、『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』は彼の思想的な面がメインとなっていますので生涯を学ぶとなれば今回ご紹介するひのまどか著の『ワーグナー―バイロイトの長い坂道』がおすすめです。
あわせて読みたい
樋口裕一『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』あらすじと感想~ワーグナーの特徴を知るためのおすすめ参考書! この本ではマルクス、ドストエフスキー、ニーチェについても言及されます。 ワーグナーと思想、文学、哲学の関係についても著者はお話ししてくれますので、様々なジャンルがつながり非常に興味深いです。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次