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歴史家トニー・ジャットによるマルクス主義への見解~「伝統的なキリスト教の終末論との共通点」とは

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歴史家トニー・ジャットによるマルクス主義への見解~「伝統的なキリスト教の終末論との共通点」とは

前回の記事ではE・H・カーの『カール・マルクス その生涯と思想の形成』で説かれるマルクス主義への見解をご紹介しました。

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今回も同じく世界的に著名な歴史家トニー・ジャットによるマルクス主義への見解を見ていきたいと思います。

トニー・ジャットの作品については、以前当ブログでも紹介しました。

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この本を読んでいて、著者のトニー・ジャットの怪物ぶりがものすごく感じられました。まさしく超人的な知の広がりです。単に歴史の出来事を並べるだけでなく、当時の国際情勢や文化、経済、思想、あらゆるものが繋がっていきます。読んでいてただただ度肝を抜かれます。それほどこの本は幅広くかつ深くヨーロッパの歴史を教えてくれます。

世界的に最も評価されている歴史学者の一人であるトニー・ジャットは『20世紀を考える』という本の中でマルクス主義について語っています。

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今回の記事ではその箇所を紹介していきたいと思います。

マルクス主義は歴史についての驚くほど魅力的な説明を加えている

マルクス主義はその、教育を受けた知的な批評家たちの第一世代にのみならず、一九六〇年代に入ってもとびぬけた魅力をはなちつづけました。わたしたちは忘れがちなのですが、マルクス主義というのはいかにして歴史が作用するか、そしてなぜ作用するかについての驚くほどに魅力的な説明なのです。〈歴史〉は自分たちの味方で、進歩は自分たちの方向を向いていると知ることは、だれにとっても心慰められる約束でしょう。この主張のおかげで、そのあらゆる形態におけるマルクス主義は、同時代のほかのラディカルな思想とは一線を画したのです。無政府主義者は、システムがいかに作動するのかについての理論をもちあわせていませんでしたし、改良主義者はラディカルな社会変容について語るべき物語をもっていませんでしたし、リべラル派は、もめごとの現状について人が感じてしかるべき怒りについて説明することができませんでした。

みすず書房、トニー・ジャット、河野真太郎訳『20世紀を考える』P132-3

マルクス主義が多くの人を惹きつけたのは歴史についての魅力的な説明だったとトニー・ジャットは語ります。

マルクス主義は世俗的宗教である

マルクス主義は世俗的宗教であるということは、自明であるように思われます。しかし問題は、それがどの宗教、、、、をなぞっているのか、ということです。それはかならずしも明白ではありません。マルクス主義は伝統的なキリスト教の終末論の多くの部分をふくんでいます。つまり人間の堕落、救世主、救世主の受苦とそれによる人類の代償的な救い、救済、復活、などなどです。ユダヤ教もふくまれています、それは内容よりは様式の問題です。マルクス、そしてのちの興味深いマルクス主義者たちの一部(ローザ・ルクセンブルクや、おそらくレオン・ブルム)のうちに、そしてまた『ノイエ・ツァイト』誌上で交わされたドイツ社会主義者たちの果てしない論戦のうちに、わたしたちは〈ピルプール〉の一変種を見いだすことができます。〈ピルプール〉とは、ユダヤ律法学者の審判や、伝統的なユダヤ教の説教や物語の中心にある、自己目的化し遊戯化した論争の形式ですが。

マルクス主義の諸概念のまったくの狡猾さを考えてみてください。つまり、マルクス主義によるさまざまな解釈はおたがいを反転し、横切りあうために、存在するものが存在しないことになったり、かつて存在したものがべつの姿をとって回帰したりします。破壊は創造となり、保存することは破壊的な行為となる。偉大なるものは卑小なものとなり、現在の真実はやがては過去の幻想として滅ぶ運命にある。マルクスの著作を研究し、さらには彼についての著述をしているような人たちに対して、このマルクスの意図と遺産のかなり明白な側面をわたしが述べると、そのような人たちは多くの場合にだんだん不快な様子になっていきます。多くの場合、その人たちはユダヤ人であり、マルクス自身のユダヤ人としての素性を強調されて、あたかも家族問題に踏みこまれたかのように、気まずい思いをするようです。


みすず書房、トニー・ジャット、河野真太郎訳『20世紀を考える』P 140-1

ここでトニー・ジャットは「マルクス主義は世俗的宗教である」という決定的な言葉を述べます。

その理由は上の引用の通りですが、マルクス主義は宗教的な要素がふんだんに取り込まれており、それがあるからこそマルクス主義が多くの人に信じられたという見解が語られます。

この本ではそうしたトニー・ジャットの見解がもっと詳しく書かれているのですがそれをすべて紹介するとかなり長くなってしまうので、ご紹介するのはここまでとさせて頂きます。

前回のE・H・カーに続いてトニー・ジャットのマルクス主義への見解を見てきましたが、歴史的な事象としてマルクスを見ていくと、やはりそこには宗教的な要素がかなり含まれていることがうかがえます。

以前当ブログでもお話ししましたように、マルクス主義者ではない私がなぜマルクスを学ぶかといいますと、マルクス主義は宗教的な現象であるという仮説を立てたからでした。

これから読んでいく本を通してマルクス主義とは一体何なのかということを考えていけたらなと思います。

以上、「歴史家トニー・ジャットによるマルクス主義への見解~「伝統的なキリスト教の終末論との共通点」マルクス主義は宗教的現象か⑵」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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