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アルセニイ・グリガ『カント その生涯と思想』あらすじと感想~思想と時代背景を解説する1冊。ドストエフスキー、トルストイとの関係も

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アルセニイ・グリガ『カント その生涯と思想』概要と感想~カントが生まれた時代背景と思想を解説する1冊。ドストエフスキー、トルストイとの関係も

イマヌエル・カント(1724-1804)Wikipediaより

今回ご紹介するのは法政大学出版局より1983年に発行されたアルニセイ・グリガ著、西牟田久雄、浜田義文訳『カント その生涯と思想』です。

早速この本について見ていきましょう。

カントが生涯を過ごしたケーニヒスベルクを中心に、その思想形成における歴史的・地理的環境を克明にたどりなおすとともに、同時代人の証言を総合して大思想家の全体像を探る。ヘルダー、フィヒテ、ゲーテ、トルストイ、ドストエフスキー等との知られざる交流をも描く古典的伝記。

法政大学出版局HPより

この本のありがたい点はまず、カントが生まれてくる時代背景を詳しく解説してくれる点にあります。18世紀初頭のヨーロッパ、特にドイツの思想の流れや歴史的状況を知ることができます。カントが活躍することができたのは、カント自身の力もさることながらやはり時代の影響も無視できません。思想を学ぶにはやはりその背景となる歴史的、地理的な情報を必要であることも強く感じました。

巻末の解説ではこの本の特徴について次のように述べられています。

本書はソ連の従来の哲学書にありがちなイデオロギー臭を脱しており、特定の立場を固定的に前提してそこから裁断するのではなくて、カントに密着して、カントの人間と思想の全体像を積極的なものとして提示しようとしている点が注目される。著者はカントの著作を主著に限らず小篇や断片・書簡に至るまで広く目を通しており、それらからできるだけ公平にカントの全体像を浮かび上がらせる努力を払っている。著者のカントに向かう態度が基本的に敬愛に満ちていることが好ましい。

第二に、著者はそこからカントの人間と思想のヒューマニズムの面を中心に据え、その具体的諸相を一定の歴史的生活的条件との関連の中で生き生きと描き出している。著者の人間学的ともいうべき関心の大ききもこれと関連しており、カントの著作の中で『人間学』が特別重視され、著者のカント理解の鍵として用いられている。

第三に、伝記的記述が詳細であるだけでなく、伝記的新事実の発掘と確定に対して著者は並々ならぬ執念を示している。この点に関してカントの生活圏が現在ソ連領に属することの、著者にとっての地理的利点が十分活用され、未知のロシア側の資料が探索され利用されて、見るべき成果をあげている。七年戦争当時のカントを取り巻くケーニヒスベルク市の具体的情況や、ロシアの作家カラムジンのカント訪問や、カントのぺテルブルク科学アカデミー会員選任の経緯などの叙述は、興味が深い。またハーマンやへルダーやフィヒテらに対するカントの関係についての詳細な記述も有益である。

法政大学出版局、アルニセイ・グリガ著、西牟田久雄、浜田義文訳『カント その生涯と思想』P390-391

ここで語られますように著者のアルニセイ・グリガはソ連の研究者です。かつてのソ連の研究はイデオロギーがかなり混入することが多かったのですがこの本の原著が書かれたのは1977年ということでそこまでイデオロギーを感じることはありません。

また、ソ連の研究者ならではの視点、ドストエフスキーとトルストイとの関係という点からカントを見ていく点もこの本の特徴です。

最後に、ドストエフスキー及びトルストイといったロシアの大作家とカントとの立ち入った比較がなされている点が注目される。これはソ連の哲学者ならではの仕事と言ってよく、著者は両作家に対して与えたカントの影響を重視し、その思想的親近性を強調する。トルストイがカントに大きな関心を示したことはなるほどと思われるが、ドストエフスキーの場合はカントとの相異点の方が気づかれ易い。著者は『力ラマーゾフの兄弟』中の箇所を手がかりにして、道徳性の理解に関する両者の深い内面的一致を指摘する。それらの見解が全面的に支持されるかどうかはともかくとして、彼らを親近関係にあるものとして比較考察する試みは貴重である。著者はそれによってカントを自国の偉大な精神的文化的伝統と内面的に結合しようと努力しているとみられる。

法政大学出版局、アルニセイ・グリガ著、西牟田久雄、浜田義文訳『カント その生涯と思想』P392

カントとドストエフスキーといえば、以前当ブログでもゴロソフケル著、木下豊房訳『ドストエフスキーとカント 『カラマーゾフの兄弟』を読む』という作品を紹介しました。

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ゴロソフケル『ドストエフスキーとカント 『カラマーゾフの兄弟』を読む』あらすじと感想~カントという... この本では『カラマーゾフの兄弟』のイワンに的を絞り、そこに西欧思想の代表たるカントの思想とドストエフスキーの決闘が描かれていることを述べていきます。

ゴロソフケルもソ連の学者で、アルニセイ・グリガの『カント その生涯と思想』においてもこの作品が出てきます。

ゴロソフケルの作品を読んだ時はカントのことを全くわかっていなかったので、かなり難しく感じましたが、『カント その生涯と思想』ではカントについて丸一冊じっくり解説を受けてからドストエフスキーやトルストイとのつながりを知ることができるのでよりわかりやすく感じました。(それでも難しいですが)

カントがやはり巨大な存在であることをこの本では知ることができます。

入門書としては少し厳しいものがあるように思えますが、カントが活躍した時代の社会情勢や文化背景を知ることができるのは非常に有益です。カントをより深く知りたい方におすすめしたい一冊です。

以上、「アルセニイ・グリガ『カント その生涯と思想』思想と時代背景を解説する1冊~ドストエフスキー、トルストイとの関係も」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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