MENU

石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』あらすじと感想~人となりや時代背景を知れるおすすめカント伝記

目次

石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』概要と感想~カントの人となりや時代背景を知れるおすすめカント伝記

イマヌエル・カント(1724-1804)Wikipediaより

今回ご紹介するのは2019年に水曜社から発行された石井郁男著『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』です。

早速この本について見ていきましょう。

内容(「BOOK」データベースより)

哲学書の最高峰『純粋理性批判』を著したカントとは、どんな人間だったのか?バイキング精神を受け継いだ少年時代、世界で最初に「地理」教科を始め、天文学では「星雲説」を唱えた青年期、そして壮年期から晩年へ永久平和を呼びかけた偉人。哲学の貯水池と称される生涯を活き活きと描く。驚くべき知恵の輝き、スケールの大きさ、時に悩み、悲しみ、笑う、等身大の大学者の実像…「カント哲学」が物語で理解できる画期的伝記の誕生。

Amazon商品紹介ページより

この伝記はカント入門に最適です。この本はそもそもカントとはどんな人間だったのか、どんな環境で生まれ、どんな生涯を送ったかをわかりやすく解説してくれます。とにかく読みやすいです。

カントといえば難解な哲学者のイメージがありますよね。私もカントの著作には何度も挑戦しましたがその度に跳ね返され挫折しています。

とにかく難解!私にとってもカントは巨大な壁でした。

ですがそれでもなんとか少しでもカントのことを知ることはできないだろうか、そう思い手に取ったのがこの本でした。

そしてこの本はそんな私の期待に見事に応えてくれました。

私たちはカントを難解な哲学者というイメージでどうしても見てしまいます。

しかしこの本を読んで驚いたことに、カントは当時の人々が仰天する宇宙論を提唱した天文学者でもあったのでした。

しかも彼は生涯「旅行記」を読むことを愛し、ケーニヒスベルクという街からほとんど出たこともないのに関わらず世界中の地理や文化を誰よりも知っていたという事実。

私がこの本で一番印象に残ったのはまさにこうしたカントの姿で、本文中では次のように語られていました。

ある時、一人の学生が「哲学の勉強は何を読めばよいのですか」と尋ねた。するとカントは「『旅行記』を読みなさい」と答えた。

驚いた学生は「私が尋ねたのは、哲学の勉強ですよ」とかさねて質問した。

「哲学だから『旅行記』なのだ。世界中いたるところの人々のことを知ることが大切である。人間とは何かを具体的に知ることが、すべての学問の出発点となる」これが、カントの学生への答弁であった。

次の話も有名である。

たまたま、東洋帰りの商人がカントと話すことがあった。

あまりにカントが中国の事情に詳しいので、驚いて質問した。

「貴方は、いつ中国からお帰りになったのですか?」

カントの頭の中には、すでに中国がどっかりと座っていた。

カントはその国に行かなくても、世界中どこの国のことでも、現地の人々が驚くほど細かなことを知っていた。

また、別の日のことである。

1773年ボストン茶会事件(英本国の制定した茶条例に反対する急進派の人々が、ボストン港で英国船の積荷の茶を海に投げ捨てた事件)が、話題になった。

その場にいたカントは、現地アメリカ人急進派の行動を支持した。

一人のイギリス人が、立ち上がった。

「イギリス本国のことを悪く言うことは許せない。決闘だ!」

「それぞれの土地で、自由を求めることは正しい。外から強圧的に押さえつけるのは良くない。私はそれぞれの民族の自立心を支持するのだ」

カントの動じない態度に、このイギリス人は感服し、決闘を取り下げた。

この議論の後、カントとこのイギリス人は、この上ない友人となった。(中略)

カントは、もともと「旅行記」が大好きであった。

家庭教師時代の8年間、貴族や牧師の家にあった「旅行記」や「見聞録」を読んでいた。オランダの地理学者の本も読んでいた。

一時期、大学図書館副館長の仕事もしていたが、大学教師になってからも「旅行記」をずっと読み続け、大学図書館の本も利用している。

図書館にはハンブルク・ライプチッヒ・パリ・ストックホルムなど各種の雑誌があった。雑誌の中に、世界各地の面白い話があった。それをカントは喜んで読み、大学での講義に活用していた。

カントは外国旅行に一度も行っていないのに、その土地のようすが目に見えるように教えることができた。彼の蔵書は約300冊、その大半は「旅行記」だった。ケーニヒスべルク大学教師であった42年間、カントは毎年の夏学期に欠かさず地理の授業をしていた。

「カントは、世界最初の地理教師だった」と言われている。

カントは、一方で宇宙のはてまで想像の羽をのばし、もう一方で地球の隅々まで人々の暮らしに目を光らせていたのである。

水曜社、石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』P113-117

この本では単なる哲学者の域をはるかに超えた圧倒的なスケールを感じることができます。

何より著者の語り口が素晴らしく、ぐいぐい引き込まれます。カントについてこんなにドラマチックに知ることができるのは非常にありがたいです。これまで眉間にしわを寄せて読んでいたカント作品とは全く違った読書になりました。

カント入門書として非常におすすめな作品です。とにかく読みやすく、面白かったです。

この本だけでカントの全てを判断することはできませんが、難解な哲学者カントのイメージを変えるのに非常に役立つ一冊です。カントの人となりを知れて非常に興味深い作品でした。とてもおすすめです。

以上、「石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』おすすめカント伝記」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

カントの生涯 哲学の巨大な貯水池

カントの生涯 哲学の巨大な貯水池

次の記事はこちら

あわせて読みたい
アルセニイ・グリガ『カント その生涯と思想』あらすじと感想~思想と時代背景を解説する1冊。ドストエ... 入門書としては少し厳しいものがあるように思えますが、カントが活躍した時代の社会情勢や文化背景を知ることができるのは非常に有益です。カントをより深く知りたい方におすすめしたい一冊です。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』あらすじと感想~ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘー... この伝記を読んでみるとローゼンクランツの『ヘーゲル伝』とその雰囲気がかなり違うことにすぐに気づきます。 ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』ではヘーゲルの思想の問題にかなりの分量が割かれるのですが、アルトハウスの伝記では彼がどのような生活をし、どのように人と関わり、どんな出来事が彼に影響を与えたのかということを丁寧に追っていきます。 そのため、物語のようにヘーゲルの生涯を辿っていくことができます。正直、ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』よりもかなり読みやすく、そして面白いです。 さらにこの伝記ではマルクスとの関係など、その後の世界に与えた影響も知ることができたのがありがたかったです。

関連記事

あわせて読みたい
K・ローゼンクランツ『ヘーゲル伝』あらすじと感想~権威あるヘーゲル伝記の古典 本書における解説の最後で「これを凌駕するへーゲル伝がかつて書かれたことはなく,今後も現われないであろう。」と述べられるほどこの伝記はヘーゲル研究において評価されている作品と言えます。 私にとっては難易度の高いこの伝記ではありましたが、ヘーゲルを学ぶ上では必読とも言える非常に評価の高い伝記です。ヘーゲル伝記の古典としてこの本は重要な作品と言うことができるでしょう。
あわせて読みたい
ザフランスキー『ショーペンハウアー』あらすじと感想~時代背景や家庭環境まで知れるおすすめ伝記 難解で厳しい哲学を生み出した哲学者ショーペンハウアーだけではなく、人間ショーペンハウアーを知れる貴重な伝記です。この本が傑作と呼ばれるのもわかります。
あわせて読みたい
ザフランスキー『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』あらすじと感想~ドストエフスキーも愛した... この本のありがたいのはホフマンが生きた時代の社会や文化、時代背景を解説してくれるところにあります。 ホフマンその人を学びながら他の哲学者の人生と絡めて私たち読者は考えていくことができます。これは楽しい読書でした。
あわせて読みたい
R.ザフランスキー『ニーチェ その思考の伝記』あらすじと感想~ニーチェの思想はいかにして生まれたのか... この本の特徴は何と言っても、単なる伝記ではなく、「思考の伝記」であるという点にあります。ニーチェの生涯を辿りながらその思考のプロセスをこの本では見ていくことになります。
あわせて読みたい
ゴロソフケル『ドストエフスキーとカント 『カラマーゾフの兄弟』を読む』あらすじと感想~カントという... この本では『カラマーゾフの兄弟』のイワンに的を絞り、そこに西欧思想の代表たるカントの思想とドストエフスキーの決闘が描かれていることを述べていきます。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次