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佐藤清郎『わが心のチェーホフ』あらすじと感想~チェーホフの魅力や面白さをわかりやすく解説した名著!

目次

佐藤清郎『わが心のチェーホフ』概要と感想~チェーホフ本で最もおすすめの一冊!

佐藤清郎著『わが心のチェーホフ』は2014年に以文社より出版されました。

チェーホフは、「最も平凡な日常生活」を描いて、人間の、この世の真実に迫った作家です。彼が求めた公正、真実、自由、美(清さと言うべきか)は、時代がどう変わっても、人間が人間らしくありつづけるかぎり、人間の目標であることを失わないはずです。名著『チェーホフの生涯』から半世紀、94歳の著者が書き溜めたエッセイ風のチェーホフ論です。

Amazon商品紹介ページより

この本は50年以上もチェーホフ研究に携わり続けたロシア文学者の最晩年のチェーホフ論となっています。

私のブログでもこれまでずっとお世話になっております佐藤清郎氏でありますが、この本もまた素晴らしいです。

以前当ブログの「帝政ロシア末期を代表する作家チェーホフ―ドストエフスキー亡き後のロシアを知るために」という記事でもお話ししましたが、佐藤清郎氏は私がチェーホフを読むきっかけをくれた学者さんでした。

佐藤氏はあとがきで次のように述べています。

あとがき

チェーホフで始まり、チェーホフで終わる結果となりました。

処女作『チェーホフの生涯』が出たのが一九六六年(昭和四十一年)ですから、もう五十年になります。実に半世紀です。この長い間、チェーホフは私の机上にあったのです。いや、心の底で私を支えてくれていたのです。

もちろん、五十年という長い間に幾度か寄り道をしました。それについては、九十歳を超えた頃、すでに、あるエッセイのなかで私はこう述べています。

「九十年という長い年月を生きてきた私の生涯の前半は、夢と不安と批判をこめて周囲を観察するなかで過ぎ、さきざまな体験と読書を重ね、ミリタリズムの勃興に疑いの眼を見張り、リスクの予感の中で生きていました。その後半は、旧満州北部のザバイカル・カザックのなかで三年を過ごし、三年目の終りに襲ってきたソ連軍の戦車に追われる敗戦の民の一人として、苦難のなかで、絶望のなかで、生きる道の模索の中で過ごしました。戦後は、もっぱらロシア文学の耽読と思考のなかで過ごしたと言えるでしょう。」

以文社、佐藤清郎『わが心のチェーホフ』P215-216

この本はなんと、著者が90歳を超えてからの文章です。

そして上に書かれていますように佐藤氏は満州の哈爾濱ハルピン学院に在学していた関係で第二次世界大戦の不穏で悲惨な世界を実際に体験された方です。

哈爾濱学院はソ連との関係も深く、複雑な国際情勢を肌で感じられる場所であったと思われます。そんな中で「人生とは何か」という問いと佐藤氏は向き合っていたのでありました。

チェーホフ、ゴーリキー、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、トルストイ、ブーニンと、全集を一冊また一冊と、毎日のように読みつづけました。ゴーリキーからは勇気と誠実を、ツルゲーネフからはみずみずしい文章からほとばしる快感を、ドストエフスキーからは信と不信の果てしのない格闘を、トルストイからは限界を超えるほどの真摯さに対する畏敬を、ブーニンからは「哀」と詩情をふんだんに汲み取りました。

そして今、また、チェーホフの「風通しのよさ」に心の安心を得た思いがしています。身の丈に合った同伴者をチェーホフに見出したのです。幾冊も書いた著書のうちで、チェーホフのものがやはりいちばん多い。そこで、死までの距離がわずかとなった九十代半ばの老齢で、チェーホフの総括をこころみました。(中略)

西田幾多郎は晩年こう言っております。

「我々の最も平凡な日常の生活が何であるかを最も深くつかむことに依って最も深い哲学が生まれるのである。」(昭和十八年七月二十七日、務台理作宛)

チェーホフは、まさに「最も平凡な日常生活」を描いて、人間の、この世の真実に迫った作家です。彼が求めた公正、真実、自由、美(清さと言うべきか)は、時代がどう変わっても、人間が人間らしい人間でありつづけるかぎり、人間の目標たるを失わないはずです。

チェーホフは、私にとって、そういう作家でありつづけました。

以文社、佐藤清郎『わが心のチェーホフ』p216-217

私は佐藤氏のこの言葉を読んでチェーホフを読んでみたいと思ったのでありました。

そして実際にチェーホフ作品を読んで本当によかったなと思っています。

チェーホフを読むことでドストエフスキーやトルストイから一歩距離を置いた視点を知ることができました。ドストエフスキーやトルストイは良くも悪くも狂気の作家です。圧倒的な力で二人は自らの思想に突き進みます。

それに対してチェーホフは醒めた視点でまるで空高くから地上を見下ろすかのように一歩引いて人間を見ていきます。極端に走らず、人間の世界を現実的に見ていくまなざしがそこにあります。

とは言ってもチェーホフは冷たいというわけではありません。そこに温かくて優しいまなざしがたしかにあります。この優しさがあるからこそ、チェーホフの醒めた視点が生きてくるのです。

この本ではチェーホフがいかに優れた作家か、そしてその特徴がどこにあるのかということがこの上なくわかりやすく書かれています。

そしてチェーホフだけではなく、ドストエフスキーとの対比も書かれているので、チェーホフを知りたい方だけではなく、ロシア文学や演劇を知りたい方にとっても非常に面白い知見がたくさん説かれています。

この本を読めばチェーホフだけでなくロシア文学の特徴、そしてそれらが現代日本を生きる私たちにどのような意味があるのか、どのような問いかけをしているかまで学ぶことができます。

この本はとにかくおすすめです。チェーホフ関連の本で何を読もうか迷っている方がいればまずこの本をお薦めしたいです。

素晴らしい1冊です。

以上、「佐藤清郎『わが心のチェーホフ』―チェーホフ本で最もおすすめの一冊!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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