バーデン・バーデンのドストエフスキー像を知っていますか?~私がドイツで最も感動した究極の彫刻作品!

ドストエフスキー ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行

バーデン・バーデンのドストエフスキー像を知っていますか?~私がドイツで最も感動した究極の彫刻作品!

私は2022年にドイツやスイス、イタリアを旅しました。その旅の目的はロシアの文豪ドストエフスキーゆかりの地を巡ることにありました。

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)Wikipediaより

私がなぜこの旅に出たのかは上の「上田隆弘『ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行』~文豪の運命を変えた妻との一世一代の旅の軌跡を辿る旅」の記事でお話ししていますのでここでは割愛させて頂きますが、この記事では私がこの旅で最も感動した芸術作品であるバーデン・バーデンのドストエフスキー像について紹介したいと思います。

以下、私が以前執筆した旅行記「(13)バーデン・バーデンでドストエフスキーゆかりの地を巡る~カジノで有名な欧州屈指の保養地を歩く」からの抜粋になります。

この元記事ではドイツのバーデン・バーデンという街についてや、ドストエフスキーとのつながりについても解説しているので興味のある方はぜひ参照してみてください。ドストエフスキーというと難解な小説家というイメージがあるかもしれませんが、小説そのものよりも彼の方が面白いのではないかというくらい波乱万丈な人生を歩まれています。

私もその波乱万丈な生涯や彼の人柄、そして何より、妻アンナ夫人との二人三脚の人生に惹かれてドストエフスキーを好きになりました。

この旅行記では作品論や思想論にはほとんど触れていません。あくまで彼の人生に特化して書いた「伝記と旅行記のハイブリッド作品」となっています。現在連載している【インド・スリランカ仏跡紀行】の前身と言うべき旅行記ですので、ぜひこちらも楽しんで頂けたらと思います。

では、記事本編を始めていきましょう。

バーデン・バーデンのドストエフスキー像~私がこの旅で最も感動した彫刻!

ぜひ皆さんに紹介したいものがある。これは全世界に声を大にして伝えたい。ここバーデン・バーデンに世界最高レベルの傑作があるのだと。

私がこの像の存在を知ったのは、旅の下調べ中、マップでドストエフスキーの家を探している時だった。「ドストエフスキーの家」は出てこなかったがその代わりに見つかったのがこのドストエフスキーの像だったのである。

街の中心部から少し離れた公園に立っているというドストエフスキーの像。せっかくなので私もこの像を観に行くことにしたのである。しかしこれがまさか私の生涯におけるベスト彫刻の一つになるとは思ってもみなかった。

ドストエフスキーの家から真っすぐ北に向かって道を進むと、公園沿いの並木道に出る。この道を真っすぐ進めばドストエフスキーの像と出会えるらしい。しばらく私は道なりに歩き続けた。

ん?あ・・・いた!何か立っている!あれか!あれがドストエフスキーか!!

道の真ん中で突然興奮し始める東洋人に目の前の夫婦はさぞ肝をつぶしたことだろう。

丘の上からバーデン・バーデンの方を見つめるドストエフスキー像。視線の先はカジノだろうか。

あぁ・・・なんと哀愁漂う姿だろう・・・

この像はモスクワの彫刻家Leonid Baranov作で2004年に建てられたものだそう。

彼のそばに立って同じ方向を眺める。なんて悲しい景色だろう。あまりにあんまりな場所に、あんまりな置かれ方をしているではないか。せめてカジノに背を向けていてくれと思った。しかしこうでなければならないのだ。これだからこそ意味があるのだ。恐ろしい彫刻である。

そして彼の顔を見て私はハッとした。

すがるような目つきで力なく呆然と立ちつくすドストエフスキー。哀愁と賭博への狂気が漂っている。こんな悲しい彫刻があるだろうか!ここにいるのは偉大な文豪ドストエフスキーではない。ここにいるのは人生に敗れた哀れな一人の男にすぎない。この夢遊病のような、いやまさしく悪夢の日々を過ごしたドストエフスキーをこんなに見事に捉えるなんて・・・この彫刻家はドストエフスキーにかなり愛着があるに違いない。そうでなければこんな見事に彼の姿を捉えることはできないはずだ。彼の内面を相当知っていなければ不可能だと思う。

帰り道、私はこの像を何度も何度も振り返り眺めてしまった。その度にもの悲しい思いが浮かんできた。私は完全にこの像にやられてしまった。私はバーデン・バーデンの滞在中ほぼ毎日この像を訪ねた。

二度目にやって来たとき、私は彼が乗っている奇妙な球体がルーレットの球であることにようやく気付いた。そしてその下の台座は当然ルーレット板ということになる。卵上に押しつぶされ、ひびが入った玉、そしてひしゃげたルーレット板。狂気に沈む夢遊病者のドストエフスキーの心理がここに読み取れはしないだろうか。

写真では見えないかもしれないが雨の日のドストエフスキーの物悲しさたるや・・・

雨の日も風の日も、春も夏も秋も冬もずっとあそこに立ち続けているのだ。カジノを眺めながら・・・

これはまた別日の夕方に訪れた写真だが、ここでこの像の細部をじっくりと観ていくことにしよう。

まず目につくのは彼のコートだ。ボロボロになったコートの質感が見える。上着を繕う金も、新しいものを買う余裕がないことがすぐにわかる。そして両肘、右胸に入っている異様に深い「ほり」。何だこれは?たしかに折り曲げたり、動いたりすればしわになったり擦れやすい場所ではある。だがそれにしては異様に誇張されている気がする。そしてふと気づく。これはもしかして手で強く握りしめた時にできた跡ではないかと。自分を抱きしめるかのように腕を交差して服を掴むと右胸の「ほり」のようになるのではないか。

明日どうなるかわからぬ不安、抑えきれない賭博への情熱、金をすった自責の念、情けなさ、そのすべてに打ちひしがれるドストエフスキー。がたがた震える全身を抑えるが如く自分の身体を掴む。そんな姿勢で夢遊病者のようにとぼとぼカジノから遠ざかり、ふと元来た方を振り返った・・・その一瞬を切り取ったのがこの像ではないか。

まるで夢遊病者のような表情、そしてうっすら猫背気味の背中に力なく垂れた両腕。ほんの少し閉じられた両こぶしに抑えきれない感情が見えはしないだろうか。

まさしくドストエフスキーは悪夢の中にいる夢遊病者なのだ。この像を造ったLeonid Baranovは天才か!

私の中で彫刻のトップはミケランジェロの『ピエタ』、ルーブル美術館の『サモトラケのニケ』だ。

これらと比べることはできないが、それに匹敵するほどの衝撃を受けたのは間違いない。そしてこの『バーデン・バーデンのドストエフスキー像』の劇場的効果はあのベルニーニに匹敵するのではないだろうか。

ベルニーニはあのサンピエトロ大聖堂の内装や広場を設計した天才彫刻家だ。ベルニーニは彫刻の置かれる空間をまるで劇場のように作り変える。彫刻単体だけではなく空間そのものも芸術に取り込んでしまうのだ。詳しくはこちらの「ミケランジェロとベルニーニが設計したサン・ピエトロ大聖堂の美の秘密を解説 イタリア・バチカン編⑥」の記事を参照して頂ければその意味するところを感じて頂けるだろう。

ローマの偉大な芸術家が生み出した劇場効果。それに匹敵するものを私はここバーデン・バーデンで感じたのである。

ドストエフスキーのドラマが、人間性がこれほど見事に表現された像があるだろうか。

この像はバーデン・バーデンそのものを舞台空間にしているのである。像本体を超えてこの街そのものも芸術として取り込んだのだ。

それにしても悲しい、残酷な像だ。他にどうすることもできなかったのだろうか。もっと市内に近い所でにっこりピースさせたらどうだろうか。いやいや、馬鹿を言ってはいけない。この像は、こうでなければならないのだ。これ以外には全くありえない。これがバーデン・バーデンのドストエフスキーなのだ。いやぁ本当に素晴らしい。私はこの像の虜だった。

こうなってしまえば私はもういても立ってもいられない。夜のドストエフスキーにも会いたくなってしまった。暗い夜道を歩きドストエフスキーのもとへ。外国の夜道ということで若干の不安もあったがそんなことは言ってられない。私は会いたいのだ、夜のドストエフスキーに。

ああ、あなたは夜もここにいるのですね・・・

誰もいない静まり返ったこの丘にドストエフスキーは相変わらずいた。ぽつんぽつんと立つ街灯のぼんやりとした光を受けてようやく彼の姿が見えるくらいだ。

バーデン・バーデンの夜景を見守るドストエフスキー。彼はいつも一人でここにいる。そっと寄り添いたくなる姿だ。アンナ夫人が彼を守りたくなったのも少しわかる気がした。あまりに哀れで、同情を誘うのだ・・・

後ろ髪を引かれる思いで私は宿に引き返した。

何度でも強調するが、これほど素晴らしい彫刻は滅多にない。私がドストエフスキーに思い入れがあるというのを差し引いてもこれはものすごい傑作だと思う。

バーデン・バーデンにはものすごい傑作がある!!

このことが世界中にもっと広まることを願っている。

おわりに

以上、元記事からの抜粋でした。

私にとってバーデン・バーデンで過ごした日々は本当に素晴らしい体験となりました。

バーデン・バーデンはドストエフスキーだけでなくツルゲーネフやトルストイなど名だたる文豪が訪れた世界有数の保養地でもあります。ここは今もなお多くの人を惹きつけています。

ぜひこちらの元記事やドストエフスキーの旅の旅行記もご覧になって頂けましたら幸いです。

以上、「バーデン・バーデンのドストエフスキー像を知っていますか?~私がドイツで最も感動した究極の彫刻作品!」でした。

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