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⑽マーラ(悪魔)との対決に勝利し悟りに達するブッダ。イエス・キリストとの共通点とは

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【現地写真から見るブッダ(お釈迦様)の生涯】⑽
 マーラ(悪魔)との対決に勝利し悟りに達するブッダ。イエス・キリストとの共通点とは

ブッダの6年間の苦行生活は想像を絶するほどのストイックさで行われました。有名なガンダーラの断食仏を見てみると、その壮絶さが伝わってきます。

そんなブッダがスジャータのミルク粥によって体力を回復し、いよいよ悟りへと向かっていきます。今回の記事ではそんなブッダの悟りについて見ていきます。

ブッダとマーラ(悪魔)の対決

スジャータのミルク粥によって体力を回復したブッダ。

しかしその姿を見たブッダの5人の修行仲間たちは「ブッダが苦行を捨てて堕落した」と憤慨し、彼のもとを去ってしまいます。

ひとり残されるブッダでありましたが、彼には生き生きとしたエネルギーがみなぎっていました。

ここからいよいよブッダは修行の完成へと一気に突き進んでいきます。

ブッダは菩提樹の木の下に座り、深い瞑想へと入っていきました。もはや「無の境地」や断食仏のような感覚機能の停止を目指したかつての瞑想とは何かが違います。やはり苦行をやめたことは正解だったのです。安楽に耽るのでもなく、苦行に没頭するのでもない、まさに両極端を離れた中道ちゅうどう的なあり方こそ悟りに必要だったのです。

ブッダは明らかに手ごたえを感じていました。悟りは近い。しかしまさにその時、ブッダの悟りを妨害するべくマーラ(悪魔)が現れたのでした。

「私はこの快楽の世界を支配する者。ブッダは私の世界を脅かす男だ。この男が世界の真理を悟ることを何としても防がなければならない。もしこの男が私に打ち克ち、人々を幸福の道に導くのであれば、私の国は空っぽになってしまうだろう。動くのならば、奴が悟る前の今しかない。」

マーラはブッダの前に立ちはだかり、次のように問いかけるのでした。

「さあ立ち上がれ、死の恐怖に怯えるクシャトリア(※王族の意)よ。王族としての本来の義務を果たせ。このような修行など無意味だ。家に帰って父親の仕事を引き継ぎ、国を守るがよい。お前ほどの男ならこの世界を支配することができよう。この道はかつての王たちも歩んできた道だ。この道を進むのは名誉なことなのだ。それなのになぜお前は道を捨て托鉢僧の生活をするのだ。これは非難されるべきことではないか。悪いことは言わない。修行をやめるがよい。」

しかし、こうした甘言にブッダは全く動じません。

「決意の固い者よ、もしお前が瞑想をやめて立ち上がらないならそれもよかろう。しかし覚悟するがよい。」

マーラは五本の矢をブッダに構えます。

「これに貫かれればどんな人間も心を乱し、愛欲の世界に溺れることになる。心の弱い者ならばなおさらだ。だから今すぐ立ち上がるがよい。さもなくばこの矢を今にも放つぞ。」

ですがこれにもブッダは動じません。

業を煮やしたマーラはブッダに矢を放ちます。鋭く放たれた五本の矢でしたが不思議なことにブッダに刺さるか否かの刹那、その動きを止め地面に落ちてしまいました。

これにはマーラもがっくり来ます。

この男・・・やはり只者ではない!この男に快楽や支配の誘惑は通用せん!こいつにはこの程度の揺さぶりでは通用しない!・・・ならば、奥の手だ!

マーラは悪魔の大群を呼び寄せます。誘惑に屈しないなら今度は恐怖で支配するまで!覚悟するがいい!

一瞬にしてブッダの周囲に見るも恐ろしい姿をした悪魔たちが群がります!

そして最後の脅しにも屈しないブッダに棍棒や刀、弓矢を構えた異形の悪魔たちが一斉に襲い掛かりました。

しかしこれまた不思議。ブッダに近づこうにも何やら得体の知れない力に押され攻撃することも叶わず、弓矢を放ってもその矢は花に変わって地に落ちてしまいました。悪魔たちがあらゆる手を尽くして攻撃し、脅しをかけてもブッダは一切動じず、瞑想の境地から離れることはありません。そしてブッダがついに口を開きます。

「マーラよ。無駄な努力をするでない。あきらめよ。お前は私を揺さぶることはできない。私の決意は決して揺らぐことはない。マーラよ、心を落ち着けるがよい。自分の力を誇ってはならない。」

どんな誘惑にも、どんな攻撃にも決して揺るがないブッダの言葉に、マーラもついに攻撃をあきらめます。こうしてブッダは悪魔との対決に打ち克ったのでした。この出来事を仏教では「降魔ごうま」と呼び、さらにこの後の悟りと合わせて「降魔成道ごうまじょうどう」といいます。

このようにしてブッダは悟りへの最終段階へと進んでいったのでした。

そしてこの悪魔との対決ですが、実はあのイエス・キリストも同じような対決をしています。

ブッダとイエス・キリストの共通点

イエス・キリストも40日間の断食修行をしていた時に悪魔から3つの誘惑を受け、それを見事に跳ね返したことが『新約聖書』に記されています。私も2019年にその戦いの場とされるイスラエルのエリコという地を訪れました。

こちらがその誘惑の山と呼ばれる岩山です。ブッダが修行した岩山や後に説法をした霊鷲山ともどこか似た雰囲気がありますよね。

写真を見ると山肌の中に穴が開いているのが確認できると思います。その穴は洞窟状になっていてこの洞窟内でイエスは断食修行をし、神への祈りを捧げたと言われています。

そしてそこで悪魔からの誘惑を受けたのでした。

その三つの誘惑は次の通りです。

「神の子なら、そこらにある石がパンになるように命じたらどうだ」

「神の子ならここから飛び降りたらどうだ。神の子なら天使がお前を支えるから死ぬことはないだろう」

「もしひれ伏して私を拝むなら、全ての国々をお前に与えよう」

しかしイエスはこの3つの誘惑を全て退けます。 「人はパンだけで生きるものではない。」という有名な言葉はここで彼が語ったものです。

詳しいことはここではお話しできませんが、ブッダもイエスも厳しい修行の後に同じように悪魔との対決を迎えたというのは非常に興味深いですよね。ちなみにこの「イエスと悪魔の対決」を題材にして描かれたのがあのドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中で語られる「大審問官の章」です。

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世界文学史上最高峰と呼ばれる『カラマーゾフの兄弟』と「イエスと悪魔の対決」は繋がっています。さらに言うと、イエスとブッダがこの悪魔との対決で繋がっている以上、ブッダと『カラマーゾフの兄弟』も繋がってきます。

私が当ブログで「親鸞とドストエフスキー」をテーマに多くの記事を更新してきましたのも、実はこうしたところで実はブッダその人とも繋がっているからでした。これは仏教だけに限らず宗教を学ぶ上で非常に重要な問題です。興味のある方はぜひ『カラマーゾフの兄弟』を読んでみてはいかがでしょうか。

ブッダガヤでの悟り(成道)

こうして悪魔との戦いに勝利したブッダはさらに深い瞑想の境地へと入ります。

そしてついにその時が訪れました。

ブッダは神通力という不思議な力で過去世や全ての世界を観じ、この世の真理へと到達しました。

ブッダがここで悟ったのは「縁起の道理」だとされています。極々簡潔に言うと「これがあるからあれが生じ、これがなければあれもない。全てのものには原因と結果がある。迷いの原因(煩悩)を断てば、迷いの世界から解放される」というものになります。

しかしこのブッダの悟りの内容には諸説あり、ここではその細部には立ち入ることはしません。思想問題に踏み込めばそれだけで分厚い本になってしまいます。この【現地写真から見るブッダ(お釈迦様)の生涯】ではこれからも思想的なものの細部へは深入りせず、ブッダの生涯そのものをまずは概観することを目的とします。

ブッダの思想について具体的に知りたい方は佐々木閑著『仏教の誕生』が入門書として最適ですのでぜひ参照して頂ければと思います。

そしてこのブッダの悟りを記念し、この地はブッダガヤと呼ばれるようになりました。

現在ブッダガヤは世界中の仏教徒が巡礼に訪れる聖地となっていますが、実はここも19世紀までは土に埋もれ、忘れ去られていた存在でした。

現在のブッダガヤは主に1950年代以降インド州政府やスリランカやミャンマー、タイ、日本などの各仏教国が協力して再建したものになります。

満月のブッダガヤ

私が訪れたのは2月の乾季という巡礼のピークシーズンでしたので、各国からやって来た巡礼者で境内はいっぱいでした。写真左下にも巡礼者の姿が見えます。

このブッダガヤについては様々な興味深いエピソードがあるのですが、この記事ではここまでとさせて頂きます。また改めて別の記事でブッダガヤについて詳しくお話ししたいと考えていますのでぜひご期待ください。

次の記事では「梵天勧請」というブッダが仏教教団を開くきっかけとなった出来事をご紹介します。

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※この連載で直接参考にしたのは主に、
中村元『ゴータマ・ブッダ』
梶山雄一、小林信彦、立川武蔵、御牧克己訳『完訳 ブッダチャリタ』
平川彰『ブッダの生涯 『仏所行讃』を読む』
という参考書になります。

※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。

「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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