MENU

三島由紀夫『仮面の告白』あらすじと感想~三島の自伝的小説。幸福を求めあがいても絶対に得られないという絶望がここに…

仮面の告白
目次

三島由紀夫『仮面の告白』あらすじと感想~三島の自伝的小説。幸福を求めあがいても絶対に得られないという絶望がここに…

今回ご紹介するのは1949年に三島由紀夫によって発表された『仮面の告白』です。私が読んだのは新潮社、2023年新版第六刷版です。

早速この本について見ていきましょう。

【新装版、新・三島由紀夫】
この告白によって、私は自らを死刑に処す――。
初の書き下ろし長編。のちのすべてが包含された代表作。〔新解説〕中村文則


女に魅力を感じず、血に塗れた死を憧憬しつつ自らの性的指向に煩悶する少年「私」。軍靴の響き高まるなか、級友の妹と出会い、愛され、幸福らしきものに酔うが、彼女と唇を重ねたその瞬間「私には凡てがわかった。一刻も早く逃げなければならぬ」――。少年が到達した驚異の境地とは? 自らを断頭台にかけた、典雅にしてスキャンダラスな性的自伝。
巻末に用語、時代背景などについての詳細な注解、佐伯彰一、福田恒存、中村文則による解説、さらに年譜を付す。

Amazon商品紹介ページより
三島由紀夫(1925-1970)Wikipediaより

今作『仮面の告白』は三島由紀夫の初の長編となった作品です。しかもそうした「始まりの作品」でありながらこの小説はかなりどぎついです。後の三島を予感させる内面の苦悩、葛藤、嵐がすでにここに描かれています。

上の本紹介にありますように、本作の主人公は同性愛的傾向を持ち、さらには若い男の流す血に性的興奮を持ってしまうという、特異な少年です。ですが、彼はそのことに煩悶し、世間一般の幸福も望んでもいました。

しかし、やはり彼にはそのような平穏は許されていなかった・・・

この作品は三島由紀夫の自伝的な小説と呼ばれています。三島自身は妻を持ち子もいますので完全には小説そのままではありませんが、彼の抱えていた悩みやその生育過程が今作に大きな影響を与えたとされています。

本作について『文豪ナビ 三島由紀夫』では次のように解説されています。

『仮面の告白』は、三島由紀夫の屈折した変身願望を告白した野心的な小説と言える。それも、毒がたっぷりと塗られている。

この世にてっとり早く変身できるものがあるとしたら、それは「結婚」である。姓が変わり、家族が変わり、自分を取り巻く世間との関係も変わる。役割と責任が加わり、社会的な地位も与えられる。未熟な青年から、成熟した大人へ。つまり「結婚」は「変貌のべルトコンベアー」であり「脱皮のシステム」なのだ。

ところが、運命というものがあり、異性を愛せない人間だっているのだ。彼ら(彼女ら)は、「結婚すれば変われる」という第一歩を踏み出すことができない。だから、いつまでも「未熟」な状態のままで、生きねばならない。年をとり、偉くなったり、金持ちになったりしても、その心は未熟なのだ。かといって、「ピーターパンのように、自分は未熟なままでいいんだもん」と居直ることは、「健全な」社会がなかなか許してくれない。

『仮面の告白』の主人公は、生まれ変わりたくて、必死に女性を愛そうとする。異性愛の壁を越えねば、「結婚」から先のコンべアーに乗ることができないからだ。でも、そのたびに、女性を愛せない自分の心に気づく。

作家・三島由紀夫と、生身の人間・平岡公威きみたけ(三島の本名)は、別人である。平岡公威は結婚もし、二人の子どもにも恵まれ、白亜の大豪邸も築き、天才としての名声も獲得した。「ノーベル賞作家になる」という目的だけは、達成できなかったけれど。

けれども、三島の心には、自分は「人並み以下なのだ」という、暗くて正直なコンプレックスがあった。『仮面の告白』ではそれを「結婚」という大人への階段を踏み出せない若者の悲劇として描いた。底に流れるのは「男性失格者」の哀しみではないか。

新潮社、『文豪ナビ 三島由紀夫』P27-29

まさにここで解説されるように、主人公は「社会普通の幸福である結婚」を求めるのです。彼は自分が女性に性的関心がないことを痛いほどわかっています。しかし性的欲情がなくとも心が通じ合えさえすればそれも変わるかもしれない、女性を愛することができるかもしれないと彼は必死に努力します。・・・しかし、彼の一縷の望みはあっけなく潰えることとなります。その決定的瞬間を三島はあまりに強烈な文章で私達に突きつけます。

私は彼女の唇を唇で覆った。一秒経った。何の快感もない。二秒経った。同じである。三秒経った。―私にはすべてがわかった。

新潮社、三島由紀夫『仮面の告白』P182

期待と不安、あまりに悲痛な願いと絶望。この三秒は文学史上に残る名文なのではないでしょうか。

このすべてがわかった」という一言の悲しみたるや・・・

『仮面の告白』は少年の悲痛な内面を吐露した作品です。「世間一般の求める幸福」が自分には得られないという絶望。どうあがこうと自分は決定的に社会とはずれている・・・求める幸福は決して得られることはない。

私はこの小説を飛行機の中で読みました。

どこへ向かう飛行機で?ー東京です。

何をしに?ー妻とディズニーランドに・・・

私はあろうことか妻と初めて行くディズニーランドの旅路でこの小説を読んでいたのです。

そしてディズニーランドを歩きながら私は幸福感を味わっていたのでありますが、そこで三島のこの小説が頭をよぎるわけです。「私は今幸福を感じている・・・・・が、もし感じることができなかったら・・・・・・・・・・・・・・どうなるのだろうか」と。

『仮面の告白』の主人公は頭では「二人での時間は幸せであるべき、いやあってほしい」と考えるわけです。ですが、唇を重ねた三秒でわかってしまうのです。感じることができないことを・・・。

頭で思い、考えることと、実際に感じることでは大きな溝があります。

ディズニーを歩きながら何度も何度も三島由紀夫が頭をよぎりました。なんてとんでもない毒を盛ってくれたんだと私は思わずにはいられませんでした。

それにしても、三島由紀夫は早く死にすぎました。彼が自刃した1970年から13年後に東京ディズニーランドはオープンすることになります。この夢の国に対して三島由紀夫は何を思うのだろうか。ぜひそれを書き残してほしかった。死なずに、その後の世界を見届け、私達に声を届けてほしかった。そんなことをディズニーを歩きながら強く思ったのでありました。

この三島由紀夫とディズニーランドについては後に改めて記事を書きたいと思います。

なんと、調べてみると三島とディズニーには思わぬ関係があったのです。皆さんもきっと驚くと思います。私自身も度肝を抜かれました。

※2024年8月追記

この記事でお話ししたディズニーの記事がこちらです。ぜひご参照ください。

あわせて読みたい
三島由紀夫はディズニーランドが大好きだった!?三島はディズニーの何に魅了されたのだろうか 日本は世界でも類がないほどディズニーが浸透している国のひとつだと思います。ですが、その人気は単に娯楽的な側面だけでは片づけられません。その歴史や奥深さを知ればもっとディズニーを楽しめることは間違いありません。あの三島由紀夫ですらメロメロになったのです。ディズニーランドには三島をも魅了する何事かがあったのです。

さて、話は少し反れてしまいましたが、『仮面の告白』は現代でも力を持つ奥深い作品です。あの「絶望の三秒」をぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

以上、「三島由紀夫『仮面の告白』あらすじと感想~三島の自伝的小説。幸福を求めあがいても絶対に得られないという絶望がここに…」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

前の記事はこちら

あわせて読みたい
三島由紀夫『不道徳教育講座』あらすじと感想~逆説とユーモア溢れる名エッセイ集!三島節の真骨頂を体感! 本書に収録されているエッセイには三島由紀夫のユーモアが溢れています。 『金閣寺』や『憂国』を読んだ後にこのエッセイを読んだ私ですが、三島由紀夫ってこんなに面白い人なんだ!と新鮮な驚きを感じながらの読書となりました。

次の記事はこちら

あわせて読みたい
三島由紀夫、芥正彦他『三島由紀夫VS東大全共闘 1969-2000』あらすじと感想~あの伝説の討論は何だった... いや~ものすごい本です。計15時間にも及ぶ濃密な討論がこの本で文字化されています。東大全共闘とは何だったのか、三島由紀夫との対談は何だったのかということを知るのにこの本は最高の資料になります。

関連記事

あわせて読みたい
三島由紀夫の自決現場、自衛隊市ヶ谷駐屯地(現防衛省)市ヶ谷記念館を訪ねて 市ヶ谷記念館での見学は三島の「力」への憧れや最後の瞬間を感じられた素晴らしい体験となりました。三島由紀夫に興味のある方にはぜひおすすめしたいツアーです。 私はこの部屋で過ごした時間を忘れることはないでしょう。三島はここで死んだのだ。この場所が残されていることに心から感謝したいです。
あわせて読みたい
三島由紀夫おすすめ作品15選と解説書一覧~日本を代表する作家三島由紀夫作品の面白さとその壮絶な人生とは この記事では三島由紀夫のおすすめ作品と解説書を紹介していきます。 三島由紀夫という尋常ならざる巨人と出会えたことは私の幸せでした。 三島文学というととっつきにくいイメージがあるかもしれませんが、しっかり入門から入ればその魅力を十分すぎるとほど味わうことができます。まさに三島文学の黒魔術です。ぜひおすすめしたい作家です。
あわせて読みたい
能登路雅子『ディズニーランドという聖地』あらすじと感想~信仰・巡礼の聖地としてのディズニーという... 本作は「聖地」「信仰」「文化」という側面からディズニーを見ていく点にその特色があります。僧侶である私にとってこれは非常に興味深いテーマであります。 ディズニーファンだけではなく、文化や宗教に関心のある方にもぜひおすすめしたいです。
あわせて読みたい
三島由紀夫『金閣寺』あらすじと感想~「金閣寺を焼かねばならぬ」。ある青年僧の破滅と内面の渦 私は『罪と罰』をかつて「ドストエフスキーの黒魔術」と呼びました。ドストエフスキーの作品は私たちに異様な感化力を以て襲いかかってきます。 そしてまさに三島由紀夫の『金閣寺』もそのような作品だと確信しました。この文体。この熱量・・・!恐るべき作品です
あわせて読みたい
三島由紀夫『憂国』あらすじと感想~後の割腹自殺を予感?三島のエキスが詰まったおすすめの名作! 私自身、最初の三島体験となった『金閣寺』の次にこの作品を読んだのですが、この『憂国』を読んで私はいよいよ三島の魔力に取り憑かれてしまったのでした。 『憂国』は三島作品の中でも特におすすめしたい作品です。30ページほどの物語の中に三島由紀夫のエッセンスが凝縮されています。
あわせて読みたい
三島由紀夫『葉隠入門』あらすじと感想~「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」の真意とは。三島思想... 「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」 誰もが知るこの言葉の元となった『葉隠』を三島由紀夫は生涯愛しました。そして彼自身この作品を発表した3年後にまさに武士のように自刃しています。この本が三島に与えた影響が並々ならぬことは間違いありません。
あわせて読みたい
三島由紀夫『潮騒』あらすじと感想~古代ギリシャをモチーフに書かれた恋愛小説。三島らしからぬディズ... 三島由紀夫といえば『金閣寺』や『仮面の告白』のえげつない内面描写や『憂国』の血のしたたりというイメージがあります。しかし、彼は『潮騒』のような純粋無垢なディズニー的な作品も書けてしまうのです。 「あの三島由紀夫がディズニー的な作品を書いていた」 私にとってはこれはかなりの衝撃でした。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次