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E・サラッチャンドラ『明日はそんなに暗くない』あらすじと感想~マルクス主義の学生による武装蜂起が起きた1971年スリランカを題材にした小説

明日はそんなに暗くない
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エディリヴィーラ・サラッチャンドラ『明日はそんなに暗くない』あらすじと感想~マルクス主義の学生による武装蜂起が起きた1971年スリランカを題材にした小説

今回ご紹介するのは1991年に南雲堂より発行されたエディリヴィーラ・サラッチャンドラ著、パドマ・ラタナーヤカ、中村禮子訳の『明日はそんなに暗くない』です。

早速この本について見ていきましょう。

これは1971年、スリランカで起った「人民解放戦線の反乱」を材料とする小説である。といってもスリランカの矛盾を描く社会主義リアリズムの小説ではない。素朴な正義感とマルキシズムの初歩的なイデオロギーから学生たちが銃を執り殺され捕えられていく。中年の誠実な考古学教師が、若者たちへの同情から心ならずも同判者として牢へ入る。この教師を中心として、激動にまきこまれる人びとの心理の流れがこまやかに描きだされる。近代の素養を身につけた教師と学生たちの心の働き方が、時にして伝統的、シンハラ的だ。教師は著者サラッチャンドラの分身である。

Amazon商品紹介ページより

著者のエディリヴィーラ・サラッチャンドラは前回の記事で紹介した『亡き人』で有名なスリランカを代表する作家です。

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今作『明日はそんなに暗くない』は日本を舞台にした『亡き人』と打って変わってスリランカを揺るがせた1971年の武装蜂起を題材にした作品です。

この作品について著者は「日本の読者のために」という序文を記しています。本書の内容や著者のメッセージがダイレクトに伝わってきますのでここに引用します。

この小説は、一九七一年の〈人民解放戦線の反乱〉を題材にしています。舞台になったぺーラーデニヤ大学は実在しますが、物語そのものはフィクションです。私は、この反乱を通して学生と教師の社会関係や、心理的な葛藤を語ろうとしました。

主人公であるアマラダーサ教授は、古代スリランカの歴史や仏教文化を解明するため、研究一筋に打ち込んできた人です。そのため、現実の社会問題に疎く、自分の教えている学生たちが「革命の必要」を主張しても、他の教師のように彼らの行動を非難せず、学生から学ぼうと努めました。そして、「なぜ学生が革命運動に参加するのか」という点に関心を抱きました。その気持が通じたのでしょうか、学生たちもアマラダーサ博士に心を開いてゆきます。博士は、彼らの行動に同調しないものの、その思想には一理あると考えました。しかし、革命運動への参加が、学生たちを破滅に導く恐れがあると危惧していました。他方では、もし学生たちの計画どおりに事が運べば、現在の閉塞状況を打破し、新しい社会の建設が可能かもしれない、と楽観的な見通しを持ったりしました。

学生たちの運動の理念が、マルクス主義思想に基づいている、と博士は感じました。博士はマルクス主義を信奉していません。だからといって、資本主義社会に存在する不平等や不公正を容認するわけでもありません。どちらかと言えば、資本主義に対して憤りを持っています。支配者が弱者を抑圧したり、富めるものが私利私欲のために貧しい者を搾取したり、学問や道徳を無用視したりする事態を許せない、と考えていました。恵まれた暮らしをしている支配階級に比べて、貧しい人々は不幸な生活を強いられています。彼らは粗末な家に住み、食物も十分ありません。病気になっても、助けてくれる人がいません。時には無慈悲な医師が患者の弱みに付け込み、金儲けの対象にします。

物語の背景になった一九七〇年代は、スリランカの大学の変動期でした。一九五〇年代の大学生は、都市の中産階級の子弟が多く、設備の整った学生寮で学んでいました。卒業後も高い地位に就くことが約束されていました。ペーラーデニヤ大学は、英国のケンブリッジ大学やオックスフォード大学を手本にして築かれた、西洋風のキャンパスです。学生は全員キャンパス内の寮に住み、食事の時など英国の大学の習慣に従わねばなりません。ズボンの着用を重視し、サロンを腰に巻いて食事をすることは禁止されていました。一九五〇年代の学生は、そのような慣行に疑間を感じることもなく、英語で学び、語ることが自然だと思っていました。

しかし、一九七〇年代に近づくと高等学校までシンハラ語教育を受けた農村青年が、大学に入学するようになりました。彼らは従来の慣行に馴染めなかったばかりでなく、エリート主義的な制度をなくす運動を始めました。学生寮内の生活に混乱が始まりました。農村出身の学生にとって、大学は階級社会を映す鏡のような存在です。教師たちはキャンパス内に立派な住宅を構え、外国車に乗っていました。そして、夕方になると構内のクラブ・ハウスに集い、ウイスキーを飲みながら歓談していました。

ペーラーデニヤ大学は、スリランカの農村青年が社会の現状を憎悪し、変革への決意を強めてゆく絶好の場だったと思います。この大学の実情を深く憂慮したアマラダーサ博士は、学生たちを愛と共感の目で見守っています。マルクス主義に従えば、社会的な平等を実現するには、資本家階級を打倒しなければなりません。それを達成するには、革命以外に道がないと信じた学生たちは、〈人民解放戦線〉の非合法運動に参加しました。アマラダーサ博士は、学生たちの行動に共感を抱いていたとはいえ、自らの所属する中間階級から抜け出すこともできず、公権力の疑惑を受けて逮捕されてしまいます。

日本の読者のみなさんが、この小説を通じて問題の在りかが何処か、理解してくださるものと信じています。

南雲堂、エディリヴィーラ・サラッチャンドラ著、パドマ・ラタナーヤカ、中村禮子訳『明日はそんなに暗くない』P1-3

私がこの本を手に取ったのは1971年の暴動について知りたかったからではなく、サラッチャンドラの小説が『亡き人』の他にも日本語で読めるのだという好奇心からでした。

ですがこの「日本の読者のために」を読んで、「スリランカも日本と同じようにマルクス思想に刺激を受けた学生たちが武装蜂起を行っていたのか」と私は衝撃を受けました。

しかもこの1971年といえばまさに日本でも学生紛争が起きていた時期と近いです。

私はこれまで澁谷利雄『スリランカ現代誌』や杉本良男『仏教モダニズムの遺産』、などスリランカの内戦についての本を読んできましたが、スリランカにおける暴動や内戦は仏教ナショナリズムや民族対立によるものだというイメージが強く頭の中にありました。

ですがこの1971年の武装蜂起は明らかにマルクス主義思想に影響を受けた学生たちによる階級闘争の側面があったことをこの小説を通じて痛烈に知ることになりました。

やはりマルクスはここでも顔を出してきたか・・・と私は頭を抱えることになりました。

と言いますのも、私は以前「親鸞とドストエフスキー」をテーマに学ぶ中でマルクスについても学ぶことになりました。そしてその中で「マルクスは宗教的現象か」という問いを立てて記事を更新しました。

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そしてその中で日本の学生紛争についても知ることになり、なぜ学生たちがあれほど闘争を繰り広げ、テロリストが多くの事件を起こしたのかを学ぶことになりました。この小説で描かれた世界はまさにそれらと重なるように感じられました。

「スリランカでも同じことが起きていたのか・・・」

「スリランカでの内戦はシンハラ仏教ナショナリズムが主要なものと考えていたが、どうもそれは単純に考えすぎていたのかもしれない・・・」

そんな思いが私の中に浮かんできました。

実は私がこの本を手に取ったのはインド・スリランカへ向けて出発するまさにその2日前だったのです。まさにぎりぎりのタイミングでこの本が私のもとに届いたのです。

さすがにもう時間もないし読めないかなと思いつつも試しにこの「日本の読者のために」を読んでみて仰天でした。「これは読むしかない!」と出発の準備やら何やらも全部放り出して私は一気にこの本を読み耽ったのでした。

出発前にこの本と出会えて本当によかったです。この本を読めたことでスリランカに対する思いがより深まったように感じます。やはりマルクスの影響力はここでも強力に若者たちの心を捉えていたのです。

そしてこの小説の見事な点はそれを単一の視点で見ていくのではなく、主人公の博士や学生達、教授陣や警察など様々な立場から1971年の武装蜂起を描いている点にあります。さらに学生達や教授陣といっても一人一人思っていることやその立場も違います。杓子定規にそれらを描くのではなく実際の生活に即してリアルに事の展開を描いているように私には感じられました。

博士は学生達に理解を示しながらも、抗いようもなく事態が悪化していく恐怖に苦しむことになります。その恐怖や戸惑いを私たち読者も共有していくことになります。

読んでいると頭を抱えたくなる言葉がどんどん出てきます。マルクス主義は憎悪を煽ります。その憎悪に基づいた破壊と殺戮の後、本当に世の中はよくなるのでしょうか。結局革命のエリート達がその権力の位置に居座り、さらに苦しい世の中になるのではないでしょうか。ソ連や旧共産圏の歴史を学ぶとその恐怖を感じざるを得ません。

この小説とこのタイミングで出会えたことに縁を感じずにはいられません。スリランカに行く前に、私はこの小説を読まねばならなかったのだと強く感じています。

日本の学生紛争について考える上でもこの作品は非常に重要な示唆を与えてくれる作品です。

小説としても非常に読みやすく、私も一気に読み切ってしまいました。さすがスリランカを代表する作家です。

スリランカについてまた新たな視点をくれた素晴らしい作品でした。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。ぜひ皆さんも手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「E・サラッチャンドラ『明日はそんなに暗くない』あらすじと感想~マルクス主義の学生による武装蜂起が起きた1971年スリランカを題材にした小説」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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