吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』~スリランカ仏教に影響を与えた神智学協会についても知れる一冊!

心霊の文化史 スリランカ、ネパール、東南アジアの仏教

吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』~スリランカ仏教に影響を与えた神智学協会についても知れる一冊!

今回ご紹介するのは2010年に河出書房新社より発行された吉村正和著『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』です。

早速この本について見ていきましょう。

心霊主義と一口に言っても、降霊会、骨相学、神智学など、その裾野は広い。当初は死者との交信から始まった心霊主義だが、やがて科学者や思想家たちの賛同を得ながら、時代の精神へと変容を遂げ、やがて社会改革運動にまで発展していく。本書では心霊主義の軌跡を追いながら、真のスピリチュアルとは何かを検証する。

19世紀後半のイギリスを席巻した心霊主義。現在では懐疑的な目で見られるこの現象が、科学者や思想家たちの賛同を得ながら、ダイナミックな精神運動として存在していた時代を多面的に読み解く。

Amazon商品紹介ページより

「心霊主義」と聞くと何かオカルト的なイメージが湧いてきてしまいますが、上の本紹介にもありますようにかつては社会に大きな影響を与えた存在でした。

本書冒頭ではこの心霊主義について著者は次のように述べています。

嘲笑と非難、冷笑と侮蔑、これが現代における心霊主義への一般的な態度であろう。死者の霊との交信などあるはずがなく、霊媒の心霊現象はそのほとんどが(あるいは例外なく)トリックを使った不正行為によって演じられている—この見方はそれ自体では間違いはない。本書も、心霊主義と心霊現象を擁護する立場から論じようとするのではない。

心霊主義への懐疑的な態度は、心霊主義がもっとも流行していた一八六〇年代から七〇年代にかけても常識的な見方であったと思われる。しかし、心霊主義には、それが社会に受け入れられ、おびただしい人々によって真正と判定され、当時の代表的な科学者たちの調査対象となったという歴史的な事実があり、その社会精神史的な意義は、心霊主義を真正面から否定するところからは見えてこないのである。心霊主義は実際にどのような精神運動であったのか、この問題を理解するためには、その背景となっている歴史の中に心霊主義をおき直してみる必要がある。

心霊主義という用語そのものが私たちに与える印象には、少なくとも何か暗く病的で陰鬱なイメージがともなう。しかし、一四〇年ほど前の欧米ではいささか事情が異なっていた。超常現象の背後に不正と欺瞞がつねに存在していたことは今と変わらないが、一九世紀後半において心霊主義は、現代のイメージとは逆に、建設的で明るい社会改革運動という側面も備えていた。心霊主義は、心身ともに健康な個人を完成する手段であるだけでなく、「改善、進歩、人間性」を標榜して社会の完成をも目指す〈自己〉宗教として理解されていたのである。(中略)

本書の目的は、一見すると非合理の象徴と見える心霊主義が実は合理主義という時代環境の中で誕生し、成長し、変容していった〈自己〉宗教の一つであり、現代が想定する心霊主義のイメージとは逆に建設的で健康な精神運動であったことを検証することにある。今ではほとんど忘れられてしまっている心霊主義のそうした側面を理解することは、私たちが何の疑間もなく信じ込んでいるヨーロッパ・アメリカ起源の近代文化を問い直し、知られざる文化史的文脈を再発見する契機となるかもしれない。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P7-9

「本書の目的は、一見すると非合理の象徴と見える心霊主義が実は合理主義という時代環境の中で誕生し、成長し、変容していった〈自己〉宗教の一つであり、現代が想定する心霊主義のイメージとは逆に建設的で健康な精神運動であったことを検証することにある」

本書を貫くこの姿勢は極めて重要です。心霊主義を単に「やらせ」や「ペテン」「迷信」と切り捨てるのではなく、それを当時の時代背景から改めて検証していきます。

その中でも序章で語られる次の言葉が私の中で特に印象に残っています。

心霊主義は、親しい身内の死による悲哀と自分自身の死への不安という根本的な悩みに答えるという目的をもっていた。地上における生が死をもって断絶することへの不安こそ、数々の不正行為にもかかわらず心霊主義が存続することができた理由である。本来このような恐怖や不安に答える立場にあった教会や聖職者は、一八世紀の啓蒙主義以降は徐々に権威を失って退潮傾向にあり、人々は古い神話ではなく新しい神話を必要としていたのである。

心霊主義はまさにそうした社会的な要請に応えるものとして登場する。心霊主義は、難解な教義をもっているわけではなく、また一〇代のフォックス姉妹でも十分に霊媒の役割を果たすことができたように、ほとんど誰でも参加することができた。しかも、心霊主義における死者の霊との交信により、亡くなった近親者との心の交わりを実際に「経験」できるという特徴をもっていた。降霊会は、死という現象を恐怖の対象としてではなく、生から次の生への単なる通過点とみなすことにより、参加者にある種の慰めを与える役割を果たしていた。

心霊主義の流行の理由として、産業革命以後の急速な文明化の影響を受けて生まれた宗教的・精神的な枯渇状態を挙げることができる。心霊主義は、それまでキリスト教が占めていた隙間に入って、精神的な不安を癒すための代用宗教として登場する。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P22-23

「心霊主義の流行の理由として、産業革命以後の急速な文明化の影響を受けて生まれた宗教的・精神的な枯渇状態を挙げることができる。」

これは極めて重要な指摘であると私は思います。これは西洋の心霊主義のみならず、世界のいたる所で新たな代用宗教あるいは新宗教が生まれてきたことと繋がってくるのではないでしょうか。

そして技術革新と心霊主義の繋がりについての興味深い指摘があります。ぜひこちらを皆さんに紹介したいです。

電気に関する技術革新は目覚しく、遠隔地との通信手段として有線電信機が実用化される。アメリカのサミュエル・モールスは、送信機の電流を断続すると受信機の電磁石が動くことを応用して、最初の実用的な電信機を発明する。アルファべットと数字を長短二つの符号の組み合わせで表現したモールス信号が考案される。一八四四年には、ワシントンとボルティモア間で実際の通信に成功し、電信は急速にアメリカとヨーロッパで普及していく。電信網は、陸上では鉄道網の急速な拡大と並行して発達していく。やがて、一八六六年に大西洋横断海底ケーブルが完成してアメリカとヨーロッパとの交信が可能となり、さらにインドでは鉄道の整備に並行して電信網が完成する。世界は電信ネットワークでつながれ、素朴なかたちではあるが、現代のインターネットの原型が形成されていった。

心霊主義における死者の霊との交信というテーマは、通信手段の発達が背景にあったことは間違いがない。一九世紀の心霊主義の発端はハイズヴィル事件であるが、その数年前の電信機の発明と普及がヒントになっていたと思われる。情報が瞬時に遠隔地に伝わるという現象は、現在では想像できないほどの衝撃を人々に与えたにちがいない。死者の霊との交信という発想は、地上に限定された電信という技術をもう一歩進めて精神世界に応用したものである。ハイズヴィルにおいて死者の霊との交信は、モールス信号のように、コツコツあるいはトントンという音によって行われたことがそうした事情を物語っている。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P26-27
モールス符号を打つための電鍵 Wikipediaより

「情報が瞬時に遠隔地に伝わるという現象は、現在では想像できないほどの衝撃を人々に与えたにちがいない。死者の霊との交信という発想は、地上に限定された電信という技術をもう一歩進めて精神世界に応用したものである。」

これには驚きました。たしかに当時の人にとって遠く離れた人と交信できるというのは驚天動地の出来事だったでしょう。それまで想像もしていなかった現実が突然目の前に現れたわけです。であるならば同じく私達から遠く離れてしまった死の世界、霊の世界とも交信できるかもしれない。そうした期待を持ってしまうのも無理はないのではないかと私も考えてしまいました。

本書ではこのように時代背景と心霊主義の関係を丁寧に見ていくことになります。単にオカルトと侮るなかれ。ものすごく現実的な問題が目の前に迫ってきます。これは面白いです。

また、私が本書を読むきっかけとなったのはスリランカ仏教と神智学の繋がりを学ぶためでした。

アナガーリカ・ダルマパーラ(1864-1933)Wikipediaより

スリランカの研究者オベーセーカラはダルマパーラの生み出したスリランカ仏教を「プロテスタント仏教(改革仏教)」と呼びました。スリランカの仏教といえば最も古い仏教を今でもそのまま継承しているというイメージがあるかもしれませんが、実はそうではなく19世紀から活発化した運動のひとつだったのでありました。しかもその仏教運動とシンハラ人のナショナリズムが結びつき、内戦へと向かっていったという歴史があります。

この現代スリランカ仏教に巨大な影響を与えたダルマパーラという人物こそ、まさに心霊主義の一つである神智学協会と強い結びつきがあったのです。

というわけで私は神智学協会の大枠を学ぶために本書を手に取ったのでありました。

そしてそれは大当たり。この本では神智学教会の成り立ちとその背景まで知ることができました。

神智学協会の成立はブラヴァツキー夫人(1831-1891)という人物から始まります。

ブラヴァツキーとオルコット大佐 Wikipediaより

この写真の右の男性オルコット大佐もスリランカ仏教とダルマパーラと強い繋がりがあった人物です。

このブラヴァツキー夫人と神智学協会について細かくはここではお話しできませんが、この協会の基本的な思想についてまとめられた箇所を紹介します。

一八七七年には、数年来の研鑽の成果として『ヴェールを脱いだイシス』が出版される。一〇日で一〇〇〇部を売りきった事実が示すように、一般の読書人には好評をもって迎えられる。『ヴェールを脱いだイシス』は、主として三つの課題を扱っている。まず、イシス=オシリス密儀に代表される古代の霊知を復興することにより真のオカルト能力(霊性)を涵養すること、次にドグマ化したキリスト教と唯物論化した自然科学の弊害を取り除くこと、最後に通俗的な心霊主義の否定である。科学的自然主義の浸透によってキリスト教がもはや人々の霊的な欲求を満足させることができなくなった時代に、神智学は科学の検証に耐えうる新しい宗教としての立場を表明したのである。真のオカルト能力を涵養することについては、神智学協会の三つの目的の一つとして「自然の隠された神秘と、人間に内在する心霊的な力を探求すること」と表現されることになる。

ブラヴァツキー夫人の神智学が人々の耳目をひきつけた最大の理由は、その思想体系にあるのではなく、彼女が折々に見せる超常現象であったことは明白である。ほとんどは奇術まがいのトリックであるが、トリックを見抜くことができないという状況で生まれる面白さと、真の超常現象であってほしいという潜在願望が重なって独特の効果をあげていた。しかし、ブラヴァツキー夫人の魅力の源泉がトリックだけにあるという見方は誤りである。彼女と接する機会のある人々は、一様にその自然な立ち振る舞いに不思議な感じを抱いているだけでなく、予想していた神秘的な人格と実際の彼女の自然体との落差によって感銘を受けている。日常行動で注目される点として、彼女が無類のタバコ好きであったことが知られている。おそらく大麻などの葉が巻き込まれていたと思われ、ときおり見せる透視や予言などはその影響によるものと推測される。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P97-98

「ドグマ化したキリスト教と唯物論化した自然科学の弊害を取り除くこと、最後に通俗的な心霊主義の否定である。科学的自然主義の浸透によってキリスト教がもはや人々の霊的な欲求を満足させることができなくなった時代に、神智学は科学の検証に耐えうる新しい宗教としての立場を表明した」

これはまさにダルマパーラが進めたプロテスタント仏教とまさに重なってきます。既存の宗教を迷信と切り捨て、科学的検証にも耐え得る新たな宗教を神智学協会は打ち出そうとしたのでした。しかしその実態は上で述べられた通りです。

そしてこの神智学協会は次のような経過を辿ることになります。

神智学協会は設立当初こそ活気が見られたが、キリスト教を捨てきれない者や心霊主義に固執する者などが協会を離れて、急速にその熱が冷めていった。ブラヴァツキー夫人は、起死回生を狙って、ニューヨークからインドへの移転を決意する。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P98-99

これは極めて重要なポイントです。神智学協会は起死回生を狙ってニューヨークからインドへ向かったのです。

西洋で大きく評価されたからインドに進出したわけではないのです。西洋で失敗したため新天地のインドへ行かざるをえなかったというのが実際のところだったのでありました。

しかしこのインド行きが神智学協会と仏教の運命を変えることになります。

イギリスは、インドにおいて英語および科学文明を中心とする教育に尽力していたが、同時にキリスト教伝道にも力を注いでいた。インドは、科学文明の優位性は認めながらも、キリスト教自体をそのまま受け入れることに違和感をもっていた。キリスト教の特殊性から他宗教との融合を進めることができないために、インド固有の宗教との軋轢が生まれることになる。

そこにキリスト教を退けてインド思想を教義の中核に取り込んだ神智学協会が登場する。神智学者の姿勢はインド人の自尊心をくすぐり、アーリヤ・サマージ(※ブログ筆者注、ヒンドゥー教の宗教改革運動)ならずとも神智学協会を歓迎しようとする気持ちになることは十分に理解できる。

河出書房新社、吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』P101

神智学者の姿勢はインド人の自尊心をくすぐった。

これも非常に重要な指摘です。こうした背景があって神智学協会はインドで力を持ち始め、さらにはスリランカ仏教とも繋がってくるわけです。

こうした流れを本書では心霊主義の歴史という切り口から学んでいけます。スリランカ仏教単体の本ではなかなかこの視点から世界史を見ていくことはできませんでしたのでこれは非常に刺激的な読書となりました。

スリランカ仏教とダルマパーラについては以前当ブログでも紹介した杉本良男著『仏教モダニズムの遺産』やゴンブリッチ、オベーセーカラ共著『スリランカの仏教』という本に詳しく出ていますのでこちらの本もぜひぜひおすすめしたいです。

心霊主義といいますとオカルトチックで怪しいイメージもありましたが、実は産業革命や世界的な合理主義の流れから生まれてきたという興味深い背景を知ることができる本書は非常に刺激的です。スリランカを学ぶ上でも非常にありがたい作品でした。

ぜひぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国時代』~スリランカ仏教に影響を与えた神智学協会についても知れる一冊!」でした。

次の記事はこちら

前の記事はこちら

関連記事

HOME