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中村元選集第14巻『原始仏教の成立』概要と感想~仏教はどのようにして生まれたのか。最初期の教団を取り巻く状況を知るのにおすすめ

原始仏教の成立
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中村元選集第14巻『原始仏教の成立』概要と感想~仏教はどのようにして生まれたのか。最初期の教団を取り巻く状況を知るのにおすすめ

今回ご紹介するのは1992年に春秋社より発行された中村元著『中村元選集〔決定版〕第14巻 原始仏教の成立 原始仏教Ⅳ』です。

早速この本について見ていきましょう。

仏教が興起した時代背景、最初期の仏教の姿、教団や戒律の形成など、仏教成立の過程を利用可能なあらゆる資料を駆使して解明した画期的大著。

Amazon商品紹介ページより

この本は仏教教団の最初期について解説された作品です。中村元先生は最初期の仏教教団の様子を当時の時代背景や思想界の様相と絡めてこの本でお話ししていきます。

仏教が起こってきた時代背景については以前当ブログでも紹介した中村元著『古代インド』でも語られていました。

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この『古代インド』は初学者でもわかりやすく読むことができる入門書として非常におすすめな作品ですが、本作『中村元選集〔決定版〕第14巻 原始仏教の成立 原始仏教Ⅳ』ではさらにかっちりと古代インドと原始仏教教団のつながりを見ていくことができます。

非常に興味深い内容が盛りだくさんの本書ですがその中でも特に印象に残ったのは本書終盤のデーヴァダッタ(提婆達多)と仏教教団の関係性でした。

デーヴァダッタはブッダに敵意を向けた悪人として経典で描かれることが多い存在ですが、はたして彼はそんな悪人だったのかということが検証されます。さらにそこから原始仏教教団におけるブッダの意味を考察していきます。そこでは「原始仏教教団ではブッダが複数いた」という、私たちからすると「?」と思ってしまう指摘がなされます。原始教団では修行を完成した人はみな「ブッダ」と呼ばれていました。「ブッダ」はゴータマ・シッダールタだけではなかったのです。サーリプッタ(舎利弗)も「ブッダ」であり、ジャイナ教の聖典ではシッダールタよりも彼の方が教団の指導者と見なされていたほどでした。デーヴァダッタもそのような「ブッダ」の一人だったのです。

ですが時代を経るにつれてゴータマ・シーダルタの神格化が始まり「ブッダ」がシッダールタ一人に限定されるようになります。

そこから中村元先生は次のように述べます。

〔第二段階〕
(1)ナンダ王朝からマウリヤ王朝にかけてインド全体が統一されるにつれて、仏教教団も大発展をとげたが、アショーカ王などは教団の分裂を恐れていた。大教団がひとつにまとまるためには、シンボルがなければならない。ゴータマ・ブッダのすがたは急速に神格化・巨大化されるようになった。仏教は〈仏教〉というよりも〈釈尊教〉とでも呼ばれるべき性格を強くしていった。

(2)〈釈尊教〉の性格が強まるとともに、他のブッダたちは抹殺されるか、地位を低められるよりほかにしかたがなかった。ブッダとは釈尊のことであり、現在の時期には釈尊という一人の仏、、、、しか現われないと考えるようになった。ただ理論的には仏は数多くあってもよいから、それらは過去の仏、、、、として想定されるようになった。

(3)サーキャムニの教団が拡大発展して、仏教の「正統」を主張すると、ブッダたることをめざす他のなかまや教団は、おのずからそこに吸収されることになったが、そこに吸収されないなかまは「異端」となった。デーヴァダッタはサーキャムニに従わなかったら「異端」となったのであって、ブッダでなかったからではない。最初は「正統」のブッダというものはなかったし、「異端」というものもなかった。権威が一点に集中することによって、「異端」も生じたのである。

〔第三段階〕
(1)仏教の教団がますます発展すると統一の象徴であるサーキャムニを絶対化し、神格化する必要が起きた。仏教というよりは「釈尊教」の性格が強まり、釈尊を神格化するとなると、かれに対抗したデーヴァダッタは悪人と見なされるようになった。異端者であるというだけの理由で極悪人とされて、デーヴァダッタ極悪人説の伝説がいろいろとつくられるようになったのである。〔そこには、いわば近親憎悪のような感情が支配していた。〕

(2)しかし釈尊を拒む仏教徒たちが依然として存続した。それはデーヴァダッタの徒衆である。それは微々たる存在ではあったけれども、西暦四世紀ごろまで存続していた。

なおサーキャムニにたよらない仏教があったということを認めるならば、後代の浄土教や真言密教が崇拝の対象として他の仏を立てながら、しかも仏教であったという事実をも容易に解釈し得るのではなかろうか?〈仏教〉というと釈尊教のことであると解され、浄土教でさえも釈尊にかこつけて説かれているが、それとは異なった〈ブッダ教〉なるものをもう一度考え直してみる必要があるのではなかろうか?(中略)

後代の若干の仏教徒のように、釈尊以外の仏(たとえば阿弥陀仏や大日如来)をとくに尊崇しても仏教であってかまわない。またデーヴァダッタが釈尊を拒んでも、ブッダの権威をかざすことができたように、伝統を否定すること(殺仏戮祖)によっても仏教であり得るのである。真理を求めるということが基本にあればよいのである。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第14巻 原始仏教の成立 原始仏教Ⅳ』P568-570

「〈仏教〉というと釈尊教のことであると解され、浄土教でさえも釈尊にかこつけて説かれているが、それとは異なった〈ブッダ教〉なるものをもう一度考え直してみる必要があるのではなかろうか?」

これは非常に重要な指摘ではないでしょうか。別の箇所ではこのことについて次のようにも述べられています。

仏教とはブッダとなるための教えであり、またブッダの説いた教えであるということは、万人の承認する事実である。

ところで、世人のみならず一般の学者はここで無批判的な論理の飛躍を行なっている。〈ブッダの説いた〉ということはすなわち〈釈尊の説いた〉という意味であると暗黙のうちに了解している。大乗経典はもちろんのこと、原始仏教聖典の大部分は後代の仏教徒が釈尊のロにかこつけたものであると解する批判的な学者といえども〈ブッダの説いた〉ということと〈釈尊が説いた〉ということは同じであると解する。

しかし思想史的現実は決してそのような単純なものではない。

春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第14巻 原始仏教の成立 原始仏教Ⅳ』P509-510

日本において明治時代から特に言われるようになったのが「大乗非仏説」という批判です。日本に伝わってきた仏教はブッダが説いた直説ではないのだから日本仏教は堕落している、偽物だという批判です。これは政治的な問題である廃仏毀釈や西洋から入ってきた唯物論や実証主義、その他哲学思想の影響が強くあると思われますが、それにしても根強く発せられた批判でした。(もちろん、明治以前から「大乗非仏説」という批判は思想史上存在していました)

それに対して中村元先生がその批判の不正確さを明確に指摘しているのは非常に重要なことだと思います。この記事ではこれ以上は詳しくお話しできませんが、この本を読めばその意味するところを深く学ぶことができます。

他にも仏教教団が出来上がった背景やその後の展開なども詳しく知ることができます。仏教とは何かを考える上で非常にありがたい一冊です。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「中村元選集第14巻『原始仏教の成立』~仏教はどのようにして生まれたのか。最初期の教団を取り巻く状況を知るのにおすすめ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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