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カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史』あらすじと感想~産業革命の歴史と社会のつながりを学ぶのにおすすめ!

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カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史―ビル・ゲイツのパラドックス』概要と感想~産業革命の歴史と社会のつながりを学ぶのにおすすめ!

今回ご紹介するのは2020年に日経BPより発行されたカール・B・フレイ著、村井章子、大野一訳の『テクノロジーの世界経済史―ビル・ゲイツのパラドックス』 です。

早速この本について見ていきましょう。

「ビル・ゲイツは二〇一二年に『イノベーションがこれまでにないペースで次々に出現しているというのに‥…アメリカ人は将来についてますます悲観的になっている』と指摘し、これは現代のパラドックスだと語った。(本書序章から)

「仕事の半分が消える」――2013年、オックスフォード大学の同僚マイケル・オズボーンとの共同論文「雇用の未来ーー仕事はどこまでコンピュータ化の影響を受けるのか」で世界的な議論を巻き起こしたカール・B・フレイによるテクノロジー文明史。 フレイによるテクノロジーの観点から見た人類の歴史はこうだ。新石器時代から長く続いた「大停滞」の時代を経て、アジアなど他地域に先駆けて、蒸気機関の発明を転機としてイギリスで産業革命が起きる。「大分岐」の時代である。労働分配率が低下する労働者受難時代であり、機械打ち毀しのラッダイト運動が起きる。


その後、電気の発明によるアメリカを中心とした第二次産業革命が起き、労働者の暮らしが劇的に良くなる格差縮小の「大平等」の時代がやってきた。テクノロジーと人間の蜜月時代だ。 ところが工場やオフィスへのコンピュータの導入を契機に、格差が拡大する「大反転」の時代に入る。さらにAIによる自動化が人間の労働に取って換わることが予想される今後、人類の運命はどうなってしまうのか。著者フレイは膨大なテクノロジーと人間に関する歴史研究を渉猟し、「ラッダイト運動」再来の可能性もある、と警告する。

Amazon商品紹介ページより

私がこの本を手に取ったのは、マルクスを学ぶ上で産業革命の歴史と現代に至るテクノロジーの歴史を知りたいと思ったからでした。

この本ではなぜイギリスで産業革命が起きたのか、そしてそれにより社会はどのように変わっていったのかを知ることができます。

技術自体は実は産業革命以前からあったこと、しかしそれが経済に活用されるには社会的な条件が必要だったこと、そして機械の導入で何が起こったのかということがこの本の前半で語られます。

第一部の結論では著者は次のように述べています。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり見ていきます。

一七五〇年以前の低成長は、発明の少なさとか知的好奇心の乏しさといったことが原因ではない。産業革命以前の世界にも重要な発明が少なからず存在した。「アンティキティラの機械」、機械式時計、印刷機、望遠鏡、気圧計、それに潜水艦まで。これらの発明の一部は、産業革命期に次々に登場した「新奇な発明品」よりあきらかに技術的に高度だった。だが技術的創造性にあふれた人々が存在するだけでは、経済の発展は実現しない。まずはその技術が経済的な目的に活用しうること、そして実際に広く普及することが必要である。経済学者のフリッツ・マハループが指摘したとおり、「才能を発揮するのにインセンティブはいらないが、がんばって働くにはインセンティブが必要だ」。産業革命前の時期にも、才能が大いに発揮されたことはまちがいない。だがそれを活かす機械に投資するインセンティブはほとんど存在しなかった。(中略)

支配階級の間には、労働置換技術の導入は労働者の困窮、ひいては社会不安、最悪の場合には政治体制の転覆につながりかねないという懸念が生じる。このため、労働置換技術の導入を阻み、ときには禁止した。政治権力者が技術の進歩から得るものより失うものが大きいと感じるこうした状況が、西洋を長い間テクノロジーの罠に閉じ込めていたのである。この罠に閉じ込められている間、労働者のスキルを陳腐化させるような技術はたびたび暴力的な抵抗に遭った。

だがさまざまな出来事が次第にイノべーションに有利に働く。封建制の衰退と国民国家の台頭、そして国家間の競争の激化を背景に、技術の進歩を押さえ込むことの代償が高いものにつくようになる。技術力が劣る国は技術力に勝る国に追い抜かれ、最悪の場合は征服されかねない。となれば、保護主義的な経済政策は、政治体制の維持と相容れなくなる。言い換えれば、外的な圧力の脅威が、国内の社会不安の恐れを上回るようになったのである。都市間の競争が激化し、機械化の進んだ都市が有力になるにつれて、労働置換技術に猛烈に抵抗してきた手工業ギルドは弱体化した。政府にとっては、ギルドを見限り実業家や発明家に味方することが容易になったわけである。

日経BP、カール・B・フレイ、村井章子、大野一訳『テクノロジーの世界経済史―ビル・ゲイツのパラドックス』 P150-152

産業革命は政府がそれを認めるかどうかが大きなカギを握っていたことがこの本ではわかります。

機械を導入することは人々の雇用を破壊するため政治不安が起こる。だからこそ為政者、権力者はそれを防いできた。しかし、他都市や他国との競争が激しくなったこと、そして政治体制そのものが変わってきたことが産業革命の大きな要因となったのでありました。

そしてなぜ産業革命がイギリスで起こったのかという興味深い分析がこの本で語られ、そこから電気やモータリゼーションを中心とした19世紀末の第二次産業革命へと話は展開していきます。

「産業革命=労働者の貧困」というイメージを私達は持ってしまいがちですが、実は機械化は人間に富をもたらし、労働者も大きな利益を受け取っていたことをデータをもとに見ていきます。特にアメリカの産業革命の経過を見ていくことで 「産業革命=労働者の貧困」 というイメージを覆していきます。

ただ、そんなアメリカですが現在は苦しんでいます。電気とモータリゼーションを中心とした第二次産業革命では多くの人に恩恵を与えることができましたが、ITを中心とした現代のテクノロジー進化は新たな雇用を生み出さず、機械に仕事を奪われた人たちへの救済策を見出せていません。

新たな技術が労働者の仕事を奪い、困窮化させるというのはイギリスの産業革命と構造が同じです。これまで多くの人が機械化に恩恵を受けていたアメリカでも一気に格差が広がっていきます。後半ではそうした現代のテクノロジー問題をみっちりと解説していきます。今アメリカで何が起こっているのかということがとてもわかりやすく語られます。

最後にこの本のまとめに当たる部分を引用していきます。

一九世紀半ば、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは、機械化が続けば労働者階級の困窮も続くと予想したが、イギリスはちょうどその前後にようやく「エンゲルスの休止(資本家だけが富を蓄積し、労働者は貧困のまま成長できない状態 ※ブログ筆者注)」から脱した。

たしかにそれまでは二人の言うとおりだった。産業革命を受け、多くのイギリス人の生活が悪化した。だが、進歩が続いてもそうした流れが続くという二人の考えはまちがっていた。二人もその他大勢同様、テクノロジーの魔力に愚弄されたのである。

労働者が苦しんだ時代は長く続いた。だが、そうした時代でさえ終わりを迎えた。本書で言いたいのは、いまの経済の流れが無限に続くということではない。それどころか、AIの導入に伴う生産性の回復で、私たちが平均的にみてゆたかになり、労働者を駆逐する労働置換技術の悪影響も一部打ち消せると楽観できる根拠は十分にある。

だが過去の歴史がすこしでも参考になるなら、それまでには何年も、場合によっては何十年もかかりうる。いまは潮の変わり目にあり、これからは労働補完技術の波が押し寄せ、広い目でみれば労働者は新しい仕事で輝きを取り戻せる可能性があるとは言えるが、そんなことを言っても、適切なスキルを持たない中流階級にとっては、たいした慰めにはならないだろう。(中略)

将来に目を転じれば、自動化による勝ち組と負け組の格差はさらに広がる可能性が高い。次の波が押し寄せるのは製造業の仕事だけではない。輸送、小売り、物流、建設分野の多くの低スキル職にも自動化の波が押し寄せる。したがって、長い目でみれば楽観できる根拠は十分にあるが、そのためには短期的な変化にうまく対処できなければならない。

自動化で負け組になる人々は、ごく当然の論理として反発するだろうし、そうした人々が反発すれば、短期的な影響を長期的な影響と切り離して考えることができなくなる。人間のスキルを脅かすテクノロジーには長い抵抗の歴史があること、また近年グローバル化への反動が起きていることを踏まえると、自動化は必然だと言い切ることはできない。

たしかに、一九世紀のラッダイトと違って、いまの人々はテクノロジーのおかげでニ〇世紀に誰もがゆたかになったことを知っている。ニ〇世紀の最初の七五年間は機械化の進展に伴い、すべての層で賃金が上がっていた。 だが今後数年間、テクノロジーですべての船を持ち上げることができないとすれば、テクノロジーの変化が幅広い層に受け入れられると決めてかかるわけにはいかない。「エンゲルスの休止」の時代と比べれば、人々の期待値は高まっている。投票権もある。そして、すでに変化を求める声が出はじめている。
※一部改行しました

日経BP、カール・B・フレイ、村井章子、大野一訳『テクノロジーの世界経済史―ビル・ゲイツのパラドックス』 P 547-49

マルクスとエンゲルスは、機械化が続けば労働者は貧しいままだという理論を述べました。

たしかに、彼らが生きていた時代にはそうした現象が見られていましたが、現実にはその理論は間違っていたと著者は述べています。

しかし、長期的に見れば多くの人に利益を与える新技術ですが、それが導入されてからのしばらくの間は痛みを伴うのも事実。この雇用の問題をどう乗り越えていくかが政治に問われることになります。

著者はそのことについて最後にこう提言してこの本を終えています。

自動化がもたらすありとあらゆる社会的な課題に、たった一つの政策で対応することなどできない。まことに遺憾なことだが、一連の複雑な問題を一見たやすくみえる方法で解決できると訴えれば、目先の選挙には勝てるかもしれない。だが、遅かれ早かれ現実が追いついてくる。穏健派の保守派・リべラル派はあやうい綱渡りを迫られている。

自動化の影響を大げさに言い立てれば、大量失業の不安を煽り、間違った政策対応、ポピュリズム政党の躍進、ことによるとテクノロジー自体に対する反発を招きかねない。だがその一方で、政府が自動化の社会的コストを糊塗すれば、不信感が募る。

政府は長い間、グローバル化のコストを軽視してメリットを重視することを選んできた。たしかにメリットは大きかったが、個人や社会にのしかかるコストへの対応を疎かにしたことで、主流派の政治家は信頼を失った。政府は自動化で同じ過ちを犯してはならない。リスクはこれ以上ないほど高まっている。

いま迎えつつある新しい時代では、すべての仕事が機械に奪われると考えている読者もまだいるかもしれない。もちろん、それが正しいかどうかいま知るすべはない。最初の産業革命でも、第二次産業革命でも、最終的にはすべての人が恩恵に与った。

だがいまのところ、「今回はちがう」ことを示すデータはない。いま私たちが進んでいる道のりは、イギリスの産業革命でたどった道のりに酷似しているようにみえる。工業化でその後何が起きたかは誰もが知るとおりだ。だが、たとえ今回はちがうと想定しても、今後の課題がテクノロジーの分野ではなく政治経済の分野にあることは変わらない。テクノロジーが仕事をほとんど生み出さず、莫大な富を生む世界では、分配が課題になる。結局のところ、テクノロジーにどのような未来が待ち受けていようと、その経済的・社会的影響を決めるのは私たちなのである。
※一部改行しました

日経BP、カール・B・フレイ、村井章子、大野一訳『テクノロジーの世界経済史―ビル・ゲイツのパラドックス』 P 549-551

ここで著者が「自動化がもたらすありとあらゆる社会的な課題に、たった一つの政策で対応することなどできない。まことに遺憾なことだが、一連の複雑な問題を一見たやすくみえる方法で解決できると訴えれば、目先の選挙には勝てるかもしれない。 だが、遅かれ早かれ現実が追いついてくる。 」と指摘していることは非常に重要であると思います。

今私たちが直面している問題を単純化し、「これさえすればすべて解決する」と言い切れば、たしかに単純明快でわかりやすく、希望が持てるかもしれません。

ですが事はそんなに単純ではありません。ここに落とし穴があります。

人々の不満を煽り、それを利用しようとする人間にとって今の状況は格好の場となっています。

これは私達もよくよく考えなければいけない問題だと思います。

もちろん、テクノロジーによる格差拡大は野放しにしていい問題ではありません。ですか、かと言ってポピュリズム的な過激なやり方で煽動し、全体主義的なあり方になるのはさらに危険です。

こうしたことをひとりひとりが考えていかなければならない。そんなことをこの本では学べました。

この本は550頁を超える大作ですが、著者の語り口が素晴らしくとても読みやすいです。そして興味深い事実がどんどん出ていますので楽しく読んでいくことができます。

産業革命とテクノロジーの歴史を知るのに非常におすすめな1冊となっています。

以上、「カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史』産業革命の歴史と社会のつながりを学ぶのにおすすめ!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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