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(65)エンゲルスの『反デューリング論』から生まれた『空想から科学へ』~空想的社会主義者という言葉はここから

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エンゲルスの『反デューリング論』から生まれた『空想から科学へ』~空想的社会主義者という言葉はここから「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(65)

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上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

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この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

その他参考書については以下の記事「マルクス伝記おすすめ12作品一覧~マルクス・エンゲルスの生涯・思想をより知るために」でまとめていますのでこちらもぜひご参照ください。

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では、早速始めていきましょう。

『空想から科学へ』の成立過程

『反デューリング論』におけるエンゲルスの本当の功績は、自然科学に没頭して情報をふんだんに得たうえで、弁証法的唯物論を資本主義に応用したことだった。

エンゲルスの三つの法則―対立物の確執、量的変化から質的変化への転化、および否定の否定―は、いまや生物学、化学、進化だけでなく、ブルジョワ社会内部に存在する緊張までをも説明できるようになった。

「現代の資本主義の生産様式によって生じた生産力も、それによって確立した物資の流通システムも、生産そのものの様式と緊迫した矛盾に陥っている」と、彼は弁証法を用いてとうとうとまくしたてた。

「そのあまりに現代社会全体が消滅するのでないとすれば、生産と流通の様式における革命は起こらなければならない。あらゆる階級の区別には終止符が打たれるだろう」。

対立物は対立しなければならず、否定は否定され、蝶が蛹から羽化するように、新しい社会は内在する古い矛盾から生まれるのであった。社会の果てしなく移り変わる矛盾と、革命の準備の進み具合を読み取るこの重大な道具こそが、西洋思想へのマルクスの決定的な貢献だったのだ。

マルクスにとって、哲学の要点はいつも、世界をただ解釈するだけではなく、変えることだった。そして、弁証法的唯物論が政治的に示唆するものもまた『反デューリング論』の一節に明記されており、それは最終的にエンゲルスによって書き直され、『空想ユートピアから科学へ』(一八八〇年、一八八ニ年)として別個に出版された。科学的社会主義により的を絞ったこの入門書をつくるアイデアは、マルクスの娘婿のポール・ラファルグからでたものだった。

彼はフランスで、主要な社会主義の信条としてマルクス主義の足場を固めるのに、ドイツでリープクネヒトが直面していたのと同様の困難に直面していた。

フランスの共産主義運動はいわゆる「集産主義者」(ラファルグとジュール・ゲードを中心にしたもの)と、現実的改革主義者ポッシビリスト(ベノワ・マロンによって主導)のあいだで分裂していた。

後者はイギリスの各都市で発展している都市の社会主義とはやや異なる政治課題を主張していた。

マルクスとエンゲルスはゲードが「革命的表現を商売にする」ことを批判―マルクスが有名な台詞、「私にわかるのは、自分がマルクス主義者でないことだけだ!」を吐くことになった―したが、彼らは集産主義の哲学的立場は支持した。

マルクスは彼らが一八八〇年のマニフェストの序文を起草するのを手伝い、かたやエンゲルスの小冊子は彼らの思想的立場を裏づけることを意図したものだった。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P383-384

元々は政治的ライバルのデューリングを攻撃するために書かれたエンゲルスの『反デューリング論』でしたが、その内容はマルクス主義の伝播に大いに貢献することになりました。

「対立物は対立しなければならず、否定は否定され、蝶が蛹から羽化するように、新しい社会は内在する古い矛盾から生まれるのであった」

「蝶が蛹から羽化するように」という絶妙な喩えを用いるあたり、天才的な広告マンエンゲルスの腕が遺憾なく発揮されていますよね。

そしてその中でも最も多くの読者を惹き付けることになったのが空想的社会主義者を扱った箇所で、それがマルクス思想の解説書として独立し『空想から科学へ』という小冊子になったのでした。

『空想から科学へ』の内容と特徴

『空想から科学へ』を構成する三つの章では、マルクス主義の科学的な厳密さが、初期の空想的社会主義者の高尚な妙案と区別されていた(彼にしてみれば、ポッシビリストにもまだ弱点があった)。

初めのほうのページは「まったくの空想」とサン=シモン、ロバート・オーエン、シャルル・フーリエらのユートピア的な夢を冷静に切り離すことに費やされた。

それでも、使われている言葉は、一八四〇年代初期のものほど激しくはなかった。

大人になったエンゲルスは代わりに、ブルジョワ社会の性的関係にたいするフーリエの批判には、大いに価値を見出した。

オーエンの産業による家父長制には、彼は(自分も元工場の雇用主として)称賛の意を表わした。

また、経済の現実が政治の形態を定めるやり方についてのサン=シモンの分析をたたえた。

それでも、ユートピア派の重大な失敗は、社会主義を人間の条件に関するなんらかの恒久的な真実だと見なし、単に発見され、それを実行する必要を説かれればよいものだとする誤った見解でありつづけた点にあった。

一方、エンゲルスは社会主義を、「まず実際の土台の上に据えなければならない」科学として提示した。

そして、資本主義の生産(余剰価値の理論を通して)および階級闘争の現実(歴史の唯物論的思考を通して)を説明して、実際の唯物論的な土台を提供したのがマルクスだった。

マルクスの方法は階級にもとづく資本主義社会の本質をあらわにしたが、彼の弁証法の優れたところは、将来の道筋を描いたことだった。

ストレスが積み重なったのちに、量的な変化が質的なものになると、エンゲルスは説明した。水から水蒸気が発生するように、芋虫が蝶になるように、「資本主義の関係は捨て去られるのではない。むしろ、極限まで推し進められたところで転換するのである」。

資本主義社会にもともと存在する緊張は、つまり経済的基盤と政治的上部構造の分離は、転換点に達する。するとどうなるのか?それにつづく労働者の革命では、プロレタリアートが政治的権力を掌握し、生産手段が国有財産として移管される、とエンゲルスは述べた。

「しかし、そうするなかで、プロレタリアートとしての存在はなくなり、あらゆる階級区分と階級対立も撤廃され、国家としての国家も廃止される」。

ここに共産主義が政治にもたらす大きな奇跡が、エネルギーの保存や細胞の生物学と同じくらい驚くべきものがあった。

「社会関係への国家の干渉は、分野ごとにしだいに余分なものになり、やがて消滅してゆく。人間にたいする統治は、物にたいする行政と、生産過程の管理に取って代わられる」。

サン=シモンが最初に予言したように、将来の社会主義の支配は従来の政治を解消し、合理的で技術的な管理の問題になる。あるいは、エンゲルスの明らかに生物学的な言い回しを使えば、「国家は廃止されるのではない。萎れてゆくのだ」。

ついに搾取はなくなり、生存をかけたダーウィン的闘争も終わり、「社会生産における無秩序は系統だった明確な組織に取って代わられる」。

プロレタリアートの主導のもとで、人類は動物的本能から解放されて真の自由を達成する。「それは必然の王国から自由の王国へ人類が躍進を遂げたことなのだ」。

これがへーゲル観念論に関するエンゲルスのあらゆる高尚な推論の、叙情詩的かつ政治的な終着点だった。ここがマルクスの弁証法的唯物論が導くところだった。プロレタリア革命がブルジョワ社会の蛹から出現し、共産主義の夜明けが訪れるのだ。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P384-38

エンゲルスはこの作品においてサン・シモンフーリエロバート・オーエンらを空想的社会主義者と名づけ、マルクス思想を科学的社会主義と位置付けました。

彼ら空想的社会主義者については以前紹介した以下の記事で紹介していますのでぜひこちらをご参照ください。

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『空想から科学へ』の大ヒット!エンゲルスのベストセラーに

『イギリスにおける労働者階級の状態』や『ドイツ農民戦争』、あるいは彼の戦争関連の著作すら超える勢いで、『空想から科学へ』はエンゲルスのべストセラーとなった。

彼はこの著作がフランスで「強烈な印象」を引き起こしていると、誇らしげに書いた。

「大半の人はあまりにも怠け者で『資本論』のような大著は読まないので、本書のような薄い小冊子のほうがはるかに迅速な効果がある」と、彼はアメリカの友人フリードリヒ・ゾルゲに説明した。この仕事を依頼したラファルグは、同書が「社会主義運動の初期にその方向にたいし決定的な影響」をもったことを見て、同様に喜んだ。

二人のどちらも、その影響力を誇張してはいなかった。『反デューリング論』とともに、エンゲルスの『空想から科学へ』は、大陸ヨーロッパの共産主義を方向づけるうえで非常に重要なものとなった。

フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、およびイギリスの社会民主主義者がついに理解可能なマルクス主義への手引書を手にしたのだ。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P38

『「大半の人はあまりにも怠け者で『資本論』のような大著は読まないので、本書のような薄い小冊子のほうがはるかに迅速な効果がある」と、彼はアメリカの友人フリードリヒ・ゾルゲに説明した。』

マルクス主義を考える上でとてつもなく重要なポイントがここで指摘されました。しかもそれをエンゲルス自身が語っている点が興味深いです。

マルクス主義の聖典である『資本論』をそもそも「読まれないもの」としてエンゲルスが考えていたことは非常に重要なポイントです。

マルクス主義はなぜ広まったのか。なぜ読まれもしない『資本論』が聖典として巨大な力を持ったのか。

これは非常に重大な問題です。

エンゲルスが書いたマルクス主義の手引書『空想から科学へ』の存在意義は計り知れないものがあります。

ここでは長くなってしまうのでそのことについてはお話しできませんが、誰も読まない、いや読めない難解な『資本論』を一般の人にもわかりやすく広めたことの意義はいくら強調してもし足りないくらい大きなものだと思います。

難解で大部な『資本論』、簡単でコンパクトな『空想から科学へ』。

この組み合わせがあったからこそマルクス主義が爆発的に広がっていったということもできるかもしれません。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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