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(63)エンゲルス『自然の弁証法』~マルクス思想と弁証法を科学に応用!後の共産党世界に絶大な影響

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後の共産党世界に絶大な影響を与えたエンゲルスの唯物論的科学とは~『自然の弁証法』の執筆と反響「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(63)

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年表で見るマルクスとエンゲルスの生涯~二人の波乱万丈の人生と共同事業とは これより後、マルクスとエンゲルスについての伝記をベースに彼らの人生を見ていくことになりますが、この記事ではその生涯をまずは年表でざっくりと見ていきたいと思います。 マルクスとエンゲルスは分けて語られることも多いですが、彼らの伝記を読んで感じたのは、二人の人生がいかに重なり合っているかということでした。 ですので、二人の辿った生涯を別々のものとして見るのではなく、この記事では一つの年表で記していきたいと思います。

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりとご紹介しましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯・思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しくマルクスとエンゲルスの生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

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トリストラム・ハント『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』あらすじと感想~マルクスを支えた天才... この伝記はマルクスやエンゲルスを過度に讃美したり、逆に攻撃するような立場を取りません。そのような過度なイデオロギー偏向とは距離を取り、あくまで史実をもとに書かれています。 そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。 マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。マルクスの伝記に加えてこの本を読むことをぜひおすすめしたいです。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

その他参考書については以下の記事「マルクス伝記おすすめ12作品一覧~マルクス・エンゲルスの生涯・思想をより知るために」でまとめていますのでこちらもぜひご参照ください。

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では、早速始めていきましょう。

ダーウィンら科学思想に傾倒するマルクス・エンゲルス

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ダーヴィンとマルクス・エンゲルスについては上の記事「『種の起源』に感銘を受けたマルクス、ダーウィンに『資本論』を献本。その反応やいかに「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(53)」でもすでに紹介しましたが、その記事においてはジョナサン・スパーバーの『マルクス ある十九世紀人の生涯』を参考にしましたので、ここで新ためてトリストラム・ハントの伝記から見ていきたいと思います。時代は1859年に遡ります。

ヴィクトリア朝時代の人びとの例に漏れず、エンゲルスもチャールズ・ダーウィンの『種の起原』と自然選択による進化論に魅せられた。

「ところで、ちょうどいま僕も読んでいるところだが、ダーウィンはまったく申し分なくすばらしい」と、エンゲルスは同書が発刊されてまもない一八五九年十二月にマルクスに書き送った。

「自然における歴史的進化を、これほど壮大な規模で証明する試みがこれまでなされたことはなかったし、間違いなくこれだけのよい効果をもたらしたことはなかった。もちろん、イギリス人らしい荒削りな方法には目をつぶらなければならない」。

マルクスはこの著作がヴィクトリア朝中期の資本主義の残虐性を明らかに反映していると見なし、紛争と闘争にもとづくダーウィンの進化的発展の概念にとくに注目していたので、推奨されるまでもなかった。

「ダーウィンが動物や植物のなかに、分業、競争、新しい市場の開拓、発明、、、それにマルサス主義的な生存競争、、、、を特徴とするイングランドの社会を再発見しているところが注目に値する」と、マルクスは数年後、『資本論』を準備するためにリカードとダーウィンの著作を読み直していたときに返信している。

それどころか、マルクスはダーウィンの研究にすっかり魅了され、のちに『資本論』の一版をダーウィン邸に送り、この偉大な進化論者に進呈している。

マルクスにとっては残念なことに、〔袋とじになった〕そのぺージはほとんど切られないままに残されていた。ダーウィンは「自然科学を通して社会主義と進化論のあいだに」結びつきがあるというドイツ人の概念は、ただ単に「ばかげた考え」だと思っていた。

一八七〇年代なかばには、エンゲルス自身は哲学者ハーバート・スぺンサーを中心に形成されていた〈社会進化論〉の学派に疑念をいだくようになった。

マルクスとは対照的に、彼は動物界の進化論を人間社会に当てはめようとする試みにはずっと懐疑的だった。

獣のような状態にあるマンチェスターのプロレタリアートに関する悲惨な報告を書いた『イギリスにおける労働者階級の状態』にまでさかのぼり、資本主義の最大の罪は人を動物の状態に貶めることだというのが、エンゲルスの変わらぬ主張だった。

人間社会のなかでは、生存競争の結果―と社会進化論者が考えるもの―は、個々の人、、、、の「適者生存」ではなく、むしろ一つの階級全体の優占度なのだ、と彼は主張した。「生産階級[プロレタリアート]」は生産と流通の管理を、従来それを委ねられていながら、もはや処理しえなくなっている階級[ブルジョワ階級]から奪うのであり、そこに社会主義革命が起きるのである」

しかし、科学に関するエンゲルスの最も大きな貢献は、このダーウィン論の勝手な解釈を超えたものだった。それはむしろ、十九世紀なかばの―原子論、細胞生物学、物理的エネルギーにおける―いちじるしい科学的進歩を、マルクスとエンゲルスを最初に共産主義の啓蒙へと導いた人物と結びつけたことだった。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P368-369

ダーウィンに『資本論』を謹呈するほどの熱中ぶりだったマルクスですが、残念ながら彼は相手にはされませんでした。当時の立場の違いがはっきりと出ているエピソードです。

そして本文の最後の箇所ですが、これが重要です。

「科学に関するエンゲルスの最も大きな貢献は、このダーウィン論の勝手な解釈を超えたものだった。それはむしろ、十九世紀なかばの―原子論、細胞生物学、物理的エネルギーにおける―いちじるしい科学的進歩を、マルクスとエンゲルスを最初に共産主義の啓蒙へと導いた人物と結びつけたことだった。」

エンゲルスはここでなんと、かつて経済学と人間の歴史にヘーゲルを適用したように、今度は科学技術にまでもヘーゲルの弁証法を適用したのです。

これは一体どういうことなのか、引き続き見ていきましょう。

『自然の弁証法』の執筆~科学とヘーゲルの弁証法

バルメンの寝室でボーレのグラスを片手にへーゲルを読んでいた少年時代から、エンゲルスは弁証法の方法論をつねに称賛してきた。思考が前進したり、否定されたりする段階を経ながら、〈精神〉が最終的に自己実現する重大なプロセスである。かつてマルクスとエンゲルスは、へーゲルの弁証法を歴史、経済および国家の領域に応用したことがあった。(中略)

弁証法は封建制度からブルジョワの時代へ、そこからプロレタリア革命への歴史的推移を説明するうえでも役に立った。エンゲルスはこのとき、新たに明らかにされた自然・物理科学のプロセスにもへーゲルの手法の兆候が見つかったと考えた。(中略)

明らかに、こうしたことすべてには一冊の本が関係していた。「今朝、べッドのなかで、自然科学に関する以下の弁証法的要点が僕の頭に浮かんだ」と、エンゲルスは一八七三年に怠惰な調子でマルクスに書きだしたあと、運動におけるニュートン的問題や軌道の数学、生物と無生物の化学的性質について、うんざりするほど説明をつづけた。

娘たちの結婚の見込みが芳しくないことをはるかに懸念し、気もそぞろなマルクスは、ほとんどの点について返答しなかった。エンゲルスはそんなことはお構いなしに突き進み、プリムローズ・ヒルでの引退生活を利用して、科学の基礎問題を喜んで追究した。彼は後年こう回想している。

「実業から身を引いて、ロンドンの家に転居したとき、僕は数学と自然科学において、[ユストゥス・フォン・]リービッヒが言うように、自分で考えられる限り徹底的な脱皮をはかり、八年間のほとんどをそれに費やした」

こうした調査から、大量のメモや小論の寄せ集めが生まれ、それが象徴的な題名のつけられた『自然の弁証法』になった。

とはいえ、これは一九二七年にモスクワのマルクス-エンゲルス協会がその寄せ集めを発刊するまで、発表されなかった。

エンゲルスの遺作管理者の一人であるエドゥアルト・べルンシュタインが原稿をアルべルト・アインシュタインに見せると、科学については、とくに数学と物理で誤解があるが、そのような歴史的なメモ全体はより広い読者に読まれるにふさわしいとアインシュタインは考えた。

一八七二年から一八八三年に執筆された『自然の弁証法』は、ドイツ語、フランス語、英語が入り交じった当時の科学と技術の発展に関するメモ集である。

電気の粒子は、距離の二乗に反比例して互いに反発するとクーロンが述べると、トムソンは証明されたものとしてすんなり受け入れる〔ゴチック部分は英語、残りはドイツ語で書かれている〕」というのが、典型的な一文だった。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P370-373

この伝記ではもっと詳しくこの作品について書かれているのですが、かなりややこしく、そして長くなるので割愛します。

科学や数学が苦手な私には読んでいて頭がくらくらするようなエンゲルスの理論が続きますが、この作品は後の世界にとてつもなく大きな影響を与えるのでした。著者はそれを「二十世紀にはそれが彼の最も永続的なーかつ破壊力のある―遺産の一つ」とすら述べています。

一体この本は世の中にどんな影響を与えたのでしょうか。

『自然の弁証法』の与えた影響

エンゲルスの科学的モデルには明らかな限界があるにもかかわらず、二十世紀にはそれが彼の最も永続的な―かつ破壊力のある―遺産の一つとなっていた。

何世代もの共産主義者にとって、自然・物理科学に関するエンゲルスの著作は実験室の内外で研究を進めるための指針となっていた。

エリック・ホブズボームは、一九三〇年代に科学者たちがエンゲルスの定めた方針に自分の研究がうまく収まることを心から願っていたのを記憶している。

ソ連や共産圏では、こうした願望は政府の政策となった。科学は弁証法的唯物論の厳格な枠組内で公式に実践されており、主観論や観念論だと疑われた研究はいずれも「ブルジョワ的科学」として片づけられた。

たとえば、一九三一年の有名な論文では、ソ連の物理学者ボリス・へッセンがアイザック・ニュートンの重力に関する研究を、衰退する封建制と新興の重商主義および資本主義社会が生みだした必然的な産物だとして再解釈した。

同様に、一九七二年に東ドイツで出版されたエンゲルスの伝記は、二十世紀の科学の進歩を完全に『自然の弁証法』の観点から大真面目に説明している。「量子論の分野における発見は、物質の連続性と不連続性の統合に関する弁証法的理論を証明した。物理学の分野では、アインシュタインの相対性理論が物質、運動、空間および時間に関するエンゲルスの哲学的思惑を具体化しており、素粒子論はエンゲルスとレーニンの原子と電子の無限さに関する見解を裏づけた」

イギリスの共産主義者のあいだの科学的研究もまた、エンゲルスの体系を背景にして進められた。

一九四〇年には、『自然の弁証法』の英語版が出版され、イギリスの遺伝学者で共産主義者のJ・B・S・ホールデンが序文を書いて、弁証法がいかに「科学の社会的関係だけでなく、純粋な科学の問題にも応用しうるか」を説明してくれる。

この個人崇拝は戦後、哲学者のモーリス・コーンフォース(『弁証法的唯物論―入門講座』の著者)と少数の共産党科学者の一団がエンゲルス協会を設立すると、さらに加熱した。

「マルクス-レーニン主義の見地から科学の問題に取り組み、発展させることに関心のあるすべての科学労働者」にたいして開かれていることを意図したもので、協会の目的は科学における反動的な傾向と闘い、西側による科学知識の「誤用」に反論し、「現代の実際的な問題から乖離した、きわめて長期的目的には反対する」立場をとり、「崩壊しつつある資本主義の特徴である不可知論と無気力」に反対するものである。

ロンドン、バーミンガム、マンチェスター、マージーサイドでグループが設立され、化学、物理学、心理学、それに天文学とともに弁証法が議論された。同協会の討論の一端は、「エンゲルス協会の議事録」の一九五〇年版から覗ける。

「観念論的宇宙論に対抗して」と題された論文がそこには掲載されており、著者らはいかに「現代のブルジョワ的天文学が慢性的なイデオロギー的危機の状態に陥っているか」を嬉々として報告し、一方、ソ連の天文学は宇宙の無限という唯物論的概念にしっかりともとづいている」おかげで、とても健全であるとした。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P377-378

ソ連が崩壊して30年も経った私たちにはなかなか想像もつかない世界がそこにあったことをこの箇所から思い知らされます。

イデオロギーは科学にも適用できるのです。科学と言えば数式のような客観的なデータを連想しますが、それをもイデオロギーの世界観の下構築できるというのは驚きしかありません。

しかもそれらが大真面目に話されていたというのですから、それこそ別世界です。

共産圏の科学の枠組みにさえ影響を与えたエンゲルス、恐るべしです。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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