MENU

中澤孝之『資本主義ロシアー模索と混乱』あらすじと感想~ロシアの貧富の格差と、恐るべき経済マフィアの実態を知れるおすすめ解説書

目次

中澤孝之『資本主義ロシアー模索と混乱』概要と感想~ソ連崩壊直後のロシアの貧富の格差と、経済マフィアの実態を知れるおすすめ解説書

今回ご紹介するのは1994年に岩波書店より発行された中澤孝之著『資本主義ロシアー模索と混乱』です。

早速この本について見ていきましょう。

連邦解体から三年,歴史上はじめて資本主義国家への道を歩み始めたロシア.しかし,かつて敵の体制の象徴としてのみ理解されていた資本主義は,いま大多数の国民にとって無制限の自由を意味するにすぎない.この混乱と無秩序のなかで自らの道を模索するロシアの最新の状況を,経済,政治,社会,軍事,外交のさまざまな局面から検証する.

Amazon商品紹介ページより

前回紹介した小川和男著『ソ連解体後ー経済の現実』はソ連崩壊から2年後のロシア経済の概略を知るのにおすすめの作品でしたが、今作の『資本主義ロシアー模索と混乱』ではそこからさらに一歩踏み込んで恐るべきロシア経済の実態を学んでいくことになります。

先に言わせて頂きますが、この本を読んで私はロシアがとにかく恐ろしくなりました。

ソ連崩壊後の利権をめぐる闘争、治安の悪化は私の想像をはるかに上回るものでした。

この本が書かれたのは1994年ということでかなり前のことではありますが、今のロシアも基本的にはこの時の政治経済事情と繋がっています。ロシアに対する見方が変わってしまうほどの実態でした。

著者はそうした事実についてあとがきで次のように述べています。ロシアの実態を知る上でとても重要な箇所ですので、少し長くなりますがじっくり見ていきます。

ロシア人は極端から極端に走る民族だといわれる。「ロシア人は中庸を知らない」とロシアの哲学者べルジャーエフは言ったそうだが、真実をついている言葉である。彼らは今、社会主義から資本主義へ一気に飛び込もうとしている。あれだけ広い領土での、この大掛かりな実験は、もちろん、未曾有のものである。もはや逆戻りできないところまできた感じだ。混乱のなかで資本主義の初期の段階を通過しつつあるかに見える。だが、ロシア的資本主義(最終的には、法治主義を欠く中南米独裁型資本主義を予測する向きもあり、「エリツィンのバナナ民主主義」という表現が聞かれる)へのソフトランディングには、まだ道遠しである。それもいつになるのか皆目、見当がつかない。当分は、模索が続くであろう。

本書で私は、資本主義化のプロセスにあるロシアの現状を紹介しながら、いくつかの問題点の分析を試みた。しかし、分量的な制限もあって、すべてを網羅するわけにはいかなかった。

例えば、官僚の汚職問題。資本主義は基本的には弱肉強食の世界である。容赦のない弱者切り捨ての実態は本文でも少し触れたが、社会主義体制のなかで強者であった官僚は、引き続き資本主義化のなかでも強者であり続け、マフィアともども、法制の混乱に乗じてうまい汁を吸っている。この社会悪現象は目を覆うばかりである。

「魚は頭から腐る」という諺がロシアにあるが、最高権力者エリツィン大統領も例外ではない。イルラリオフ元大統領経済顧問が米誌『フォーブス』の記者に語ったところでは、エリツィンが自分への支持と引き替えに軍人や民間人の友人たちにばらまいた「贈り物」(税金や関税の免除、有利な融資、特権的な許可証交付など)は、すでに四〇〇億ドルにも上るという。どのようにして弾き出した数字か分からないが、とにかく巨額である。『エリツィンの手記』にも出てくるテニス・コーチに、彼は消費物資輸入の無制限・無税輸入の権利を与えた。ペトロフ前大統領府長官は、私的な投資会社設立に一億ドルもの国家資金を受け取ったとか。(中略)

ピョートル大帝の時代から「盗みはロシアの官僚の生得的な特質」とさえいわれる。だから、汚職はソ連時代にもあった。しかし、資本主義化のプロセスのなかで、それは断然増えている。生来の腐敗体質がいっきに顕在化したとも言える。官僚の贈収賄、詐欺、職権濫用のおびただしい摘発件数がしばしば発表されるが、それは氷山の一角で、弱い立場の庶民とは掛け離れたところ、官僚のあらゆるレべルで、汚職・盗みが横行しているのである。なお、第六章で触れたボルドウィレフ上院議員(「ヤブリンスキー連合」の共同議長)は一一月四日付けの『イズベスチヤ』紙とのインタビューで、エリツィンは軍幹部だけでなく、ルシコフやガイダルなど側近による汚職の証拠を隠蔽し、当局の摘発から擁護したことを示唆する爆弾発言をした。

さらに、グラスノスチ(情報公開)後のマスコミの現状についても、本文では十分に触れられなかった。インフレによって新聞・雑誌が軒並み経営難に陥り、国家補助を必要とする状況にあって、政治的な中立が困難になっていることは、大きな問題である。また、ロシアも本格的なテレビ時代を迎えていることに触れておかねばならない。本文で指摘したように、投資会社「MMM」の倒産事件は、テレビによる誇大宣伝と密接な関係があった。活字から次第に離れ、テレビを唯一の情報源としている市民が増えているだけに、テレビの影響力は甚大である。

岩波書店、中澤孝之『資本主義ロシアー模索と混乱』P233-236

ここで語られるように、この本では組織の腐敗や、少数の特権階級が不当に莫大な利権を獲得した背景、経済マフィアによる治安の悪化など様々なロシアの闇を見ていくことになります。

この本が書かれた1994年からかなり月日は経っているとはいえ、今のロシアの原型はここにあります。

ソ連が崩壊した後の恐るべきロシア経済界の実態をこの本で目の当たりにすることになります。

正直、かなり怖い本です。

私たちの考えるビジネスの常識とまるで違う世界がそこにはありました。ロシアの政治経済が「共産主義が崩壊して資本主義へ」という単純なものではないことを痛感します。

この本もぜひぜひおすすめしたい作品です。新書ということで読みやすくコンパクトにまとめられているのもありがたいです。

以上、「中澤孝之『資本主義ロシアー模索と混乱』ロシアの貧富の格差と、恐るべき経済マフィアの実態を知れるおすすめ解説書」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

資本主義ロシア: 模索と混乱 (岩波新書 新赤版 364)

資本主義ロシア: 模索と混乱 (岩波新書 新赤版 364)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
小川和男『東欧 再生への模索』あらすじと感想~ウクライナを含むソ連崩壊後の東欧経済の概観を知るのに... この本は1995年に書かれたものですが、当時の東欧事情を知るという意味では、今読んでも全く色あせない作品です。 写真も多数掲載されているので現地の姿もイメージしやすく、新書でコンパクトにまとめられているのでとてもありがたいです。 なかなか知る機会のない東欧の経済事情を知れるおすすめの作品です。 東欧諸国がそれぞれいかに独自な文化を持ち、経済事情も固有なものがあるかがわかります。それぞれを比べながら見ていけるのは読んでいてとても興味深かったです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
小川和男『ソ連解体後ー経済の現実』あらすじと感想~ソ連崩壊後の経済状況を知るのにおすすめ この本は1993年に発行されました。今からおよそ30年前の時点でロシアの経済は専門家にどのように見られていたのかを知るのにこの作品はうってつけです。 新書ということでコンパクトながらもソ連解体後のロシア経済の概略を学べるこの作品は非常にありがたいものでした。 ぜひぜひおすすめしたい作品です。

関連記事

あわせて読みたい
W・シャブウォフスキ『踊る熊たち 冷戦後の体制転換にもがく人々』あらすじと感想~旧共産圏の人々に突... この本は旧共産圏のブルガリアに伝わる「踊る熊」をテーマに、旧共産圏に生きる人々の生活に迫る作品です。 この本もすごいです・・・! ロシアに関する本は山ほどあれど、旧共産圏のその後に関する本というのはそもそもかなり貴重です。 しかも、その地に伝わってきた「熊の踊り」というのがまさに旧共産圏から「自由」への移行劇を絶妙に象徴しています。 「踊る熊」を通して私たち自身のあり方も問われる衝撃の作品です。これは名著です。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代』あらすじと感想~ソ連崩壊後のロシアを生きる人々の生の声... ソ連崩壊後の混乱を経て、なぜプーチンが権力を掌握できたのか。ロシア国民はなぜプーチンを支持しているのかということもこの本を読めばその空気感が伝わってきます。 ロシア人は何を思い、何に苦しんでいるのか。そして何に怒り、何を求めているのか。 現在のロシア・ウクライナ問題を考える上でもこの作品は非常に参考になる作品です。 この本は今のロシアを考える上で必読と言ってもいいのではないでしょうか。
あわせて読みたい
M・I・ゴールドマン『強奪されたロシア経済』あらすじと感想~オリガルヒはいかにして生まれたのか。ソ... 『強奪されたロシア経済』という、なんとも過激なタイトルではありますが、この本は陰謀論のようなものではありません。 この本はロシア経済の専門家による作品になります。この本を読んでいると、タイトルの意味がものすごくわかります。まさしく「強奪されたロシア経済」としか言いようのないロシア事情を知ることになります。かなりショッキングです。
あわせて読みたい
V・セベスチェン『東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊』あらすじと感想~共産圏崩壊の歴史を学ぶのにおすすめ... セベスチェンの作品はとにかく読みやすく、面白いながらも深い洞察へと私たちを導いてくれる名著揃いです。 この本は、世界規模の大きな視点で冷戦末期の社会を見ていきます。そして時系列に沿ってその崩壊の過程を分析し、それぞれの国の相互関係も浮かび上がらせる名著です。これは素晴らしい作品です。何度も何度も読み返したくなる逸品です
あわせて読みたい
J・モンタギュー『億万長者サッカークラブ』あらすじと感想~ロシアのオリガルヒ・アブラモビッチ氏とチ... ロシア・ウクライナ戦争をきっかけに知ることになったロシアのオリガルヒ(新興財閥)。 その中でも最近ニュースで取り上げられているのが名門サッカークラブチェルシーのオーナー、アブラモビッチ氏です。 経済制裁によってアブラモビッチ氏の資産が凍結され、それに伴いチェルシーの運営が立ち行かなくなるというニュースには私も衝撃を受けました。 この本はそんなアブラモビッチ氏とは何者なのか、そしてなぜチェルシーのオーナーとなったのかを知ることができる作品です。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次