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ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』あらすじと感想~ゴーゴリの「ペテルブルクもの」の始まり

ゴーゴリ
目次

ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』とペテルブルクもの

『ネフスキイ大通り』は1835年にゴーゴリによって発表された作品です。

私が読んだのは河出書房新社、横田端穂訳の『ゴーゴリ全集3 中編小説』所収の『ネフスキイ大通り』です。

この作品の内容に入る前にゴーゴリの代名詞でもあります「ペテルブルクもの」というものについてお話ししていきます。

ロシア文学者の川端香男里は『ロシア文学史』で次のように述べています。

ゴーゴリはウクライナからぺテルブルグヘと眼を転じ、文集『アラべスキ』(一八三五)以後、首都の貧しい芸術家や下級官吏の生活を描いた「ペテルブルグ物」と呼ばれる短篇を次々と書いた。

初期の作品で賑やかにはねまわっていた悪魔たちは一見この北の都からは姿を消したように見えるが、この文集におさめられた『ネフスキイ大通り』や『肖像画』にも魔的な力は強力に働いている。

信仰心篤い母親の影響下に育ったゴーゴリは、悪魔の力が人間を常におびやかしているという、中世以来民衆の間に深く根づいている感覚に支配されていた。地獄と死に対する恐怖がゴーゴリにとっては最も強力な情念であった。

『アラべスキ』に収められた第三の作品は、小官吏の上官の娘への不幸な恋心を扱った『狂人日記』であるが、これら三篇のペテルブルグ物に共通して見られるのは、一見華やかに見える首都の生活の空しさや虚妄の認識であり、また恋とか富への願望という情熱による人間の破滅というテーマで、いずれも後にドストエフスキイによって展開されるいわゆる「ペテルブルグの神話」テーマである。
※一部改行しました

岩波書店 川端香男里『ロシア文学史』P155-156

また、川端氏はゴーゴリと同時代の大物批評家ベリンスキイの言葉を借りて次のように述べています。

ベリンスキイは、「ぺテルブルグについては、沼の上どころかほとんど空中に建てられた都市のように考えるのがならいだった」と書いている。事実、歴史的な聖物とか民族的伝説を欠き、母なるロシアと何のつながりも持たず、強権によって人民の犠牲において人為的に作られたこのべテルブルグにロシアの民衆は不信を抱き続け、いつかは消え去ってもとの沼地にもどると信じていた。

西欧派べリンスキイはそのような考えは古びて意味がないとこのエッセイの中で論じるのであるが、「消え去るペテルブルグ」という民衆的神話はプーシキンによってすでに取り上げられ、ロシア文学の重要な主題となっていたのである。

叙事詩『青銅の騎士』、物語『スべードの女王』に始まる、べテルブルグを幻想的な現実的基盤の稀薄な都市として描くきわめてロシア的な文学伝統(いわゆるべテルブルグの神話)はゴーゴリ、そしてドストエフスキイに引き継がれることになる
※一部改行しました

岩波書店 川端香男里『ロシア文学史』P192

上の解説で述べるように、ペテルブルクは1700年代初頭にピョートル大帝によって建造された人工的な都市でした。この土地はじめじめした極寒の湿地帯で、おまけに年に何回も洪水に見舞われるという最悪の土地でした。

しかしピョートル大帝はロシアの伝統的な首都モスクワを嫌い、無理をしてでもヨーロッパへの窓口なる新たな首都を築こうとしたのです。

それがサンクトペテルブルクだったのです。

この辺りの顛末は以前私のブログでも紹介しました以下の記事をご参照ください。

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そしてそのようなサンクトペテルブルクを舞台に幻想的な物語を生み出したのがロシアの国民詩人プーシキンでした。ゴーゴリはプーシキンを深く尊敬し、彼の教えを直接受けていたほどでした。

そのプーシキンが描いたのが『青銅の騎士』『スペードの女王』というペテルブルクものの元祖となる作品でした。

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ゴーゴリはプーシキンの影響の下、彼独自のペテルブルクの姿を描いていくことになります。それが今回紹介する『ネフスキイ大通り』という作品になります。

ゴーゴリの「ペテルブルクもの」は彼の実体験と深いつながりがあります。

ゴーゴリはウクライナ地方の生れで、俳優や作家になることを夢見てペテルブルクへ上京してきました。しかし彼がそこで体験したのは思い描いていた華やかな生活とはまるで違ったものでした。

『ゴーゴリ全集3』の巻末解説には次のように述べられています。

 華やかな前途を夢みてウクライナの田舎から出てきた青年ゴーゴリに首都ペテルブルグは決して甘い顔を見せなかった。ゴーゴリはこの間、苦しいが、しかし、やがて作家として立つ上で貴重な、多くの体験をした。

 華やかに見える首都生活の内実の空しさを彼は知った。大貴族、大官僚、大商人から小役人、職人、手代、丁稚にいたる各階層の生活のちがいを知った、田舎でよりも一層拡大された人間の卑俗性(権勢欲、名誉欲、金銭欲等)をはっきりと見た、そして周囲の環境に圧しつぶされた小さな人間たちの悲しみと屈辱感、社会的不正、不平等にたいする抗議の感情をも分け味わった。

 ゴーゴリが首都生活から得たそれらのものが、この「ぺテルブルグ小説」では主要モチーフとなって展開されているといっていいだろう。

河出書房新社、横田端穂訳『ゴーゴリ全集3 中編小説』P387

華やかな都会で華々しく活躍することを夢見たゴーゴリが味わった挫折や幻滅が「ペテルブルクもの」には色濃く影響しているのです。

『ネフスキイ大通り』の概要とあらすじ

この作品はサンクトペテルブルクで最も賑わうメインの大通りである「ネフスキイ大通り」を舞台にした物語です。

現代のネフスキイ大通り Wikipediaより

この物語はこんな言葉から始まります。

ネフスキイ大通りよりりっぱなものは、少なくともぺテルブルグには何ひとつない、この都にとって、この大通りは一切をなしているのだ。都の花ともいうべきこの通りに輝かしくない何があるだろう!この都に住むあまりぱっとしない、役所勤めの連中にしろ、だれ一人、このネフスキイ大通りを、どんな仕合わせをもってしても、取り替えようなどとはしないだろうことを、わたしは知っている。見事なひげな生やし、すばらしい仕立てのフロックコートを着た、生まれてまだ二十五歳の青年ばかりではない、顎には白毛がとび出し、頭は銀の皿のようにつるつるした者までが、このネフスキイ大通りには有頂天になっているのだ。では、婦人たちにとっては!おお、婦人たちにとっても、このネフスキイ大通りは更にいっそう快適なのだ。

河出書房新社、横田端穂訳『ゴーゴリ全集3 中編小説』P7

ネフスキイ通りは不思議な魅力を持った通りで、誰しもがこの通りにうっとりさせられてしまうとゴーゴリは言います。

しかしこの華やかな通りに騙されてはいけない。ここではあらゆる不思議なことが起こるのだと彼は言い、物語が始まっていくのです。

この物語では夢想家の青年画家と現実的で俗っぽい中尉の2人が主人公となっています。ただ、2人の物語は前半、後半で分けられていてそれぞれ違ったエピソードが語られていきます。

特に前半の青年画家の物語はペテルブルクという幻想に憑りつかれ狂っていく様がゴーゴリ特有のユーモア交じりのリアルな文体で描かれていてなかなかに強烈です。

そしてこの小説の最後にゴーゴリはこんなことを語ります。

おお、このネフスキイ大通りを信じてはいけない!わたしはそこを通るときには、いつも自分のマントにしっかりとくるまって、行きあうものにまったく目をくれないように努めている。すべてが欺瞞であり、すべてが幻であり、すべてが、見かけとはちがうのだ!(中略)

もっと離れて、どうぞ、街燈のところからもっと離れて!そうして、できるだけ足早に、急いでそのそばを通りすぎてしまうことだ。諸君の粋なフロックコートに街燈の臭い油をかけられることをまぬかれるだけでも仕合わせというものだ。しかも、街燈ばかりじゃない、すべてが欺瞞に満ちている。このネフスキイ大通りというやつは、いつだって人をだますのだが、わけても宵闇が濃く通りの上に垂れこめて、家々の白い壁や浅葱色の壁をくっきりと浮きたたせ、町じゅうが、とどろきと閃きに変わり、無数の馬車が橋々から押しよせて来、御者たちがわめき、馬車の上で跳びあがるとき、または悪魔が、すべてを真実の姿でなく示そうとしてランプに灯をともすときに、いちばん多く、人をだますのである。

河出書房新社、横田端穂訳『ゴーゴリ全集3 中編小説』P58-59

幻想的な都市ペテルブルク。

そのイメージがプーシキンからさらに進められたのがこの作品です。

ゴーゴリはこの作品をきっかけにいくつもの「ペテルブルクもの」を執筆していくことになります。

そしてそれらの作品群がドストエフスキーにも大きな影響を与えていくことになったのです。

以上、「ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』あらすじと感想~ゴーゴリの「ペテルブルクもの」の始まり」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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