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ディケンズの集大成!晩年の傑作『大いなる遺産』のあらすじと解説
チャールズ・ディケンズ(1812-1870)Wikipediaより
今回ご紹介するのは1860年から61年にかけてディケンズによって発表された『大いなる遺産』です。私が読んだのは新潮文庫の加賀山卓郎訳の『大いなる遺産』です。
では早速裏表紙のあらすじを見ていきましょう。
優しい鍛冶屋の義兄ジョーに育てられている少年ピップは、あるクリスマス・イヴの晩、脱獄囚の男と出会う。脅されて足枷を切るヤスリを家から盗んで与えた記憶は彼の脳裏に強く残った―。長じたある日、ロンドンからやってきた弁護士から、さる人物の莫大な遺産を相続することを示唆されると、貧しいながらも人間味ある生活を捨て去り、ピップは大都市ロンドンへと旅立つのだった……。(上巻)
ロンドンへ到着し、遺産に相応しい紳士となるべく、贅沢な生活を送るピップ。花嫁衣裳を着て隠遁生活を送る老婦人ハヴィシャム、その養女でピップを魅了するエステラ、再び姿を現した元脱獄囚マグウィッチなど、ピップは周囲の人々の思惑に翻弄される。その危うい運命はどこへ通じているのか。痛烈なユーモアと深い情感で、人問世界の悲喜交々を描いた、イギリス最大の文豪の代表的傑作長編。(下巻)
Amazon商品紹介ページより
この物語は少年ピップの成長物語です。貧しいながらも人間味ある生活をしていたピップはふとしたことからお金持ちの令嬢エステラに恋をします。
エステラへの恋は贅沢な暮らしへの憧れへとつながり、やがてピップに貧しい生活を捨てさせることになります。
しかし謎の遺産を相続することになりお金持ちになったピップは次々と謎の出来事に巻き込まれ、彼の「大いなる遺産」はますます謎めいたものとなっていきます。
「大いなる遺産」とは一体何なのか。誰からの遺産なのか。そしてピップはどうなってしまうのか。最後の最後まで息をつかせぬストーリ―で私たちを楽しませてくれます。
訳者の加賀山氏によれば、
『大いなる遺産』はディケンズの作風や技巧のいわば集大成であり、しかも物語として抜群におもしろいから、翻案も含めて、くり返し映画やドラマや舞台の原作に使われているのもうなずける。
新潮文庫 加賀山卓郎訳『大いなる遺産』P420
とのことで、この作品は数あるディケンズ作品の中でも特に人気のある作品のようです。さらに、
『大いなる遺産』は、ピップの成長を描いた教養小説であり、恋愛小説、ミステリー小説、犯罪小説、そして冒険小説でもある。今回訳してとくに感じたのは、テムズの川下りの場面が思いがけず長く丹念に描かれていることだった。冒険小説の人気の舞台のひとつは海洋だが、川でもこれだけ読者をワクワクさせることができるのだ。
新潮文庫 加賀山卓郎訳『大いなる遺産』P420
と述べています。
たしかに物語後半の川下りのシーンはものすごい緊張感があり、ページをめくる手が止まりませんでした。
感想~ドストエフスキー的見地から
『大いなる遺産』も『二都物語』と同じく、ドストエフスキーによる直接の言及はありません。
ですが、これは私の個人的な感想なのですが少しドストエフスキーの『未成年』に通ずるものがあるのではないかと感じました。
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ドストエフスキーのかつての理想郷「ヨーロッパ」の没落と、ロシアの混沌。
そんな八方ふさがりの悲惨な状況の中で何が人々を救いうるのか。それをドストエフスキーはこの作品で読者に問いかけます。
そしてこの作品で提出された問題はその後ますます熟成し最後の大作『カラマーゾフの兄弟』へと組み込まれていきます。
『未成年』は他の作品と比べると影が薄い作品となってしまっていますが、思想的な意味では非常に重要なものを含んだ作品です。
加賀山氏もあとがきで次のように述べています。
『大いなる遺産』に小説としての深みがあるもうひとつの理由は、〝語り〟である。主人公の一人称という叙述法は、自伝的要素の強い『デイヴィッド・コパフィールド』でも採用されたが、『大いなる遺産』では、大人になったピップの視点からたびたび昔の出来事を振り返り、若い自分の行動に対する感想を挿入している。それが大きな効果を発揮するのは、財産を得たあとにつれなく接してしまったジョーとビディに対する悔悟で(27章、57章など)、語りに内省的、多層的な味わいがある。ジョーやビディとたんに仲がいいだけでなく、諍いも不和も織り交ぜながら離別と再会を描いているところに、お伽噺ではない小説としての奥深い魅力が生まれている。
新潮文庫 加賀山卓郎訳『大いなる遺産』P424
ドストエフスキーの『未成年』も主人公の青年が自らの少年時代から過去を振り返る形での一人称小説です。
そして自らの境遇の謎を周囲の奇妙な人間関係や出来事から解き明かしていくというスタイルになっています。
『大いなる遺産』でもそうですが、このような小説スタイルは主人公の悩みや葛藤、心の揺れ動きがありありと見てとれます。
そのため読んでいる私たちはより主人公に感情移入しやすい状態になっていきます。
この小説はそんな主人公が様々な奇妙な出来事を経験しながら成長し、自らの謎、この小説では「大いなる遺産」の全貌を解き明かそうと奮闘する姿が描かれていきます。
ディケンズ晩年の円熟した技量が光る作品です。
ネタバレになるのでここには書きませんでしたが「大いなる遺産」の正体はかなり意外なもので、ディケンズにしてやられたな感が満載でした。
これまでのディケンズとは一味違ったひねりを加えてきます。
上下2巻構成で、手に取った時はちょっと長いかなと思ったりしましたが読み始めてしまえばあっという間でした。さすがディケンズです。
晩年の傑作『大いなる遺産』、こちらもとてもおすすめです。
以上、「ディケンズ晩年の傑作『大いなる遺産』あらすじと感想~巨万の富が少年の人生を狂わせる!?」でした。
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大いなる遺産(上)(新潮文庫)
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