シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』あらすじと感想~『地下室の手記』に着目したドストエフスキー思想の古典
シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』概要と感想~ドストエフスキー思想の古典
本日は現代新潮社出版の近田友一訳、シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』をご紹介します。
この本は1903年にロシアで出版され、日本では1934年に刊行されるやいなや日本の知識人に大きな影響を与え、「シェストフ的不安」という造語が作られるほど流行しました。まさにドストエフスキー思想の古典というべき著作であります。
さて著者のシェストフは1866年にキエフで生まれたロシア系のユダヤ人の哲学者で、1917年のソビエト革命の影響でフランスへ亡命しています。
フランスではソルボンヌ大学で教鞭を取り、フッサールやハイデガーなどの著名な哲学者とも交友がありました。
裏表紙の作品紹介を見ていきましょう。
存在の基盤を失い、科学と道徳によってしりぞけられた人間にも、はたして希望は存在するか?ロシア最初の実存主義といわれ、袋小路に追いつめられた、理性の王国からの脱出に一生を賭けた鬼才シェストフの力作
現代新潮社出版 近田友一訳、シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』
この著作の特徴は書名にもありますように「悲劇の哲学」を提唱し、ドストエフスキー思想の鍵は彼の中編小説『地下室の手記』にあると述べたところにあります。
この『地下室の手記』はドストエフスキーの作家人生におけるちょうど中間の時期にあたります。 しかもこの作品をきっかけに、後の作品はすべてこの作品の思想の影響を強く受けたものになっているとシェストフは述べます。
この小説の翌年に書かれたのがあの『罪と罰』で、ここからドストエフスキーの壮大な長編小説群が生み出されていくのです。
では、シェストフの語る「悲劇の哲学」とはどのようなものなのでしょうか。
ものすごくざっくりと説明しますと、「理想主義」の否定ということになります。
彼の言う理想主義とは先程紹介した裏表紙の作品紹介にありますように、科学と道徳に基づくヒューマニズムに基礎があります。
それは人間の理性に絶対の信頼を置き、科学のようにあらゆるものは理路整然と把握できると考えることを指します。人間の理性によって合理的に考えられた道徳があれば人類は幸福になれるはずだと考えるのです。
つまり、理想主義とは人間の幸福は人間の理性的な判断によって導かれ、科学の発達した今では、より人間は完成されていくことだろうという思想です。
これが理想主義のざっくりとした内容です。
そしてこれまで確固たるものとして存在していた理想主義が単なる幻であり、そこにはもはや人間の希望は残されていないというのがシェストフの「悲劇の哲学」なのです。
面白いことに、シェストフによればこの理想主義の代表者として挙げられるのが同じくロシアの文豪トルストイなのです。
トルストイは「よい人間になるためには何をすべきか」を大きなテーマに据えて作品を書いています。
優れた理性による優れた教えが人をよい人間に導く。よい教えがあれば人はそれに従いよくなっていくのだというのが彼の思想です。(※もちろん、これだけがトルストイの全思想というわけではありませんが)
トルストイはドストエフスキーのような「人間は理屈じゃない!悪いとわかっていても不合理なことをしでかすものだ!」という思想とは相容れない思想の持ち主です。
こういう意味でもドストエフスキーとトルストイという二大文豪を比較してみるのも非常に興味深く思えます。
さて、シェストフによればドストエフスキーはもともと熱烈な理想主義者であり、それが完膚なきまでに破壊され、理想主義に背を向けたことがはっきりと見受けられる転換点がこの『地下室の手記』という中編小説であると述べているのです。
ドストエフスキーはこの小説の中でそんな理想主義を「二二が四」の理屈であるとして非難します。私は以前、「回想の世界一周~宗教は人が作ったものなのか、それとも・・・」の記事の中で次のようなことを述べました。
宗教は人間の理性のみでできているのではありません。「二二が四」のような合理的論理的な数学理論とは異なるものです。言い換えるならば、「理屈じゃない」ということです。
「理屈じゃない」と言ってしまうと途端に怪しい印象を感じてしまいがちですが、人間はそもそも不合理な存在です。
「こうすればこうなる。あれをすればうまくいく」、そう考えていてもそれとは反対のことをしてしまったり、実行してもその通りにいかないのは皆さんも経験済みだと思います。
「わかっちゃいるけどやめられない」
もし人間が「二二が四」のような合理的な存在であるならば、そのようなことは起こりえないはずです。
回想の世界一周~宗教は人が作ったものなのか、それとも・・・
私が以前の記事でこう述べたのは、まさしくドストエフスキーの『地下室の手記』における悲劇の哲学にその影響を受けています。
ドストエフスキーの思想を研究する上で『地下室の手記』が特に重要視されるようになったのもシェストフの思想による影響が大きいとされています。そのためシェストフの『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』はドストエフスキー研究の古典として高く評価されています。
『地下室の手記』と合わせて読むことでドストエフスキー思想の研究に役立つ作品です。
以上、シェストフ『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』でした。
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