有馬哲夫『ディズニーとライバルたち』あらすじと感想~ミッキーは無から創造されたのではないことを知れるおすすめ本
有馬哲夫『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』概要と感想~ミッキーは無から創造されたのではないことを知れるおすすめ本
今回ご紹介するのは2004年にフィルムアート社より発行された有馬哲夫著『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』です。
早速この本について見ていきましょう。
ディズニーとそのライバルたちが、いかに競い合い、互いに影響を与え合ってきたかを論じ、アメリカのアニメーションの歴史を振り返る。アニメーション・スタジオ間の攻防の変遷を、逸話やエピソードを交えて紹介。
Amazon商品紹介ページより
本書はウォルト・ディズニーが生み出したミッキーマウスとそれを取り巻くアメリカのアニメ業界との関係性について学べる作品です。
ミッキーマウスはこちらの『蒸気船ウィリー』によって1928年に世間にお披露目されることになり、音楽とアニメを完全に融合させた「トーキー映画」の走りとしてこの作品は高い評価を受けました。
そしてウォルト・ディズニーが生み出したこのキャラクターは世界を席巻し、ディズニーはアニメ界の頂点に君臨することとなります。
しかし本書ではこのミッキーのデビューについてこんな刺激的な言葉から始まります。
★……はたして「一匹のネズミから始まった」のか
ウォルトは、自分が始めたスタジオの歴史を紹介するにあたって、「すべては一匹のネズミから始まった」とよく言った。この言葉は、彼のほかの多くの言葉と同じように、事実に照らして正確とはいえない。
〈ミッキー・マウス〉の前に〈ラッキーうさぎのオズワルド〉がいたし、その前にも〈少女アリス〉や〈猫のジュリアス〉もいた。映画ではないものでは、歯科医師に頼まれて作ったコマーシャル・フイルムがあり、そのなかに〈トミー・タッカー〉というキャラクターが登場していた。ウォルトがアニメーション製作者として大きな一歩を踏み出したのは、あとで見るようにミッキー・マウス・シリーズではなく、『ラッキーうさぎのオズワルド』(Oswald the Luckey Rabbit)よりさらに前の『アリス・コメディーズ』(Alice Comedies)シリーズによってだった。
フィルムアート社、有馬哲夫『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』P20
ディズニーランドの始まりはたしかにミッキー・マウスの誕生からかもしれませんが、ミッキーというキャラクター自身も無から生まれたわけではありません。ミッキーが生まれるまでにウォルト自身も数々のキャラクターを手掛けていました。
さらに言えばこれらのキャラクターもウォルトが無から創造したのではなく、当時の映画やアニメ業界からインスピレーションを受けて(露骨に言えば模倣して)制作したものでした。
そうです。ミッキーマウスも世界の相互作用の結果生まれてきた存在なのです。ある日突然天才ウォルトの脳内に浮かんできた唯一無二の存在ではないのです。本書ではミッキーマウスが生まれる背景となったアニメ業界の内幕や先行キャラクターを詳しく見ていきます。
その中でも強い存在感を放っていたのがこちらの『フィリックス ザ キャット』です。チャップリンの動きを取り入れたこのキャラクターはサイレント・アニメとして大ヒットし、アメリカ中を席巻していました。
ウォルトは明らかにこのキャラクターからも強い影響を受けています。
ですがこうした強力なライバルがすでに存在していたにも関わらず、なぜミッキーマウスが圧倒的な人気を得ることになったのでしょうか。
このことについて著者は次のように述べています。
この作品はアメリカのアニメーション史上の大きな転回点となった。ただし、この作品の意義は、最初であったとか、他に先んじていたということにあるのではなく、音と絵との一致に完璧を期すことによって、サウンドトラックの魅力を最大限に活かし、これまでのカートゥーン・メディアにはなかった新しい表現力を獲得したことにある。(中略)
ディズニーは、これまでさまざまな技術や新機軸や装置を「初めて使った」あるいは「発明した」と主張してきたが、そのほとんどは「初めて活かし切った」というのが事実だ。日本では、ディズニー側の主張を鵜呑みにされているばかりか、雑誌メディアなどもさらに誇張を加えたりするために、誤った認識が広まってしまっている。
とはいえ、前にも述べたように、「初めて活かし切った」ということは、それによって新しい表現を実現したということで、それは「初めて使った」とか「発明した」ということより重要だ。それはカートゥーン・メディアに新しい力を与え、これまでとはまったく違ったサウンドトラック・アニメーションを出現させたということを意味する。
フィルムアート社、有馬哲夫『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』P32
「世界初のトーキー映画だから『蒸気船ウィリー』は歴史的な事件となりミッキーが大人気となった」と言われがちですが、実際のところ、音楽とアニメを融合させた作品は当時のアニメーション・スタジオがこぞって導入していたものだったのです。ウォルトの発明でも専売特許でもありません。
ですがウォルトはこのシステムを「初めて活かし切った」のです。しかも他の追随を許さぬほどの圧倒的なクオリティーをもってそれを実現したのでありました。ここにウォルトの偉大さがあります。
ただ、そうなってくると次のような疑問も浮かんできます。「なぜウォルトだけそんなことができたのだろうか、そしてそれを真似する人は出てこなかったのだろうか」と。
まさしく本書ではこのことについても語られます。
それにしても、なぜウォルト以外のアニメーターは、このように絵と音がぴったり一致した作品を、それまで作らなかったのだろうか。
ディズニー以外のスタジオは、音さえ入れればいいと考えて、音と動きがバラバラでもあまり気にかけなかった。彼らにとって、アニメーションはビジネスだった。「幕開け」(curtain raiser)と呼ばれるアニメーションは、しょせん最後に上映される「本編」(feature)と呼ばれる実写の長編映画の添え物で、それだけでお客が呼べるようなものではなかった。だから、興行収入も限られていた。収入が限られているので、質を高くしても引き合わないということになり、質の悪いものを安く作る方向へと向かった。こうしたことから、多くのアニメーション製作者たちは、ウォルトのように完成度にこだわったりはしなかった。当時の状況では、こだわるほうがむしろおかしいのだ。
フィルムアート社、有馬哲夫『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』P33
「それにしても、なぜウォルト以外のアニメーターは、このように絵と音がぴったり一致した作品を、それまで作らなかったのだろうか。」
この問いは非常に重要です。なぜなら、ウォルトの伝記やディズニーの解説書ではなかなかこのことについては目が向けられないからです。ウォルトの偉業やミッキーの人気にどうしても視線が集中するため他の業者がどのような状況にあったかまではなかなか語られないのです。ですが本書は私が知りたかったウォルトの生きた時代や業界事情をまさに詳しく見ていくことになります。
『蒸気船ウィリー』が大ヒットし、その後もミッキーマウスシリーズが快進撃を見せたのも、こうした他者には真似できないウォルトの完璧さに対するこだわりがあったからでした。「当時の状況では、こだわるほうがむしろおかしいのだ。」という時代背景があったからこそウォルトの作品は人気になれたのです。
ただ、もちろんこうしたやり方は採算度外視で、ウォルトのスタジオはいつも財政危機でした。ウォルトを支えた兄のロイはいつも金策に走っています。それでもウォルトは金に糸目をつけずクオリティーを追い求めたのでありました。こんなことは他の会社ではまず不可能でした。ここにもウォルトの独自性があります。
ウォルトは他のクリエイターと同じく、チャップリンやバスター・キートン、フィリックス ザ キャットを模倣し自らのキャラクターに取り込みました。ここまでは他の無数のアニメイターと何も変わりません。しかしそこから彼は他者とは全く異なるスタイルを編み出したのでした。それがアニメと音楽の完全な融合という絶対的なクオリティーです。
つまりウォルトはミッキーマウスという強力なキャラクターを無から生み出したから偉大なのではなく、他者の作品を学び、そこから既存の技術を極限まで活かし切り、圧倒的なクオリティーを成立させたからこそ偉大なのでありました。先行キャラクターやしのぎを削るライバル業者たち、そしてそれらをとりまく経済的、文化的な時代背景があったからこそのウォルトでありミッキーマウスなのでした。
こうした先行研究の蓄積や同時代のライバルたちとの戦い、時代背景による後押しはまさにあのマルクスを連想してしまいます。
『共産党宣言』、『資本論』などで有名なドイツの思想家カール・マルクスもまさに先行文献を鬼のように研究し、さらに同時代の思想家や革命家たちと論戦しながら自身の思想を磨き上げた人物です。そして歴史のうねりも彼に味方しました。
マルクスもその礼賛者からは『資本論』という聖典を生み出した偉人として讃美されますが、そのマルクス自身も無からその理論を生み出したわけではありません。むしろ彼の理論の大部分は先行研究や同時代の論客の理論に拠っています。
これはあらゆる思想や文化にも同じことが言えるでしょう。
イエス・キリストも当時のユダヤ教文化の中から生まれています。ムハンマドもアラブ世界の文脈から生まれました。仏教の開祖ブッダもインドのバラモン教世界を抜きにしては考えられません。
ウォルト・ディズニーをこれら宗教の開祖と同列に語るのは不適切かもしれませんが、これら偉大な開祖ですら時代背景や先人の教えとは無縁ではいられないのです。であるならばウォルトもマルクスも、そして私たち一人一人もこうした背景とは決して無縁ではいられません。だからこそ時代背景を学ぶ意味があるのだと私は思います。
本書ではウォルトを取り巻くこうした時代背景、業界事情を詳しく知ることができます。他と比べるからこそウォルトの独自性がより際立って見えてきます。
また、ミッキー・マウスのライバルとして登場してくるトムとジェリー、ウッディー・ウッドペッカー、ポパイ、バッグズ・バニーなどなど私達にもお馴染みのキャラクターについても本書では知ることができます。こちらもアメリカのアニメーションの流れを知る上で非常に興味深いものがあります。
本書はとにかく盛りだくさんです。普通のディズニー解説書とは一味違った魅力が満載のおすすめ本です。やはり時代背景を知れるのは面白い!ぜひぜひおすすめしたい一冊です。
以上、「有馬哲夫『ディズニーとライバルたち アメリカのカートゥーン・メディア史』~ミッキーは無から創造されたのではない」でした。
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