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A・エヴァリット『キケロ もうひとつのローマ史』あらすじと感想~古代ローマの哲学者キケロのおすすめ伝記!

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A・エヴァリット『キケロ もうひとつのローマ史』概要と感想~古代ローマの哲学者キケロのおすすめ伝記!

今回ご紹介するのは2006年に白水社より発行されたアントニー・エヴァリット著、髙田康成訳の『キケロ もうひとつのローマ史』です。

早速この本について見ていきましょう。

出版社からのコメント

前1世紀に活躍したローマ最大の弁論家・政治家・哲学者キケロは、ローマの被征服民であるヴォルサイ族の子孫として生まれ、弁論術を学ぶためギリシア、小アジアで修行を積んだ後、シチリアの属州総督ウェッレスに対する弾劾演説で一躍有名になる。その後、カティリーナによる国家転覆を未然に防いだ功績に対して、元老院から「祖国の父」の称号を得るが、皮肉にもこの裁判に対する訴追によって、上り坂の人生から一転して追放の憂き目にあい、波乱の幕が開ける……。

これまでキケロは、カエサルやアントニウス、オクタウィアヌスのような華やかな存在の影に隠れて、「脇役」的存在に甘んじてきた。本書は、このような扱いを受けることが多かった彼を主役に据え、その激動の生涯を通して古代ローマの世界を生き生きと描き出す。また、歴史的な名言をはじめ、演説や友人への手紙を随所に織り込みながら、人間キケロを鮮やかによみがえらせることにも成功している。

権力とは何か……キケロの経験を通して現代の政治状況をも知る、まさに好個の書。

内容(「BOOK」データベースより)

ローマ最大の弁論家・政治家・哲学者キケロ。カエサルやアントニウスとの不和、歴史的な名言、演説、手紙を織り込みながら、その激動の生涯を生き生きと描く。

Amazon商品紹介ページより
マルクス・トゥリウス・キケロ(前106-前43)Wikipediaより

キケロは古代ローマの哲学者、弁論家として有名ですが、彼はあのカエサル(前100年頃~前44)とまさしく同じ時代を生きた政治家でもありました。

私もキケロといえば哲学者というイメージがあったので政治家キケロというのはなかなかピンと来ませんでした。しかも独裁を狙ったカエサルに対して共和制を守るために最後まで闘っていたというのですから驚きです。

ローマ帝国と言えばカエサルというイメージが強い中、この本では主人公キケロを中心にローマ史を見ていきます。英雄の物語ではなく、ある意味敗者と言ってもいいキケロから見た古代ローマを見ていけるこの作品は非常に興味深いものがありました。

この作品について訳者あとがきでは次のように述べられていました。

本書はいわゆる学術書ではありません。しかしいわゆる歴史小説では、なおさらありません。索引や参考文献などという、ものものしい装備からも分かりますように、典拠などに関して学術書が守るべき最低限のお作法をわきまえており、その意味では歴史小説から遠い存在です。しかし学術書にありがちな、色気も何もない平板な叙述から自由であるという意味では、歴史小説に近い存在と言えるかもしれません。このような学術とジャーナリズムとの兼ね合いがよかったものでしょうか、本書は英米でよく売れ、イタリア語、ドイツ語、オランダ語そして韓国語に翻訳されております。(中略)

いうまでもなく、キケロの伝記はさまざまな言葉で書かれて、嫌というほど存在します。ほとんどフィクションに近いものから、徹底的に学術的なものまでさまざまです。勝手に学者の端くれと自らを任じるわたくしは、後者に関心を寄せても、前者の小説的あるいはジャーナリスティックな読み物には当然あまり興味がありません。

そうは言うものの、この国の圧倒的なカエサル人気には困ったものだと、無力で知的自惚れに満ちた学者的ぼやきを繰り返していることも事実で、それは告白せねばなりません。できることなら、人気作家の筆力をもってカエサルの一人勝ちという異常事態を変えることはかなわないものか。本書の原書を白水社の求めに応じて一読したとき、ひょっとしたらこれはその役割を果たすかもしれない、という思いが私の脳裏をかすめました。

権力と女と金と、すなわち英雄が好むとされるものすべてにカエサルは手を染め、そして手にしますが、わがキケロはというと、権力を除いてそれらすべてにほとんど縁がありませんでした。しかも権力についても、それを一手に独り占めしようとする独裁者カエサルと、あくまで権力を分散・共有しようとする共和政の理想に燃えるキケロは、およそ格好良さが違います。キケロの伝記作家はカエサルのそれと比べて、最初からハンディを負っているようなものです。

しかし物語における美学的優劣の問題と、政治における権力のあり方の問題は別にして考えなければなりません。美と政治は分けるべし、というのが東西の歴史が共通に教えるところでもあります。一人の人間が権力を独占する政治形態(君主制ないし専制)は、あるいは華麗に心を打ち(名君)あるいは残酷に心を震撼させて(暴君)、物語としてはまことに魅力的ではあります。しかし、物語的ないし美学的にははなはだぱっとしない構造を持つ共和政ではありますが、政体論の歴史と理論という観点からすれば、きわめて重要なものであることはいうまでもありません。そのローマに発する起源と歴史的展開については、本書に語られているとおりであり、しがない訳者としては、これ以上の贅言は控えるべきでしょう。
※一部改行しました

白水社、アントニー・エヴァリット、髙田康成訳『キケロ もうひとつのローマ史』P491-492

「そうは言うものの、この国の圧倒的なカエサル人気には困ったものだと、無力で知的自惚れに満ちた学者的ぼやきを繰り返していることも事実で、それは告白せねばなりません。」

訳者がこのように述べるのは要注意かもしれません。

たしかに私たちはローマ帝国といえばカエサルを連想してしまいますし、「ルビコン川を渡る」、「来た、見た、勝った」などの英雄的な物語につい夢中になってしまいます。

圧倒的なカリスマが敵をばったばったとなぎ倒していき、その見事な決断力で世界を変えていくというストーリーに私たちは抗えません。

ですがその魅力的な英雄物語の陰で何が起きていたのか。私達がそのことを知る機会に恵まれることはなかなかありません。

そこで登場したのがまさにこの作品になります。

キケロは共和制を守り、独裁を防ぐことに生涯腐心しました。ですが彼が守ろうとしていた共和制システムもすでに腐敗しきっていて機能不全。八方塞がりの中で彼は戦いを続けていかなければならなかったのでした。この難しい舵取りの中でキケロは悩み続けることになります。

しかも最後にはカエサルの後を継いだアントニウスの刺客に殺害されるという衝撃的な結末で幕を閉じます。このアントニウスはシェイクスピアの悲劇『アントニーとクレオパトラ』のあのアントニーです。

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この作品ではカエサルの古代ローマとは一味違う、「もうひとつのローマ史」を知ることになります。

この本を読んでいていかに古代ローマが機能不全だったのかということを突き付けられました。ですがそれを破壊するのではなく、なんとか回復させようとするキケロの奮闘がこの本では語られます。

私は以前、「ペトラルカ『ルネサンス書簡集』キケローへの手紙がとにかく面白い!ルネサンスを代表する文学者の文学愛とユーモアとは」の記事でキケロについて言及したことがありました。

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ルネサンスの偉人ペトラルカはキケロを崇拝していましたがこの作品でその優柔不断さをユーモアを交えて指摘していました。

ですがこの伝記を読んでいたら「そりゃキケロも大変だったろうに」と気の毒になりました。英雄カエサルに対してキケロは非常に人間くさいです。人間ならではの弱みがあるのも彼の魅力かもしれません。そのことが分かっているが故のペトラルカの言葉なのだなと改めて実感しました。

独裁を目指したカエサル。それに対し共和制を守り、立て直そうとしたキケロ。

この本はこの2人の立場の違いがはっきりとわかる作品です。普段あまり顧みられることのない敗者の視点から見たローマを知れる貴重な作品が本書『キケロ もうひとつのローマ史』になります。これは刺激的でした。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「A・エヴァリット『キケロ もうひとつのローマ史』古代ローマの哲学者キケロのおすすめ伝記!」でした。

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キケロ もうひとつのローマ史

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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