ホメロス『オデュッセイア』あらすじと感想~トロイア戦争の英雄、知略縦横のオデュッセウスの帰国冒険物語
ホメロス『オデュッセイア』あらすじと感想~『イリアス』の後日譚~トロイア戦争の英雄、知略縦横のオデュッセウスの帰国冒険物語
今回ご紹介するのはホメロスによって作られた『オデュッセイア』です。この作品は紀元前750年頃に成立したとされる(※諸説あり)『イリアス』の後に成立したとされる作品です。
早速この本について見ていきましょう。
トロイア戦争が終結。英雄オデュッセウスは故国イタケへの帰途、嵐に襲われて漂流、さらに10年にわたる冒険が始まる。『イリアス』とともにヨーロッパ文学の源泉と仰がれる、ギリシア最古の大英雄叙事詩の、新たな訳者による新版。(上巻)
(下)には第一三歌から第二四歌を収める。怪物たちとの戦いや冥界訪問など、オデュッセウス自身の語る奇怪な漂流冒険譚は終わりを告げて、物語はいよいよ、オデュッセウスの帰国、そして復讐というクライマックスへと突き進んでゆく。(下巻)
Amazon商品紹介ページより
トロイア戦争を題材にした神話『イリアス』については前回の記事でご紹介しました。
そして今回ご紹介する『オデュッセイア』はその後日譚とも言える作品となっています。
今作の主人公はトロイア戦争でも大活躍した智将オデュッセウス。彼の活躍ぶり、有能ぶりは「堅忍不抜のオデュッセウス」「知略縦横のオデュッセウス」と呼ばれるようにずば抜けたものがありました。
そのオデュッセウスがトロイア戦争を戦い抜いた後、自分の故郷へ帰ろうとするのですが様々なトラブルに遭うことになります。そして幾多の冒険を経て、何とか家に帰り着き、家を荒らす暴漢たちをやっつけてめでたしめでたしというのが大まかなあらすじになります。
では、この作品について例のごとく阿刀田高著『ホメロスを楽しむために』の解説を見ていきましょう。
十年間続いたトロイア戦争はギリシア方の勝利に終わり、生き残った武将たちは軍船に戦利品を積み込んで、懐しい故郷へと急いだ。
遠征軍きっての智将オデュッセウスの故国はイタキと呼ばれ、ギリシア半島の西側、イオニア海に浮かぶ島嶼である。(中略)
このあたりの事情は、後にもう少し詳しく述べるつもりだが、とにかくイタキ国は、エーゲ海とは反対のイオニア海に浮かぶ地域なのだから、トロイアに遠征した武将の中では一番遠い故郷と言ってもよいだろう。
そのせいかどうか、オデュッセウスは故郷の土を踏むまでに十年を費やしてしまう。戦争で十年、帰り道で十年、合計二十年の不在であった。ホメロスが吟じたと言われる、もう一つの叙事詩〈オデュッセイア〉は、すでにご承知の通りその帰国物語である。
〈オデュッセイア〉は〈イリアス〉同様二十四歌から成っているが、その構造には、古代の物語にしては、ちょっと珍しい趣向が凝らしてある。それは〈イリアス〉にも見られる特徴であり、それ故にニつの物語が同じ作者の手によるものと推測されるのだが、その趣向についてここでまず述べておこう。
つまり……十年間の漂流物語でありながら第一歌は、その十年目、オデュッセウスがオギュギア島に滞在しているところから始まる。時間の経過通りには作られていない。一方、故国のイタキでは、成長した息子テレマコスが、父親捜しの旅に出発する。こうした事情が第八歌まで続き、第九歌から第十二歌にかけて、初めてオデュッセウスが過去にさかのぼって漂流の最中に体験した苦難や冒険を語る。現代の小説や映画がよく用いるフラッシュ・バックの手法がここに介在している。第十三歌からは、再び時間は十年目に戻り、オデュッセウスは、ようやくイタキに上陸し、息子のテレマコスと会い、留守中にオデュッセウスの館を蹂躪した不心得者たちに対して制裁を加え、貞淑な妻ペネロペイアと劇的な体面を果す。
時間的には十年目の四十一日間の中に、さながらサンドウィッチのハムのように九年あまりの冒険譚が挟まっている、という構成である。充分に長い物語だから、このことを頭に入れておいたほうが、全体を理解するのに役立つだろう。
新潮社、阿刀田高『ホメロスを楽しむために』P182-185
※一部改行しました
一眼の巨人キュプロクスをやっつけ、「俺の名前はオデュッセウスだ」と名乗ってしまったばかりに巨人の恨みを買い、海の神ポセイドンにまで目の敵にされたオデュッセウス。ここから彼の苦難の冒険は始まります。
セイレンやスキュレなどの怪物と出くわしたり、冥府へと赴いたりとそれこそファンタジー的な物語が続いていきます。
『イリアス』が圧倒的なスケールで無数の英雄や神々の姿を語っていったのに対し、『オデュッセイア』はオデュッセウスを中心に主要人物の動きをじっくりと追っていきます。ですので誰が誰だかわからないという混乱も起きにくく、非常に読みやすい物語展開となっています。
そして故郷の家にたむろする悪漢たちを策略と剛力で成敗するという筋書きは非常に爽快です。物語の王道中の王道と言ってもいいでしょう。
上の本紹介で「『イリアス』とともにヨーロッパ文学の源泉と仰がれる、ギリシア最古の大英雄叙事詩」と書かれていたのもとても頷けます。
そして先ほども少しだけお話ししましたが、オデュッセウスはその冒険の中で冥府へと赴きます。そこで彼はトロイア戦争を戦った英雄たちと再会することになります。こうした死後の世界へと赴く物語について阿刀田さんは次のように解説しています。
古代人はおそらく現代人よりずっと現実的な願いを籠めて、
ーどうやったら死者の国へ赴いて、死んだ人々に会うことができるのかー
と想像していただろう。世界は暗く、どこかに冥界に通ずるトンネルがあるにちがいない、と、そう思わせるにふさわしい情況が到るところに実在していただろう。
冥府への道筋は多くの古典に、あるときは詳細に、あるときは簡略に、説かれている。知性を持ち、しかし、同時に死すべき運命から逃れられないわれ等ホモサピエンスにとって、このテーマは、なによりも想像力を刺激するものであったろう。ヨーロッパ文芸の中に、このテーマを求めると、私はすぐさまダンテの〈神曲〉を思い浮かべてしまうのだが、その源流はすでに二千年昔の〈オデュッセウス〉に描かれていたわけであり、さらに、その淵源には文字には残されなかった、いくつもの渓流があって、それがホメロスによって集約されたのではあるまいか。
新潮社、阿刀田高『ホメロスを楽しむために』P259-260
そして別の箇所では次のようにも述べています。
古代のギリシア人にとって、ホメロスが詠じた叙事詩は、聞いて楽しむ娯楽であったが、同時に、生き方を知るための規範でもあった。世界のありようを知り、人間の運命を考え、生きるすべを会得する手段でもあった。
ーオデュッセウスは、どう考え、どう行動したかー
それが日々の教訓となる。それ故にオデュッセウスは偉大であった。冥府めぐりは、
ー死んだ人に会いたいな。会ったら、聞きたいこと、言いたいこと、たくさんあるんだがなあー
という人間の素朴な要求に応えながら、民俗の伝承についての入門であり、おさらいであり、更には、栄枯盛衰この世の習い、生きるということは何なのか、死生観まで示してくれる。
新潮社、阿刀田高『ホメロスを楽しむために』P267
人間は死んだらどこに行くのか。そして死んだ人となんとか出会うことはできないだろうか。
こうした思いはやはり世界共通、時代を超えて人間が求めてしまう問いです。
そうした原型がすでに今から少なくとも2500年以上も前のギリシャ神話で体系化され、後のヨーロッパの思想や文化にも大きな影響を及ぼしていた。これは非常に意味のあることだと思います。
僧侶として宗教に携わる私としては、このオデュッセウスの冥府詣では非常に興味深いものがありました。
また、以前トルストイを学ぶ過程で読んだメソポタミア文明初期のシュメール神話にもまさにこうした冥界詣での話がありました。
シュメール神話といえば『ギルガメシュ叙事詩』が有名ですが、他にも多くの神話が遺されています。そしてなんとこれらの神話は紀元前3000年頃にはすでに成立しており、ギリシャ神話よりはるか前に文書化されていたのでした。これには私も驚きでした。こちらの神話もおすすめですのでぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
さて、トルストイの『戦争と平和』をきっかけに『イリアス』『オデュッセイア』と2作続けてホメロスの叙事詩を読んできましたが、これは私にとってもありがたい経験となりました。もしトルストイを読んでいなかったらこの2作品を読むことは今後もなかったかもしれません。
ヨーロッパの歴史を考える上で必須文献とも言える『イリアス』と『オデュッセイア』ですが、いかんせん敷居が高い!なんだか難しそうですし、分厚い文庫本で上下巻という分量にも恐れをなしてしまいます。
ですが、阿刀田高さんの入門書をまずは読み、そこから本編に入っていけばその恐怖もどこへやら、楽しく読んでいくことができます。特に『オデュッセイア』に関しては現代のファンタジーものとほとんど変わりません。驚くほど読みやすいです。これには私も驚きました。
まずは阿刀田さんの本を読むこと。これに尽きます。ヨーロッパ文化の基礎をなすギリシャ神話のことを楽しく学ぶことができるので非常におすすめです。その上で『イリアス』と『オデュッセイア』を読めばさらに完璧です。
ぜひ一連の流れとしておすすめしたいなと思います。
以上、「ホメロス『オデュッセイア』あらすじと感想~トロイア戦争の英雄、知略縦横のオデュッセウスの帰国冒険物語」でした。
Amazon商品ページはこちら↓
次の記事はこちら
前の記事はこちら
関連記事
コメント