MENU

ヒエロニムス・ボス『快楽の園』~人類と善悪の起源を考える スペイン編②

ボス
目次

ヒエロニムス・ボス『快楽の園』~人類と善悪の起源を考える 僧侶上田隆弘の世界一周記―スペイン編②

プラド美術館にはヒエロニムス・ボスの『快楽の園』という作品が展示されている。

ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)Wikipediaより

ヒエロニムス・ボスはオランダで生まれ、その独特で不思議な画風で有名になった画家だ。

あのレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同時代に生き、ルネッサンス全盛の時代の中でも独自の立場を築き上げた画家とも言える。

そして何より、ぼくがスペインを訪れようと思った最初のきっかけこそ彼の『快楽の園』だった。

『快楽の園』は天国と地獄を描いた絵と一般的には理解されている。

絵の左側がエデンの園、つまり人間が知恵の実を食べる前の無垢な時代。

そして中央が地上の楽園、右側が地獄を表していると解釈されてきた。

この絵が描かれた1500年代初頭のキリスト教世界の倫理観がこの絵には反映されている。

地上の楽園
地獄

地上の楽園、つまりこの世で好き放題楽しんでばかりいると地獄に堕ちてこんな苦しみを受けますよ。

だから罪は犯してはいけません。

あまりに奇怪な構図と登場人物たちが見る者を混乱に突き落とすのではあるが、キリスト教のそんなメッセージを発しているのがこの絵の基本的な解釈であるとされてきた。

だがしかし、霊長類学者のフランス・ドゥ・ワールは違った目線からこの『快楽の園』を眺めている。

フランス・ドゥ・ワール Wikipediaより

タンザニア編の記事「宗教は人類と共に進化した?~オルドバイ渓谷が示すもの~ タンザニア編②」でもお話ししたように、フランス・ドゥ・ワールはぼくが世界一周の旅を決めた大きなきっかけをくれた学者の一人だ。

人間とは何か。宗教とは何か。人類の善悪はどこから生まれてきたのか。

ドゥ・ワールはそれを霊長類、すなわちチンパンジーやボノボの生態から考えている学者だ。

そしてオランダ生まれのドゥ・ワールは同じくオランダ生まれのボスの『快楽の園』に対して強い関心を持っていた。

彼の著作『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』から、その言葉に耳を傾けてみよう。

裸の人間たちが遊び戯れる彼の有名な三連祭壇画「快楽の園」は楽園の純真さに捧げる讃歌だ。中央パネルの情景はあまりに楽しげでくつろいだものなので、厳格な専門家たちが提唱する堕落と罪の解釈とは相容れない。

そこに描かれているのは、人類の堕落の前の、あるいは、堕落などまったく抜きの、罪悪感や羞恥心とは無縁の人間たちの姿だ。

私のような霊長類学者にとっては、裸体や、セックスと繁殖についてのほのめかし、多くの鳥や果実、群れを成しての移動はごく当たり前のもので、宗教的な解釈や道徳的な解釈などおよそ必要としない。

ボスは私たちを自然な状態のまま描き、自分の道徳観の表明は右側のパネルに譲ったようだ。そこで彼が罰しているのは、中央パネルで遊び戯れている人々ではなく、修道士や修道女、大食漢、賭博に興じる者、戦士、大酒飲みたちだ。ボスは聖職者も彼らの強欲も忌み嫌っていた。右隅に、ドミニコ会の修道女のようなヴェールを被ったブタに財産を譲り渡す書面への署名を拒んでいる男が小さく描かれているのも、それで説明がつく。その哀れな男は、ボス自身だと言われている。
※一部改行しました

『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』P7-8

このようにドゥ・ワールは宗教学者や美術の学者とはまったく異なったアプローチで『快楽の園』を眺めている。

一般的な解釈では、神が善悪を決め、人間がその倫理道徳を守ることで世の中が成り立っていると考える。

そしてそれを守れないものが罪人となり、罰を受ける。

もし神がいなかったとしたらどうして人間は善と悪を区別することができるだろうか。世界は混沌とした無法地帯になるにちがいない。

これが宗教に道徳の起源を求める人たちの基本的な立場だ。

しかし、それに対してドゥ・ワールはこう反論する。

まともに暮らせる社会に必要な自制心も含め、人間らしい特性は、最初から私たちの中に組み込まれていると考えればいいではないか?私たちの祖先は、宗教を持つ前には社会規範が欠けていたなどと、本気で信じている人がいるのだろうか?私たちの祖先は、困っている人を助けたり、不平等な取引に苦情を言ったりすることなどまったくなかったのか?

人間は昔から、自らが属するコミュニティの機能の仕方を気にかけてきたに違いない。現在の宗教が現れたのは、ずっとあとになってからで、たかだか2000年ほど前のことにすぎず、生物学者にすればその程度の年数など物の数に入らない。
※一部改行しました

『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』P9

ドゥ・ワールの言うたかだか2000年ほど前というのはキリスト教のことを述べているのだが、彼に言わせるとそれよりももっと前の原始宗教ですら人類の歴史から考えるとごく最近のことであるとしている。

私たち人間には宗教に規定されるよりも前に、すでに善悪の観念、倫理道徳が存在しコミュニティを維持存続してきた歴史がある。

だとしたら、宗教とは一体何なのか。何のために存在しているのか。

この問題に深く立ち入ることは今回は避けるが、実はぼくはこの旅に出る前に一つの仮説を立てていた。

それは、

「人間を動かす大きな力が世界には存在している。そしてそれに最も効果的にアクセスできる方法こそ宗教なのだ」というものだった。

つまり人間の持つ力をより強く発揮させる手段を提供するのが宗教ではないだろうかとぼくは思ったのだ。

宗教がなくても、もしかしたら人は生きていけるかもしれない。

だが、もし宗教がなかったらここまで人は団結し発展することができただろうか。

これほどまでの文明を作り上げることができただろうか。

この文明生活がいいか悪いかは別として、宗教があったからこそ人間の歴史が動いてきたことは否定できないのではないだろうか。

ドゥ・ワールも次のように述べている。

建築から音楽まで、そして芸術から科学まで、人間がどこで築き上げたものであれ、すべて宗教と手を携えて発展した成果であって、けっして別個に現れたものではない。・・・過去も現在も宗教とは無縁の文化など存在しない事実を、私たちはじっくり考えてみるべきだろう。・・・私にとって、宗教の必要性を理解することのほうが、宗教を叩くことよりもはるかに重要な目標だ。

『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』P30-32

宗教を学ぶということは人間そのものを学ぶことだ。

人間の営みとして宗教が果たしてきた役割はとてつもなく大きい。

それを無用の長物として切り捨てるよりも、その必要性を理解し、現代にもつなげていくことこそ大切なのではないかとぼくは思うのだ。

善悪の観念、倫理道徳もそもそも人間に組み込まれていたものだった。

だが宗教はそれをより強固かつ効果的に人間に伝えることができた。そしてそれによって強い結びつきを持つ集団が形成され、大きな集団へと発展していった。

ここに宗教を理解する一つのアプローチがあるのではないかとぼくは思う。

さて、ここまで長々と話してきたがいかがだっただろうか。

そもそも宗教とは何なのか。

善悪はどこから生まれてくるのか。

そういうことを考えだすとたいてい頭はパンクする。

きっとこれには唯一の正解など存在しない。

あくまでもそれはどこまでいっても仮説であり、問いに過ぎない。

だが、ぼくはボスの『快楽の園』とドゥ・ワールの著書によって宗教とは何かという大きな問いを投げかけられた。

この絵はタンザニアのオルドバイ渓谷と同じく、ぼくを動かすきっかけをくれた存在だった。

だからこそ、この場でできる限りの言葉を尽くして、ボスの作品についてお話ししてきた次第だ。

少しでもぼくの思いが伝わってくれたのなら、何より嬉しいことである。

次の記事でもボスの『快楽の園』について考えていく。

なぜボスはこのような摩訶不思議な世界観を思いつくことができたのか、そして日本の地獄絵とも比較してこの絵の秘密に迫っていきたい。

続く

次の記事はこちら

あわせて読みたい
ヒエロニムス・ボス『快楽の園』を解説!ボスはなぜ奇妙な地獄絵や絵画を描いたのか スペイン編③ 前回の記事「ヒエロニムス・ボス『快楽の園』~人類と善悪の起源を考える スペイン編②」ではヒエロニムス・ボスの「快楽の園」と人類の善悪の起源についてお話ししました。 私の旅のきっかけともなった本『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』に大きく紹介されていた「快楽の園」。 今回の記事では霊長類学者フランス・ドゥ・ワールの独特な視点から離れて、この絵の基本的な解釈をもとに改めて「快楽の園」を紹介していきます。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
スペイン入国と世界中の憧れ・プラド美術館を堪能 スペイン編① 2019年5月11日。ローマから飛行機でスペインのマドリードへ移動。 これからおよそ20日間をかけてスペインの各都市を巡っていきます。 その一番最初に訪れたのがプラド美術館です。さすが世界屈指の美術館。ベラスケスやヒエロニムス・ボスの名画を堪能しました。

関連記事

あわせて読みたい
フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』あらすじと感想~宗教とは何か?人間と動物は何が違うのかを... この作品はチンパンジーやボノボの研究を通して得た知見を基に人間の道徳性や宗教について語っていきます。 私たちの道徳はどこから生まれてきたのか。 性善説、性悪説、人間ははたしてどっちなのか。 こうした議論はこれまで、哲学的、思想的な側面から語られてきました。 しかしドゥ・ヴァールはそれらは人間だけにあるものだけではなく、動物にも存在するものであり、人間だけが特権的に善悪の基準を持っているわけではないことを語ります。 私たちの常識を覆すような驚きの事実が満載です。ぜひぜひ読んでみてください!ものすごくおすすめです!
あわせて読みたい
岡部紘三『図説 ヒエロニムス・ボス』あらすじと感想~ダ・ヴィンチと同世代の天才画家を知るのにおすす... ヒエロニムス・ボスはあのレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同時代に生き、ルネッサンス全盛の時代の中でも独自の立場を築き上げた画家と言えます この本はそんな奇妙な絵を描いたボスの解説や時代背景も知れるおすすめのガイドブックです。写真や絵のズームも多く、視覚的に学べるのもありがたいです。 ボスの不思議な世界観にはただただ驚くしかありません。ダ・ヴィンチともまた違った絵画世界を味わうのも非常に楽しいものがあります。ぜひぜひおすすめしたい入門書です。
あわせて読みたい
僧侶が歩いたドン・キホーテの国~スペイン宗教巡礼の旅 世界一周記スペイン編一覧 僧侶が歩いたドン・キホーテの国~スペイン宗教遍歴の旅 僧侶上田隆弘の世界一周記スペイン編一覧 5月11日。ローマから飛行機でスペインのマドリードへ移動。 スペ...
あわせて読みたい
宗教は人類と共に進化した?~オルドバイ渓谷が示すもの~ タンザニア編② 旅に出る1年半前、クリスファー・ボームの『モラルの起源』を初めて読んだ時、私は衝撃を受けました。 「自分は動物なんだ・・・」 わかっていたつもりではありましたが、どうやら全然わかっていなかったようです。 人間とその他の動物は何かが決定的に違うのだと思い込んでいました。 ですがそうではなかったようです。 この本は今まで私の中にまったくなかった発想や視点を与えてくれました。 私の中の人間に対する考え方をがらっと変えてしまった瞬間でした。
あわせて読みたい
念願のオルドバイ渓谷~シンボルと聖地を考える タンザニア編⑦ ウォーキングサファリを終え、この旅最大の目的地、オルドバイ渓谷を目指します。 オルドバイ渓谷はンゴロンゴロクレーターから北西へ1時間ほど走ったところにあります。 私がここを目指したのはここが人類発祥の地と呼ばれているからです。 私たちのご先祖様はどんなところで生きていたのだろうか。そしてそこからいかにして宗教が生まれていったのか、そのことを考えるためにはるばるここまでやって来たのでした
あわせて読みたい
世界最古の町エリコ~人類の発展がここから加速する イスラエル編⑥ エルサレム滞在中、私は車をチャーターしてエルサレムから西方向に車で1時間弱ほどにある町、エリコへと向かいました。 エリコは人類最古の町として知られています。ここはイスラエル滞在で私が特に楽しみにしていた場所の一つでした。 アフリカでは人類発祥の地を訪ね、そしてこのエリコでは人類最古の町を訪ねることができました。 人類の歩んできた道をこうして見て回ることができて、とても嬉しく思います。
あわせて読みたい
グラナダの世界遺産アルハンブラ宮殿とライオンの中庭へ~美しさの起源とは? スペイン編23 グラナダにあるイスラーム建築の最高峰、アルハンブラ宮殿。この世界遺産にいよいよ私もやって来ました。 絢爛たるイスラーム文化を堪能しながら私はずっと楽しみにしていたライオンの中庭へと向かいました。 私がはるばるアンダルシアの地に来たのも、実はこのライオンの中庭を見たかったからなのでした。このライオンの中庭はただの中庭ではありません。実は文化的に非常に興味深い秘密が隠されている世界屈指の建築なのです。この記事ではそんな私の大好きなライオンの中庭についてお話ししていきます。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次