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ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』あらすじと感想~ソ連の強制収容所の実態を告発

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ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』あらすじと感想~ソ連の強制収容所の実態を告発

今回ご紹介するのは1962年にソルジェニーツィンによって発表された『イワン・デニーソヴィチの一日』です。

私が読んだのは新潮社より1963年に発行された木村浩訳の『イワン・デニーソヴィチの一日』2019年第65刷版です。

この本の内容に入る前に作者のソルジェニーツィンのプロフィールを紹介します。

ソルジェニーツィン Wikipediaより

ソルジェニーツィン(1918-2008)

ソ連・南ロシアのキスロヴォツク生れ。砲兵中隊長だった対独戦中の’45年、思想的理由で逮捕され、強制収容所生活を送る。’62年、その経験をもとに描いた『イワン・デニーソヴィチの一日』を発表、一気に世界的名声を得る。”70年ノーべル文学賞受賞。’73年、『収容所群島』第1巻をパリで出版、ソ連当局の批判を受け、翌年国家反逆罪で国外追放となる。ソ連崩壊後の’94年、20年ぶりにロシアに帰国した。

新潮社、ソルジェニーツィン、木村浩訳『イワン・デニーソヴィチの一日』より

ソルジェニーツィンはソ連生まれの作家でノーベル文学賞作家であります。今回ご紹介する『イワン・デニーソヴィチの一日』はその代表作であり、『収容所群島』でも有名です。

では。この本について見ていきましょう。

午前五時、いつものように、起床の鐘が鳴った。
ラーゲル本部に吊してあるレールをハンマーで叩くのだ――。
ソ連崩壊まで国外に追放されていた現代ロシア文学を代表する作家が、
自らが体験した強制収容所での生活を描く。

1962年の暮、全世界は驚きと感動でこの小説に目をみはった。のちにノーべル文学賞を受賞する作者は中学校の田舎教師であったが、その文学的完成度はもちろん、ソ連社会の現実を深く認識させるものであったからだ。スターリン暗黒時代の悲惨きわまる強制収容所の一日をリアルに、時には温もりをこめて描き、酷寒に閉ざされていたソヴェト文学にロシア文学の伝統をよみがえらせた名作。

Amazon商品紹介ページより

この作品は第二次世界大戦後のソ連の強制収容所を舞台にした作品です。

戦前からスターリン独裁は壮絶な粛清や弾圧を続けていましたが、戦後もそれは収まることなく、反体制と疑われる人間は容赦なく逮捕され強制収容所へ送られていました。

そして上でも述べましたが作者のソルジェニーツィンも友人に書いた手紙の中に「スターリン批判」が含まれていたことがきっかけでこうした強制収容所へと収容されることになってしまったのです。

彼はみずから「青年の軽率さから」と認めているが、もし彼がこの手紙を書かず、逮捕され収容所送りにならなかったならば、今日の作家ソルジェニーツィンは誕生しなかったかもしれない。そう考えると、ドストエフスキイのシべリア流刑と同様、ソルジェ二ーツィンの収容所生活は今になってみればきわめて貴重な体験だったということもできよう。彼自身も八年の刑を宣告されたことについては「無実なのに有罪になった、と思ったことは一度もありません。なにしろ、当時としては許されない意見を、ロに出して言ったのですから」と述懐している。いずれにしても、アレクサンドル・イサエヴィチ(ソルジェニーツィン)は、スターリン時代の象徴ともいうべきラーゲルの極限状況の中から生れてきた作家であり、「死の家の記録」の作家(ドストエフスキイ)とその出発点からして多くの共通点をもっていたように思われる。

新潮社、ソルジェニーツィン、木村浩訳『イワン・デニーソヴィチの一日』P263-264

この作品はドストエフスキーの『死の家の記録』と比較されることの多い作品でもあります。

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ドストエフスキーも政治犯として逮捕されシベリア流刑になった過去があります。そしてその強制収容所での体験を基に『死の家の記録』を書き上げました。

ドストエフスキーの『死の家の記録』の生々しさ、恐ろしさに比べるとソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』はだいぶ空気感が違います。

『死の家の記録』では主人公は心理分析家のように強制収容所とその収容者を観察していきます。それに対しソルジェニーツィンの主人公はまさしく純朴な百姓です。ソルジェニーツィンは主人公をあえて善良で前向きな人物にし、彼の眼を通すことでその作品の陰惨さを和らげているように感じられます。

もちろん書かれている内容は悲惨です。しかしそれに黙々と耐える主人公によって逆にその非人間的な環境を思い起こさせる気がしました。

この作品について巻末の解説には次のように書かれています。少し長くなりますのが重要な箇所ですのでじっくり見ていきます。

ソルジェニーツィンはあるインタビューの中で次のように発言している。

「作家にとっては自分のことを書くのが一番やさしいことを私は承知しています。しかし、私にはロシアの運命を描くことが一番重要であり、一番興味があるように思われました。ロシアが体験したドラマ全体のなかで最も深刻なものがイワン・デニーソヴィチたちの悲劇です。私はラーゲルのことで世間一般にひろまっている間違った噂と対決してみたいと思いました。私はもうラーゲルにいた時分から、その生活の一日を描くことを心に決めていたのです。トルストイはかつて、まる一世紀にわたるヨーロッパ全体の生活は長編の対象になりうるが、ひとりの百姓の一日の生活もまたなりうる、といっています」

この短い告白のなかに作者ソルジェニーツィンがこの作品の創造にかけた並々ならぬ決意のほどがうかがわれる。たしかに、ここにはソビエト・ロシアの平凡なコルホーズ農民たるイワン・デニーソヴィチ・シューホフの、その当時としてはきわめてありふれたラーゲルでの、これまた平凡な一日が、いや、「すこしも憂鬱なところのない、ほとんど幸せとさえいえる一日」が淡々と描かれているにすぎない。しかし、私たちはそこにソビエト・ロシアの過去から現在に至る歴史を、いや、その未来への展望さえも読みとることができるのである。

「午前五時、いつものように、起床の鐘が鳴った」という簡潔な書きだしではじまり、最後は「シューホフは、すっかり満ちたりた気持で眠りに落ちた……こんな日が、彼の刑期のはじめから終りまでに、三千六百五十三日あった。閏年のために、三日のおまけがついたのだ……」で終っている。ラーゲルの一日を、その起床からはじめて、員数検査、現場作業、食事風景、点呼、就寝とその平凡な日課を克明に描きながら、その間にソビエト社会のあらゆる階層の人びとを登場させ、彼らの行動と会話を通じて、ソビエト社会そのものを歴史的奥行きをもって浮彫りにしている。この場合、作者はラーゲルの内側ばかりを描いているのではない。ラーゲルのむこう側、つまり娑婆の世界をも、抜かりなくその視野に収めているのである。

新潮社、ソルジェニーツィン、木村浩訳『イワン・デニーソヴィチの一日』P270-272

この解説にもありますように、ソルジェニーツィンはこの作品を通してソ連の現実そのものを描写しようとしました。

そして先ほども申しましたが、あえて主人公を純朴で前向きな人物にすることで悲惨な生活を淡々と書き上げることが可能になりました。あまりにどぎつい悲惨な描写が続けば、読者はそうしたどぎつさばかりに目が行き、全体を見失ってしまう。それに読まれなくなってしまうかもしれない。悲惨な現実をいかにしてうまく伝えるか、その絶妙なバランスがこの作品で感じられます。

スターリン時代の重苦しい空気感がこの作品では常に漂っています。スターリン体制の弾圧政策や密告の横行、強制収容所送りの地獄のような世界はこれまで当ブログでもワシーリー・グロスマンの作品などを通して紹介してきました。

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強制収容所の実態についても独ソ戦前の話ですが、以下も有名な事件です。

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ソ連時代、特にスターリン時代はその苦しさが私たちの想像をはるかに上回るものだったように思えます。私は実際にそれを体感していないのでその本当の恐ろしさはわかりません。ですがこうして残された作品によって私たちはその現実を少しでも知ることができます。

そうした恐ろしい歴史を決して繰り返してはならない。

そのために私たちは本を読み、歴史を学び、そして考え、行動しなければならない。

正直、読むのはつらいです。できれば目を反らしたくなるような世界です。ですが、だからこそこうして命がけで書かれた作品を絶対に無駄にしてはならないと思います。私たちはこうした先達の命がけの思いを引き継がなければならないと思います。

私たちもいつこうなるかわからない。そんな緊張感を持ってこれから先生きていかねばならないと感じました。ソ連抑圧時代の実態を語る恐るべき一冊です。

以上、「ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』あらすじと感想~ソ連の強制収容所の実態を告発」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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