ネパールのガンジス、パシュパティナート寺院の火葬場で死について考える
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【インド・スリランカ仏跡紀行】(74)
ネパールのガンジス、パシュパティナート寺院の火葬場で死について考える
カトマンドゥ旧市街を訪れた私は次に向かったのはカトマンドゥ郊外にあるネパール最大のヒンドゥー教寺院であるパシュパティナート寺院だ。
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このパシュパティナート寺院はバグマティ川に面していて、ここに火葬場が作られている。バグマティ川はガンジス川の支流であり、この川に灰を流せば聖なるガンジスに帰ることができると信じられている。そのためネパール人にとって、ここはインドのバラナシと同じような意味を持つ重要な聖地となっているのだ。私もそのような火葬の現場を見てみたいと思いここを訪れることにした。
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車を降りてパシュパティナート寺院の入り口へ。
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寺院の門前町らしい露店が出ている道を進んでいく。
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すると視界の先にうっすらと煙のようなものが見えてきた。この先がもう火葬場である。
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写真左側が火葬場だ。まさかこんなに近い位置にあるとは思わなかった。川がかなり細いのである。そのため対岸の火葬場がすぐ目の前に見えるのである。
ちなみにであるが、この火葬場は撮影が可能である。インドのバラナシでは撮影厳禁であるが、ここではそのようなことはない。なぜインドはだめでここは許されているのか私にはわからないが、記録のためにもここは撮影させて頂くことにした。
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こちらがバグマティ川とその対岸の火葬場を一望した写真である。煙が上がっているのはまさに火葬の最中ということだ。
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火葬が終わり遺体が灰になると、火葬職人がその灰を鍬のような器具で真下の川へと落としていく。そしてその灰は流れ流れてガンジスへと注ぎ込むのだ。
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こちらは火葬直前の様子。火をつける直前、遺族は遺体の前に集まり、バラモンによる儀式を受ける。そしてこの火葬自体はかなりの時間を要する。薪での露天火葬なのでなかなか焼けないのだ。そのため遺族はこの周辺で待機しながら交代で様子を見て、焼けた頃にまた戻ってくるのである。こうした長時間の火葬であるにも関わらず次から次に遺体がここに運ばれてくるのでここの火葬場は24時間フル稼働なのだそうだ。
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少し上流側にやって来た。この橋を渡ってパシュパティナート寺院本殿へと皆向かっていく。
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こちらでは布に巻かれた火葬待ちの遺体が一時的に安置されていた。私がここにいた10分少々の間だけでも続々と運ばれてきていた。
皆さんは「インドのバラナシの火葬場で遺体が焼かれている現場を見てショックを受けた」という話をメディアや本など様々な媒体で聞いたことがあるのではないだろうか。
ガンジス川のむき出しの火葬場で遺体が焼かれ、その灰が川に撒かれる。そしてそのすぐそばで沐浴をするインド人。こうした光景にショックを受け、人生観が変わったという話である。
私はそのような話に対して肯定するつもりも否定するつもりもない。それはその人その人の体験だからだ。
だが、私はこのパシュパティナート寺院の火葬場に来てわかったことがある。それは「私はこうした火葬場を見ても特に何も感じない」ということだ。つまり、私にとっては何の衝撃もなく、当たり前のように感じられたのである。
もちろん、私も露天で遺体が火葬されているのを見たのはこれが初めてだ。私が僧侶としていつも見ているのは管理された機械式の火葬場である。実際に棺が燃えているのを見たことはない。
だが不思議なことに、私はこの露天の火葬を見てショックを受けるどころか「人間にとっての当たり前」ということを考えてしまったのである。日本だって機械による火葬が行われたのは近代の話である。それ以前は露天の火葬が当たり前だった。遺族やその一族、村の人々が列になって棺を運び、火葬を行っていたではないか。だから、何もここで露天で焼かれていることに対して驚く必要はない。
そう、人は死ぬのだ。私は人が死ぬということに対してそれほどの驚きがない。もちろん、親しい人の死にはショックを受ける。悲しみもする。だが、人が死ぬということ自体は私にとっては意外なことではない。
しかしだからといって死に対して何も感じていないわけではない。私は今、死が怖い。死ぬほど怖い。正確に言えば、大切な人もろともいつかこの世から去らねばならないこの世の理に恐怖を感じている。そして三島由紀夫の壮絶な死やその「生と死」を問いかける作品を知った今、私にとっては死というものが圧倒的な迫力をもって迫ってくるのである。
そんな私にとって、この火葬場の風景は意外なものでもショッキングなものではなく、当然のものとして受け止められてくるのも不自然なことではない。
それに、ここで火葬され灰が川に流されるというのは彼らにとっても非常にありがたいことなのである。この世の苦しみや罪が洗い流され、次の良き生へとここから向かっていくのだ。遺族も、死別の悲しみと共にそうした明るい死生観を共有しているのである。こうした異国の火葬風景に私達は必要以上に深刻な感情を持ちすぎる必要もないのではないかと私は思うのである。大事なことは私達が生きるその場において私達がどう生き、死んでいくのかなのだから。
さて、ちなみにであるがガイドさんから興味深い話も聞くことができた。なんと、ネパール政府は機械式の火葬施設を多数設置し、格安でそれを提供しているのだという。しかしネパール国民はそれらを利用しようとはせず、ここパシュパティナート寺院での火葬を望むのだそうだ。
パシュパティナート寺院での火葬は時間も費用もかなりかかる。国が作った公共の火葬場は時間も費用も圧倒的にかからない。それでもなおネパール国民はここでの火葬を望むのだ。
国としてはここの火葬場が24時間稼働でパンクしかけであることから新たに公共火葬場を作ったのであるが全くだめなのである。これは時間や費用だけの問題ではない。火葬による大気汚染の問題も絡んでくる。実際、私もここを訪れた後2か月は喘息が治らなかった。もちろんここだけが原因ではなく、インドの空気にもやられているのだが、火葬場の煙は特に私の呼吸器にダメージを与えた。
ガイドさんも言っていたが年々空気が悪くなっているのだそう。車やバイクが増えたことも影響しているのだろうが、カトマンドゥ周辺の空気は本当に悪い。周りを山で囲まれているので空気がこもってしまうのだ。そんな中これだけの火を焚けばどうなるか・・・。つまりそういうことなのである。
だがそれでもなお、ネパール人にとってヒンドゥー教の死生観に則ったお見送りをどうしてもしたいのである。これは理屈ではない。人間の文化は合理性効率性で片づけられるようなものではないのである。
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火葬場のあるバグマティ川の対岸を渡りそのまま奥へ進むとパシュパティナート寺院本殿がある。私もそちらへ向かった。
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本殿前の広場には絶句するほどの鳩の大群がいた。地元民か観光客かはわからないが餌を与えているようなのである。そしてその度に鳩の羽ばたきが轟音のように響き、竜巻のようにこの集合体が舞うのだ。
しかしこれはどうだろう。ここは世界遺産にもなっているヒンドゥー教の大切な聖地だ。このままだと糞害で大変なことになるのが目に見えている。おせっかいかもしれないがこれは何とかした方がよいと思う。
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この先が本殿だ。
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ここから先はヒンドゥー教徒しか入れないため私はここから先は進めない。
入り口の向こうに見える金色の牛の像をここから見るのみである。
「パシュパティナート寺院はネパール人にとって生死、人生の全てにおいて大切な場所です」とガイドさんは話してくれた。
「人生の節目節目で必ず私達はここに来ます。そして法事のためにもここに来ます。ここの火葬場でお見送りをしてから毎年法事をします。孫の代までするのが普通です。」
ヒンドゥー教徒は墓を作らない。だが、だからといって死後のお参りをしないわけではない。むしろ、来世で個人がよい人生を送れるように積極的に法事をするのである。そしてそれが孫の代までの義務なのである。こうして先祖や一族の繋がりを大切にしているのだ。
パシュパティナート寺院は火葬の場でもあり、法事の場でもある。同時に人生の節目節目にお祈りをする場でもある。ここはネパール人だけでなくインド人もよく巡礼に来るのだそうだ。現に、私が訪れた時も大勢のインド人団体がここにやって来ていた。ここはヒンドゥー教文化圏における重要な聖地なのである。
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この後も私はパシュパティナート寺院を歩いた。
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パシュパティナート寺院はシヴァ神のお寺である。この写真に写っている祠のひとつひとつにシヴァ・リンガが祀られている。
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こちらがシヴァ神と宇宙全体を象徴したシヴァ・リンガだ。ひとつひとつの祠の両側は開かれており、向こう側のリンガまで見通せるようになっている。そのリンガの連なりには何とも言えないオーラというかエネルギーを感じさせられた。このシヴァ・リンガについては以前紹介した「(15)インドのシヴァ・リンガ信仰~男根信仰が今なお篤く信仰されるヒンドゥー教の性愛観について」の記事で詳しくお話ししているのでぜひそちらもご参照頂きたい。
ここでの体験は今でも強く印象に残っている。ネパールの火葬場を見ることができたのは私にとってもありがたい経験となった。
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※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。
〇「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
〇「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
〇「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」
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