澁谷利雄『スリランカ現代誌』あらすじと感想~スリランカの民族紛争と宗教の関係がわかりやすくまとめられたおすすめ作品
澁谷利雄『スリランカ現代誌―揺れる紛争、融和する暮らしと文化』概要と感想~スリランカの民族紛争と宗教の関係がわかりやすくまとめられたおすすめ作品
今回ご紹介するのは2010年に彩流社より発行された澁谷利雄著『スリランカ現代誌―揺れる紛争、融和する暮らしと文化』です。
早速この本について見ていきましょう。
民族紛争で揺れるスリランカだが、祭りや信仰に目を向ければ、融和主義や多様な民族関係が培われ、自然とともに生きる人びとの生活がある。内戦の26年をスリランカのフィールド研究に費やした著者が描くアカデミック・エッセイ。
Amazon商品紹介ページより
本書は書名にありますように現代スリランカと紛争について解説された作品になります。これまで当ブログではスリランカの歴史や仏教についての様々な本を紹介してきましたが、1983年から2009年にかけて続いたスリランカの内戦について特化した作品は本書が初めてになります。
スリランカの内戦は大きく見れば人口の多数を占めるシンハラ仏教徒と少数派タミルヒンドゥー教徒の内戦でした。つまり、宗教が内戦の大きな原因のひとつなのでありました。
もちろん宗教だけが主要因というわけではなくそれまでの歴史や政治経済問題が大きく絡んでいるのですが、仏教が内戦に絡むことになってしまったことに私は大きなショックを受けたのでありました。本書はそんなナショナリズムと結びついた仏教についても知ることになります。
本書冒頭で著者はこの本について次のように述べています。少し長くなりますが内戦についての大まかな解説ともなっていますのでじっくりと読んでいきます。
いつのまにか、スリランカの文化研究に三〇年近く費やしたことになる。この間、片足を日本に、もう一方をスリランカに着けるようにして過ごしてきた。
私にとって、当初、民族紛争はほとんど関心外であった。文化人類学的な実地調査の始まりは、高地の村人が演じる儀礼劇であったが、調査途上で民族暴動が生じたことで、民族関係をめぐる政治状況を視野に入れざるを得なくなった。その考察は『祭りと社会変動』として刊行した(同文舘出版、一九八八年)。研究テーマはその後、大衆文化や民衆宗教、食文化、津波災害にも広がったが、どのテーマであっても民族紛争が抜き差しがたく重く深くまとわりついてきた。
あちこち書き綴ってきたものを、散逸する前に一冊にまとめておこうと思い立った矢先に、内戦が終結した。ニ〇〇九年五月半ばに、政府軍がタミル・イーラム解放の虎(LTTE)を壊滅させたのだ。LTTEは、北・東部のムライティウ北郊に住民を盾にして立てこもっていたが、最高指導者ウェルピッライ・プラバーハランをはじめとして幹部のほとんどが死亡し、五月一九日に政府は勝利宣言を発した。マヒンダ・ラージャパクシャ大統領は、古代の英雄ドゥトゥギャムヌ王になぞらえて称えられ、最大都市コロンボでは国旗をかざし爆竹を鳴らしてお祭り騒ぎだったという。
しかしながら、「終結」といっても私は晴れ晴れした気分になれないでいる。もちろんLTTEの武力主義を擁護するつもりは毛頭ないが、おびただしい破壊が繰り返され、七万人を超える命が奪われているのだ。この間、日本からは多額のODA(政府開発援助)が供与され続け、スリランカ政府を支えてきた格好である。内戦下のため、開発プロジェクトはもっぱら南部に投入されてきた。日本もスリランカの紛争に、つながっているといわざるをえない。
LTTEは、一握りのテロリストというだけでは済まない存在であった。彼らが登場した背景には、シンハラ民族中心の政治による抑圧と二流市民化、大衆的な分離独立要求、失業やカースト差別への不満があった。内戦の初期には、LTTEをはじめとする反政府武装組織にムスリムの若者たちも参加していた。政府軍対LTTEによる内戦、という単純な構図では捉えきれない、深く広い問題である。シンハラ社会において、革命組織・人民解放戦線(JVP=janatha vimukuti peramuna)のメンバーや元メンバー、支持者が普通に見られるように、北・東部ではLTTEのメンバーや元メンバー、支持者は珍しくない。たしかに武装組織としてのLTTEは壊滅したが、残党や支持者は少なからず存在しているのだ。また、欧米など国外在住のLTTE勢力も存在している。
それにしても、〇二年二月に成立していた停戦を、平和的解決のために活かせなかったことが残念である。ノルウェー政府や日本政府も、国際機関や内外のNGOも、軍事決着以外の方策に導くことができなかったのである。(中略)
実に内戦の二六年は、私のスリランカ研究生活にそのまま重なっている。留学に始まり、研究休暇をコロンボ大学の客員で過ごした時期や短期の調査を積算すると、現地で六年以上も費やしたことになる。家族とコロンボで暮らした九六~九七年を振り返ってみても、内戦というのは不思議なものである。新聞やテレビでは毎日、戦況が報じられている。国営のチャンネルでは、新兵募集を繰り返し呼びかけている。しかし、息子は今朝もスクール・バスに乗って日本人学校に出かけたし、妻は幼稚園に娘を送りに出かける。祭りや結婚式も華やかに行われている。隣のアパートでは、誕生パーティーで翌朝まで大騒ぎしていた。街路に設置されている監視所や兵士の路上パトロール、キャンパスや銀行、ショッピング・センター入り口での持ち物チェックも、なじんでくると普通の光景になる。
コロンボにいると、北部の戦闘はとても遠い事柄に感じられる。都市部では多くは仕事を持っているために、軍に志願するものがほとんどいないせいだろう。戦死者の葬儀はまず見かけないのだ。しかし、こうした日常を切り裂くように時折爆弾事件が起こる。たとえば中央銀行に対する自爆攻撃や列車での時限爆弾である。私自身、身の危険を感じたことはないのだが、一度だけまともに爆裂音を聞いたことがある。九五年八月、コロンボ大学構内のビルの階段を上っているときに、天井に突き抜けるような音響が響いた。周囲に低いどよめきが起こり、駆け出す学生も何人かいたが、まもなく平穏に戻った。翌日の新聞には、自爆攻撃でニ〇人近く死亡とあった。大学から直線距離にして五〇〇メートルほどである。
人びとは永年の内戦に慣れ、内戦は日常化していた。しかし誰もが、小さいかもしれないが、自分が爆弾に遭遇する可能性を携えながら生活していた。もっとも、志願兵を多く出している農村の貧困層の生活は、戦場と直結していた。常に身内の生死がかかっているからである。シンハラ人の村々には、国土の形を模した墓石をよく見かける。国のために命を捧げた記念碑である。
とまれそうした内戦が終わったのだから、スリランカ社会は大きな節目を迎えたといえる。
本書は、シンハラ仏教社会を基点とした、異文化社会スリランカについての筆者による考察の集積である。民族関係の転換点にあって、このささやかな論考が、和解と宥和の課題を前にして、歴史と文化の内省に資することができれば幸いである。難問解決の手がかりは、当該社会の歴史と文化のなかにこそ見出せるはずである。
彩流社、澁谷利雄『スリランカ現代誌―揺れる紛争、融和する暮らしと文化』P9-13
7万人以上の犠牲者を出した内戦。そしてその内戦において「日本もスリランカの紛争に、つながっているといわざるをえない」という事実・・・。
そしてこの内戦と宗教の問題について、私はやはりボスニア紛争を思い出してしまいます。
私は2019年に民族紛争と宗教について学ぶためにボスニア・ヘルツェゴビナを訪れました。
現地での体験や紛争経験者のお話は私にとってあまりに大きなものを残すことになりました。そして帰国後もボスニア紛争に関する様々な書籍を当ブログでも紹介することになりました。
これらを学んだ上でスリランカの内戦を見ていくとその共通点やそれぞれの違いも見えてきました。
スリランカの内戦では仏教がナショナリズムに利用されていくという形が強く出てきます。その過程を本書『スリランカ現代誌』で見ていくことになります。なぜ民族の対立が深まったのか、平和的な教えだったはずの仏教がなぜ過激な方向へと向かっていったのかなどもこの本では知ることができます。
この本はスリランカについての知識がない方でも読めるように書かれていますので、初学者の方にもぜひおすすめしたい作品です。現代スリランカを知るのにとても役立つ作品です。民族紛争や宗教対立について学びたい方にもぜひおすすめしたい名著です。
ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「澁谷利雄『スリランカ現代誌』~スリランカの民族紛争と宗教の関係がわかりやすくまとめられたおすすめ作品」でした。
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