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森三樹三郎『老荘と仏教』あらすじと感想~中国における仏教受容と老荘の関係を知れる刺激的な一冊!

老荘と仏教
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森三樹三郎『老荘と仏教』概要と感想~中国における仏教受容と老荘の関係を知れる刺激的な一冊!

今回ご紹介するのは2003年に講談社より発行された森三樹三郎著『老荘と仏教』です。

早速この本について見ていきましょう。

西域より移入以来、二千年の歴史をもつ中国仏教。中国人はこの外来思想をどのように受容したのか?老荘の「無」の思想を通じた、仏教の根本義「空」の理解に始まり、自力の道「禅」・他力の道「浄土」という二大中国的仏教の誕生へ。老荘思想を中心に中国の知の歴史をたどりつつ、インド・中国思想のダイナミックな交流を深く、また明晰に追究する。

Amazon商品紹介ページより
老子 Wikipediaより

はじめに言わせてください。

「この本はとてつもなく面白い名著です!頭がスパークするほど刺激的な一冊です!」

いやあこの本には参りました。中国関連の本をこれまで当ブログではご紹介してきましたが、その中でも間違いなくトップクラスに君臨します。いや、中国に限らず仏教関連の本全てにおいてもこの本はその位置に来るでしょう。それほど面白い一冊です。

インドから伝来した仏教が中国においてどのようにして受容され変容していったのかが本書の主要テーマでありますが、これがものすごく刺激的です。

その中でも私が最も感銘を受けた一節がこちらになります。

それにしても、この歴史的な過程を通じて、インドの人生観と中国のそれとが、まったく正反対の方向にあることがうかがわれるであろう。インド人にとって輪廻転生の説は「せっかく死んでも、また苦しい人生をくりかえさなければならぬ」という恐怖の対象となった。ところが中国人は、これを「いちど死んでも、また生きられる」という福音として受け取った。そこに、人生を本質的に苦と見るインド思想と、人生を楽しかるべきものと見る中国思想との、あざやかな対照を発見することができよう。

講談社、森三樹三郎『老荘と仏教』P133

インド人と中国人の人生観、宗教間の違いが仏教受容にとてつもなく大きな影響を与えていたことが本書では明らかにされます。

インド人は輪廻することを苦しみと捉えました。だからこそその輪廻の輪を断ち切ることをブッダは目指しました。

しかしこれが中国に入ってくると、「来世があるなら来世で幸せな生活ができるではないか、なんとありがたい教えだろう」という方向にがらっと変わってしまうのです。このことについて少し前の箇所では次のように述べられていました。

前世の業が因となって来世の果をもたらすという説は、前の二説との密接不可分な関連のもとに、中国人に絶大な福音をもたらすことになった。なぜならば、儒教によって解決されないままに残されていた宿題が、これによって一挙に解決を見ることになったからである。

例を顔回にとってみよう。顔回は善業を積みながら不幸の生涯を終えた。もし人生が現世だけに限定されているならば、この矛盾は永久に消えることがないであろう。司馬遷の絶望の理由もまたそこにあった。ところが仏教の三世報応の説は、これに見事な解決をあたえる。顔回の現世における不幸は、たとえ彼が記憶しないまでも、前世における彼の悪業の報いが現われたものである。しかし顔回は現世で善業を積んだのであるから、来世において必ず福果で報いられるに違いない。ここでは道徳と幸福とが完全に一致し、不合理な運命が忍びよる余地はまったくないことになる。

この仏教のもたらした福音は深く六朝人の心をとらえた。そのため、この時代の知識人の多くは、仏教は三世報応を説く教えであると信じた。

講談社、森三樹三郎『老荘と仏教』P129-130

上に出てきた顔回は孔子の有名な弟子です。儒教によれば礼を重んじ善行を積むことこそ善く生きる道だと説きますが、その最も善き人物が不幸な生涯を送ることになってしまったのです。善行を積んでも不幸であるならばなぜ善行を積まねばならないのだろうか、理不尽ではないかという問題がここに生じます。そんな折に仏教伝来によって輪廻説が中国人に知られることになったのです。そしてその結果は上二つの引用で見てきた通りです。

元々インドでは断ち切るべき問題だった輪廻が、中国に入ると救済そのものへと180度方向性が変わってしまったのです。これは非常に興味深かったです。もちろん、すべてのインド人、中国人にこれが当てはまるわけではありませんが、これは実に刺激的な指摘でした。ここではこれ以上詳しくはお話しできませんが、本書ではもっと丁寧に語られますので非常にわかりやすくこの顛末を知ることになります。

他にも老荘思想の概要や中国仏教と政治の関係性、禅仏教や浄土教の展開など、この本ではとにかく興味深い内容がどんどん出てきます。

いや~面白い!脳内がスパークしました。脳内がスパークするほどの本というのはなかなか出会えるものではありません。これはぜひぜひおすすめしたい一冊です。

ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「森三樹三郎『老荘と仏教』~中国における仏教受容と老荘の関係を知れる刺激的な一冊!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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