『インド神話物語 マハーバーラタ』あらすじと感想~インド人の愛する大叙事詩!インドの精神性を知るのにおすすめ!
『インド神話物語 マハーバーラタ』あらすじと感想~インド人の愛する大叙事詩!インドの精神性を知るのにおすすめ!
今回ご紹介するのは2019年に原書房より発行されたデーヴァダッタ・パトナーヤク著、沖田瑞穂監訳、村上彩訳の『インド神話物語 マハーバーラタ』です。
早速この本について見ていきましょう。
インド神話の壮大な叙事詩『マハーバーラタ』の物語を再話し、挿絵つきの読みやすい物語に。
背景となる神話やインドの文化をコラムで解説。英語圏で15万部を売り上げている、
マハーバーラタ入門として最適の一冊。インドの壮大な想像力、絢爛豪華な神話の世界。サンスクリット語原典の流れに即し、読みやすく胸躍る物語に再話。世界最大級の叙事詩の全体像が明かされる。
Amazon商品紹介ページより
『マハーバーラタ』はインドを代表する二大叙事詩のひとつです(もうひとつは『ラーマーヤナ』)。
この大叙事詩は現代インドでも親しまれていて、ここに出てくる英雄や神をモチーフに多くの映画も作られています。最近爆発的なヒットを叩き出したインド映画『RRR』もまさにその一つです。主人公のひとり、ビームは『マハーバーラタ』に出てくる英雄ビーマから来ています。さらに言えば、もうひとりの主人公ラーマも『ラーマーヤナ』の主人公ラーマから来ています。つまり『RRR』はインド二大叙事詩の合体というインド人の精神表現の極みたる豪華な作品なのです。これには私も胸が熱くなりました!
この『マハーバーラタ』と本書について巻末の「翻訳者あとがき」では次のように述べられています。
この『マハーバーラタ』という長い長い物語を、なぜ読者の皆様はお手に取り、読もうと思われたのでしょうか?
大好きなインド映画の原作だから?
インドでのビジネスに役立てたくて?
創作のネタになりそうな、キャラ立ちした人物像を探して?
おそらく、さまざまな理由があったことでしょう。
いずれにせよ、読んで後悔はなかったはずだと、僭越ながら拝察申し上げます。
〈本書の特徴〉
「監訳者あとがき」でも触れられているように、世に『マハーバーラタ』本はいくつも存在しています。その中にあって、本書の特徴は「ストーリー性を重視した再話である」ことと、「多様なコラムが添付されている」ことの二つであろうと考えます。
本書の原著者パトナーヤクは長大な叙事詩をわかりやすく、しかも重要な要素は漏らさずにまとめ上げました。本書には『マハーバーラタ』のエッセンスがギュッと詰まっています。つまり、本書はインド神話学の入門書であるとともに、インド文化という深い森の入り口となる書籍なのです。
さらに本書の価値を高めているのが、原著者によるコラムです。このコラムからは、『マハーバーラタ』が現代インドに及ぼしている影響を知ることができます。たとえば、ヤヤーティ・コンプレックス(上巻五七頁)という概念は、インド人の家族関係を理解する上でのキーワードとなるでしょう。また、ドラウパディーの壷(上巻二二五頁)に関するコラムは、インドの伝統的な主婦像を教えてくれます。インド人は大のおもてなし好き、「腹が立ったら甘いものを食べて心を落ち着ける」のはインド人も日本人も同じ……深刻なテーマから軽いジョークまで、実にさまざまなインド情報がコラムには溢れています。これも『マハーバーラタ』が地域や宗教の違いを超えて、広くインド全土で読み継がれてきたからでしょう。
こうした理にかなった含蓄の宝庫である一方で、『マハーバーラタ』は、〝混沌の書〟であるとも言えます。長い時を経て進化してきた物語にありがちな矛盾や、現代人には理解不能な展開もあります。読者の皆様も、幾度となく首を傾げたのではないでしようかーなぜ、クリシュナは〝神〟の化身なのに、戦争という悲劇を阻止しないのだろうか。なぜパーンダヴァたちは、クル王家を分裂させると予言されているドラウパティーを妻に迎えたのか……。疑問点を数え上げればきりがありません。
しかし本書では、そうした矛盾は矛盾のままとして書かれています。現代人の概念に迎合した修正は加えられていません。
神話にとって、矛盾は重要なファクターなのです。
原書房、デーヴァダッタ・パトナーヤク著、沖田瑞穂監訳、村上彩訳『インド神話物語 マハーバーラタ』下巻P261-263
この本では長大な『マハーバーラタ』の重要なエッセンスがまとめられています。壮大な叙事詩の全体像を知る上でも最高の一冊です。
基本的なあらすじは以下の通りです。
『マハーバーラタ』の作者は作中人物でもある伝説的な聖仙ヴィヤーサであると伝えられている。しかしこの巨大な叙事詩が一人の作者によって書かれたはずはなく、相当な長期間、およそ紀元前四紀頃から紀元後四世紀頃の間に、多くの詩人たちの手によって次第に形作られたものと推測されている。
その主題はバラタ族の王位継承問題に端を発した大戦争である。物語の主役はパーンダヴァ(「パーンドゥの息子たち」という意味)と総称されるパーンドゥ王の五人の王子と、彼らの従兄弟にあたる、カウラヴァ(「クル族の息子たち」という意味)と総称される百人の王子である。この従兄弟同士の確執は一族の長老、バラモン、英雄たちに波及し、周辺の国々をも巻き込んで、やがてはクルの野、クルクシェートラで一八日間に行われる大戦争に至る。
原書房、デーヴァダッタ・パトナーヤク著、沖田瑞穂監訳、村上彩訳『インド神話物語 マハーバーラタ』下巻P256-257
『マハーバーラタ』は王位継承争いに端を発した「クルクシェートラの戦い」が舞台となった神話です。壮大なスケールで語られるこの戦いはまさにギリシア神話『イリアス』を彷彿とさせます。『イリアス』も「トロイア戦争」という巨大な戦争を舞台にした神話です。『イリアス』でも『マハーバーラタ』と同じく、人間だけではなく神々もその戦いに介入し、神々がその戦争の行く末に大きな力を持つことが説かれていました。
『イリアス』は紀元前8世紀頃に成立したとされ(※諸説あり)、前4世紀から後4世紀という長い時間をかけて徐々に出来上がった『マハーバーラタ』は時代的にはかなり後です。ギリシア思想はインドにも入って来ていますのでその影響がなかったとは言えませんが、人間における神話の共通性というのは非常に興味深いものがあります。
そして『マハーバーラタ』といえばインド思想の最高峰『バガヴァッド・ギーター』がこの大叙事詩に書かれていることでも有名です。
『バガヴァッド・ギーター』については以前の記事でもお話ししましたが、この珠玉の思想が生まれてきたのも『マハーバーラタ』の物語があったからこそです。
『バガヴァッド・ギーター』はこの作品の主人公の一人、アルジュナとその御者クリシュナ(実はヴィシュヌ神の化身)との対話によって成り立っています。
その対話はもちろん『マハーバーラタ』の物語の筋を背景に始められます。『バガヴァッド・ギーター』単独で読んでもわからないことはないのですが、やはりより深く味わうためには『マハーバーラタ』の大筋を知っておくことが必須であると思います。
物語そのものとしても『マハーバーラタ』は非常に面白いです。この物語自体が王位継承争いから発しているということで非常に多彩な人間ドラマが展開されます。そこに呪いや前世からの因縁が絡んだりと、さらにドラマチックで読み応え抜群の物語となっています。
さらに、『バガヴァッド・ギーター』をはじめ、戦争という悲惨な地獄や苦しみ多き人生の中でいかに生きるか、何を求めて生きるべきかを問うてくるのがこの神話です。ドラマチックな神話物語の中に「いかに生きるべきか」という深い思索が込められています。こうした深い思索、「いかに生きるべきか」の知恵があるからこそインドにおいてここまで根付いたのではないでしょうか。
『イリアス』もそうでしたが、そもそも物語として抜群に面白い!現代でも多くの人に親しまれているのにはやはり理由があります。インド思想の源流を知る上でも非常に興味深い作品でした。ぜひおすすめしたい一冊です。
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