江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』~スペイン最盛期の王カール五世の生涯と当時の西欧事情を知れるおすすめ作品

ローマ帝国の興亡とバチカン、ローマカトリック

江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』概要と感想~スペイン最盛期の王カール五世の生涯と当時の西欧事情を知れるおすすめ作品

今回ご紹介するのは2013年に河出書房新社より発行された江村洋著『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』です。

早速この本について見ていきましょう。

この男をもって、ハプスブルク家は最盛期を迎える。若きスペイン王として君臨し、皇帝の冠を抱いたのちは、ヨーロッパだけでは飽きたらず、アフリカにまでその手を伸ばした戦いと栄光の日々。しかし、王家と自身の黄昏は、静かに忍び寄っていた―。ハプスブルク家が光に満ちた最後の姿を描いた傑作評伝

Amazon商品紹介ページより
カール5世(1500-1558)Wikipediaより

この本はハプスブルク家の全盛期に活躍したスペイン王カール5世についての作品になります。

私がこの本を手に取ったのは以前の記事「石鍋真澄『教皇たちのローマ』15~17世紀のローマ美術とバチカンの時代背景がつながる名著!1527年のローマ劫掠の衝撃!」でもお話ししましたように、「サッコ・ディ・ローマ(ローマ劫掠)」という事件がきっかけでした。

ローマ劫掠を描いた銅板画 Wikipediaより

それは1527年に神聖ローマ帝国軍がローマに押し入り、聖地バチカンから暴力、略奪の限りを尽くしたという信じられない事件です。

この神聖ローマ帝国の当時の王があの有名なカール5世で、彼はスペイン王でもありました。

今回ご紹介する『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』はまさにそのカール5世について詳しく見ていく作品になります。

著者は「あとがき」でこの作品について次のように述べています。

カール五世といえば、ことに西洋史に関心のない日本人でも、名前くらいは聞いたことがあるにちがいない。たとえば現在、出版されている世界史の教科書、全十五種を開いてみれば、例外なくカール五世の名はあげられている。それにもかかわらず、我が国ではこの不世出の皇帝に関するまともな評伝や研究書はほとんどない。わずかにクセジュ文庫(白水社)にアンリ・ラぺール著『カール五世』(染田秀藤訳)があるのみ、という寂しさである。この君主の事績については、日本でもっと広範に知られてしかるべきであると、私はかねがね考えていた。

とりわけ現在のヨーロッパ情勢を見つめる時、とくに「ヨーロッパは一つ」という観念がますます定着しつつあり、ヨーロッパ共同体(EC)がやがては通貨や外交政策さえ共通にしようという情勢にある現在、カール五世の姿を思い浮かべることはなかなかに意義深いことと思われる。

それはなにもこの皇帝が、今日ヨーロッパ共同体の本部が置かれているブリュッセルで、まさに一五〇〇年に誕生したという理由によるばかりではない。また彼が、一四九二年にコロンブスが新大陸に到達した後の五百年祭に沸くスペインの国王であったというばかりではない。カール五世の人生を、五百年も後の現在、再びたどってみようと試みるのは、彼が実現をめざした理想が、ほかならぬヨーロッパ各国、各民族の融和だったからにほかならない。「ヨーロッパは一つ」という思想の淵源をたどってみれば、結局はこの君主に逢着するのである。

河出書房新社、江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』P365-366

この「あとがき」が書かれたのは1992年ですので今から30年も前です。当時はECが始まったばかりという状況でしたが今やEUはどんどん拡大しています。まさに「ヨーロッパは一つ」という理念がそれこそ重みを増していると言ってもいいかもしれません。

その理念の淵源をたどればカール5世に行き着くというのは非常に興味深いですよね。

この本はそんなヨーロッパ全体の歴史の理解にもつながる大人物について学ぶことができる名著です。

巻末の菊池良生氏による解説ではこの本について次のように述べられています。

世界統一という中世的帝国理念を狂おしくも求め続けてきた一人の稀有な帝王の生涯の軌跡を本書は愛惜を込めて活写する。約二十年前、講談社現代新書の『ハプスブルク家』『ハプスブルク家の女たち』を以って我が読書界にハプスブルク・ブームをもたらした作者江村洋が、『中世最後の騎士-皇帝マクシミリアン一世伝』『マリア・テレジアとその時代』(『マリア・テレジア ハプスブルク唯一の「女帝」』河出文庫)、『フランツ・ヨーゼフ-ハプスブルク「最後」の皇帝』と次々と世に送り出した傑作評伝の一つが本書である。

ところで、ある人物の評伝を書くときあまりにも愛惜を込めすぎると、ともすれば筆が多少踊ることがある。しかし江村洋は決してそのような愚を犯さない。対象と徹底して距離をとる。

しかしそれでも、一読、作者のカール五世への愛惜の念がそこはかとなく感じ取れるのはなぜだろうか。

キリスト教世界の結集こそが己の崇高な使命とカールは念じた。それはあるいは美しいあまりにも壮大すぎる勘違いかもしれない。そんなことは興りえないのだ。しかし勘違いであろうとなかろうとカールがそう念じたことは、カールが中世ヨーロッパの帝国理念を体現しようとしたことに他ならない。そこに作者はカール五世に不世出の帝王らしい帝王を見たのだ。恐らく、作者はこの「ハプスブルク栄光の日々」を追い求めたカールの生涯に感打たれたのだ。そして同時にそのカールの生き様をあくまでも、冷静にかつ克明に辿ることを決意したのだ。こうして我々は作者の対象との距離が生み出す確かな筆致と作者の熱い思いを同時に味わうことができるのである。読者諸賢も味倒すべし!

河出書房新社、江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』P377-378

「読者諸賢も味倒すべし!」

まさにこれに尽きます。

とにかく刺激的で面白い作品でした。サッコ・ディ・ローマ事件をより深く知るためにもこの本は非常に参考になりました。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』~スペイン最盛期の王カール五世の生涯と当時の西欧事情を知れるおすすめ作品」でした。

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