スマイルズ『自助論』あらすじと感想~イギリスヴィクトリア朝の道徳観に多大な影響!『西国立志編』としても有名
スマイルズ『自助論』概要と感想~英国ヴィクトリア朝の道徳観に多大な影響!『西国立志編』としても有名
今回ご紹介するのは1859年にサミュエル・スマイルズによって発表された『自助論』です。
私が読んだのは1998年に三笠書房より発行された竹内均訳の『自助論』です。
早速この本について見ていきましょう。
この本は、サミュエル・スマイルズ(一八一二―一九〇四)による”Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct”の訳である(中略)
明治四年には中村正直によるその日本語訳が『西国立志編』と題して出版されている。
『西国立志編』は福沢諭吉の『学問のすすめ』と並んで明治の青年たちによって広く読まれ、時の日本で総計一〇〇万部ほど売れたと言われる。「天は自ら助くる者を助く」という独立自尊のスローガンが明治の青年たちを奮い立たせたのである。
三笠書房、スマイルズ、竹内均訳『自助論』P231
また、松村昌家著『十九世紀ロンドン生活の光と影―リージェンシーとディケンズの時代』 では次のように述べられています。
私たちにとって関心が深いのは、この本が一八七一(明治四)年に中村正直(敬宇、一八三二―九一)によって『西国立志編』という表題で翻訳され、未曾有の人気を博したということである。(中略)
『セルフ・へルプ』がイギリスにおいて「仕事の福音」として称賛されたのと同様に、『西国立志編』が日本においては「明治の聖書」として歓迎されていたことをうかがわせる。
世界思想社、松村昌家著『十九世紀ロンドン生活の光と影―リージェンシーとディケンズの時代』 P109-110
スマイルズの『自助論』はイギリスの労働者に多大な影響を与え、日本でも『西国立志編』として翻訳されると福沢諭吉の『学問のすすめ』と並ぶ明治の聖書として大ブームになりました。
この本は一九世紀イギリスヴィクトリア朝の人々のメンタリティーを知る上で非常に重要な作品です。
前回の記事「ダンディーの元祖、イギリスのブランメルとは~その歴史と時代背景」でもお話ししましたが、ここで改めてイギリス社会における『自助論』の意義について見ていきます。
一九世紀前半では贅を尽くした伊達男ダンディーたちが活躍し始めたのですがあっという間に衰退していきます。その理由としてイギリスの勤勉節約の「セルフ・ヘルプ」の思想があったとしています。
上に述べてきたようなブランメルの生涯は、リージェンシー・ダンディズムの衰退の原因を、ほぼ全体的に集約しているということができよう。すなわち、時間の観念も金銭感覚もなく、浪費三味に終始したのがダンディズムである以上、それが長つづきするはずはなかった。
しかもダンディズム流行の時代は、産業革命進行期、すなわち勤勉と労働を旗じるしにした新興階級台頭期であったことも思い出す必要がある。ジョージ三世の時代には、すでに機械化に向かって時代は着実に動いていたのである。
そしてさらに、ブランメルが生まれた一七七八年頃には、アメリカ大陸からベンジャミン・フランクリンによって発信された勤勉・倹約の教訓がイギリス社会に浸透していたということも見落としてはならない。
フランクリンは『貧しいリチャードの暦』の作者としても知られるが、なかでも一七五八年の『暦』に書かれた序文は有名だ。これは、『富に至る道』という題のもとに別刷りの小冊子として刊行され、たちまちにして爆発的な人気を博し、イギリスではブロードサイド(タブロイド版の大衆向け読み物)と化して、全国津々浦々で読まれていた。ここには、例えば時間の大切さ、怠慢への戒め、勤勉のすすめを主題とした、親しみやすい格言・金言がたくさん盛り込まれていて、読む人の立身出世のロマンティシズムを燃え立たせるような趣向がこらされている。どの部分を見ても、それらはダンディズムと真っ向から対立するような処世術ばかりだ。
サミュエル・スマイルズの『セルフ・ヘルプ』(一八五九年)を通じて、そしてわが国でも中村正直の翻訳『西国立志編』を通じて有名になった「天は自ら助くる者を助く」という金言も、もとは一七五八年の『貧しいリチャードの暦』に含まれていたもので、もちろん今言った『富に至る道』に再録されている。ついでに、この小冊子の中から時間の大切さに関する格言を一つだけ選んで紹介しておこう。
「時間の価値が何より貴重であるならば、時間の無駄遣いは最大の浪費である。」
『貧しいリチャードの暦』とは別に、フランクリンが「若い商人への助言」(一七四八年)の一項として書いている「時は金なりということを忘れてはならない」という教訓も、私たちにとってなじみ深い言葉だ。十八世紀後半には、おそらく『貧しいリチャードの暦』の格言とともに、イギリス人の生活の中にも浸透していたことであろう。
このような背景は、ダンディズムの流行と並行して、やがてヴィクトリア朝の時代精神となるべきセルフ・へルプの路線が形成されつつあったことを物語る。セルフ・へルプというのは、まさに勤勉と積極的な活動を前提として成り立つものであるから、ダンディズムとは正反対の精神構造であり、したがってダンディズムにとっては、これほどの強敵はなかったのである。
世界思想社、松村昌家著『十九世紀ロンドン生活の光と影―リージェンシーとディケンズの時代』 P 48-49
イギリスはいち早く工業化が始まった国でもあり、さらにはフランクリン流の勤勉倹約の教えが広く伝わっていました。だからこそブランメルのダンディズムはその繁栄を保つことなく衰退していったのでありました。
では、イギリスの労働者倫理を決定づけたこの『自助論』にはどのようなことが書かれているのでしょうか。
『セルフ・へルプ』は、ひとことでいえば、立身出世賛美の書だと言ってよい。最初の一文―「「天は自ら助くる者を助く」(Heaven helps those who help themselves.)というが、これは十分に試された格言であって、簡潔な言葉ながら、広大な人類の経験の結果を言い表わしている」―によって、スマイルズは、人事の成敗、人生における幸不幸を決定するのはすべて個人である、ということを総括的に示している。つづいて彼は、「正直な労働こそ最良の教師である」、「天才とは辛抱する力のことである」、「世の中を動かし世界の中の指導者となるのは、天才ではなく、堅実さと目的と不断の努力とをもつ人である」、「苦労して獲得された知識は、われわれの所有物―残らずわれわれ自身の財産となる」、「困難という名の学校は、個人にとってと同様、国民にとっても最良の精神修行の学校である」、「人生の王冠と栄光をなすのは、人格である」等々、といったような格言や諸家の名言を織りまぜながら、産業界を中心として、さまざまな分野における英雄的セルフメイド・マンたちの実績や功績を簡潔に描き出すのである。(中略)
スマイルズの書いた成功物語の最大の興味は、実名入りの実話ないしは逸話集であることだ。この点で、ゴッドファーザーやゴッドマザーがつきものの幸運探求の物語とは根本的に異なるのである。読者がスマイルズの物語を現実的に身近に感じるのは当然のことと言えよう。加えて彼は、成功の秘訣は門閥でもなければ、生まれつきの才能でもないことをくり返し強調する。すでに見てきたように、時代をリードする人格は、勤勉、精励、自己能力の開発、自制力、節制、倹約、そしてとりわけスティーヴンソン流の忍耐と有効な時間の利用によってこそ形成されるのだ、という信念をもっていたからである。
世界思想社、松村昌家著『十九世紀ロンドン生活の光と影―リージェンシーとディケンズの時代』 P 119-120
フランクリンが語っていた「天は自ら助くる者を助く」という言葉が『自助論』の最も重要な柱になります。
成功は「生まれ」や「才能」で決まるのではなく、自らの努力によって決まるとこの本では繰り返し述べられます。次の箇所は非常に重要なので少し長くなりますがじっくり見ていきます。
こうした考え方は、当然のこととして、「成り上がり」賛美につながる。事実スマイルズは、のちに『人生と労働』(Life and Labour.1887)において、「成り上がり」階級について、次のように力強い評価を与えるようになるのである。
「パルヴニューについて疑問な点は一つもない。彼らは世界の大事業を興した人たちである。彼らは世界の最も壮大な思想を発掘し、永久不滅の書物を著わし、最大の偉業を成し遂げ、絵画の最大傑作を描き、崇高このうえない銅像を作っているのである。それというのも、パルヴニューは民衆とともにあり、彼らに属し、彼らの中から生まれてきているからだ。事実パルヴニューは、民衆そのものだと言ってよい。今日における偉大なパルヴニューの精神を知ることは、すなわち、労働の尊厳、勤勉の権利、知性の力などと呼ばれているものを認識することにほかならない。もって生まれたエネルギーによって、名をあげ身を立てるように励み、人間として身にそなえている体力と能カとをまじめに行使する人にこそ、真の名誉は与えられるべきだからである。
いかにも調子のよい楽観的な見方のようであるが、これが実は、ヴィクトリア朝の一面をよく反映しているのである。ヴィクトリア朝の繁栄そのものが、このような楽観的な立身出世のロマンティシズムと呼応していたと見てよいのである。
ヴィクトリア朝の最盛期の第一ぺージを飾ったのが一八五一年に開かれた世界最初の万国博覧会であったとするならば、その会場としての水晶宮を設計したジョゼフ・パクストン(一八〇一―六五)が、典型的なセルフメイド・マンであり一介の庭師からの成り上がり者であったというのは、きわめて象徴的である。そして、ヴィクトリア朝の繁栄の原動力となった蒸気機関や鉄道や紡績機械などを創り出したのも、すでに見てきたように、すべてが貧困無名の逆境から成り上がった人たちである。スマイルズの「パルヴニュー」賛美に、一面の真理があったと言わねばならない。そしてまた、彼の『セルフ・へルプ』が、階級的に流動的であった時代において、立身出世のロマンティシズムが旺盛な働く若者たちによって「福音」として歓迎されたのも、無理のないことであった。
世界思想社、松村昌家著『十九世紀ロンドン生活の光と影―リージェンシーとディケンズの時代』 P 120-121
たしかにスマイルズの述べるように、この時代は自身の智慧才覚によって「成り上がり」が可能になった画期的な時期に当たります。
しかしその一方で格差は開く一方という現実も厳然として存在していました。
そして貧困者に対しては「努力しないから悪いのだ。自助でなんとかしなさい」という理屈がまかり通ってしまったという側面があったのでした。
スマイルズの述べることはたしかにごもっともです。成功するためには努力も必要です。ですが個人の努力ではどうにもならない社会状況というものも存在します。
こうして時を経るにつれて格差は広がり、労働者の生活はより悲惨なものとなっていきます。そうして起こってきたのがイギリスの労働運動である「チャーティスト運動」であったり、後のマルクス、エンゲルスの『資本論』の流れだったのでした。
この本では格差が広がっていく背景となったヴィクトリア朝の時代精神を感じることができました。
「自助努力」はたしかに大事です。ですがそれだけではいかんともしがたいものがあるのも否めません。
そうした時代の流れ、うねりを感じながら読んだこの作品は強烈なインパクトがありました。
ぜひおすすめしたい一冊です。
以上、「スマイルズ『自助論』解説と感想~イギリスヴィクトリア朝の道徳観に多大な影響!『西国立志編』としても有名」でした。
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