D・E・ホフマン『死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争』~冷戦末期の核・生物兵器競争の戦慄の事実を学ぶのにおすすめ

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

D・E・ホフマン『死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争』概要と感想~冷戦末期の核・生物兵器競争の戦慄の事実を学ぶのにおすすめ

今回ご紹介するのは2016年に白水社より発行されたデイヴィッド・E・ホフマン著、平賀秀明訳の『死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争』です。

早速この本について見ていきましょう。

「核兵器のない世界」は実現できるのか?
ピュリツァー賞受賞、傑作ノンフィクション!

冷戦時代、レーガンは「核兵器の全廃」という理想を胸に秘めつつ、
「スター・ウォーズ計画」を構想し、ソ連の脅威に対抗した。
いっぽう新進のゴルバチョフも同様で、緊張する東西対立に劇的な分岐点をもたらそうと目論んでいた…。

核・生物兵器の軍拡競争の実態、政治家や科学者の奮闘、CIAやKGBの暗躍を、
米「ワシントン・ポスト」紙の記者が、綿密な取材と圧倒的な筆力で描く。
[地図・口絵写真収録]

「一九八二年までに、米ソ両国が保有する戦略核兵器の威力は、ヒロシマ型原爆にして、およそ一〇〇万発分に到達した。これほどの核兵器をかかえているのに、ソ連の指導者たちはおめおめと寝首を掻かれ、反撃のチャンスを逸することを恐れていた。そこで彼らは、報復攻撃を確実におこなえる一種の保証システムを考えた。同システムは「死者の手(デッド・ハンド)」と呼ばれた〔生き残った生者の運命を死者が依然として支配する過去の桎梏のこと。ちなみに本書の原題、”THE DEAD HAND”はここから来ている〕。かくして、全面自動化がはかられ、コンピューターだけでも発射命令を出せる仕組みが構築されかけた。」
「はしがき」より

1970代後半、ソ連は西側に大きな脅威となる「大陸間弾道ミサイル」を開発、80年に実戦配備した。83年、米はこれに対抗し、レーガン大統領が「スター・ウォーズ計画」を提唱した。
レーガンは反共主義者であったが、ソ連指導者たちに私信を送り続けていた。ソ連が先制攻撃を仕掛けてきたら、従来の核抑止理論は役に立たない段階に至っていると考え、「核の全廃」しか道はないという理想を抱いていた。一方ゴルバチョフも、新時代の到来を内外に訴えた。レーガンとの首脳会談では意見が合わなかったが、核戦争に勝者がないという一点で、利害の一致を見た。
ソ連崩壊後、焦眉の急は、旧ソ連に眠る核・生物兵器など「冷戦の置き土産」だった。頭脳や原材料・機材の流出を阻止すべく、米ではある「秘密作戦」が進行していた……。
「核兵器のない世界」は実現できるのか? 冷戦の「負の遺産」を清算できるのか? 20世紀の冷戦における軍拡競争、核・生物兵器をめぐる諸事件を、米ソ・国際政治の動向から、人物の心理や言動まで精細に描く。作家は『ワシントン・ポスト』紙でレーガン/ブッシュ両政権を担当、モスクワ支局長を務めた記者。

Amazon商品紹介ページより

この作品は冷戦末期のソ連とアメリカの軍拡競争、そしてソ連の生物兵器開発をめぐるノンフィクションです。

この本も強烈です。

前回の記事「W・トーブマン『ゴルバチョフ その人生と時代』ゴルバチョフのペレストロイカとは。その生涯とソ連崩壊の時代背景を学ぶのにおすすめの伝記!」ではゴルバチョフの伝記を紹介しました。

この伝記では、ゴルバチョフがソ連の立て直しをはかるためにいかに奮闘していたかを見ていきました。

そして今作『死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争』ではアメリカとの関係性、特に核軍拡と生物兵器をめぐる戦いに特化した歴史を知ることができます。

ゴルバチョフはペレストロイカ、グラスノスチを掲げ軍縮に向けて動いていましたが、彼が書記長に就任した1985年にはすでにソ連の軍事産業システムはアメリカも想像できないような所まで進んでいたのでした。

その代表が炭疽菌や天然痘、ペストなどの生物兵器研究だったのでした。

しかも、1979年には研究所から炭疽菌が流出する事故も起きており、多くの犠牲者も出ましたがソ連は隠蔽しています。

この本ではそんなソ連の恐るべき生物兵器研究について知ることになります。

また、核軍拡競争の最終段階とも言えるゴルバチョフ、レーガンの外交交渉は読んでいて非常に緊迫したものを感じました。さすがピュリツァー賞受賞作品。読ませます。語りに引き込まれてしまいました。

そしてこの本を読んでいて最も恐ろしかったのはソ連崩壊に際し、残された核兵器や生物兵器はどうなるのかという問題でした。

仮に崩壊が悲惨な内戦に繋がり、各地域の支配者がそこにある核兵器や生物兵器を使い出したらどうなってしまうのか、あるいはどこかに持ち出されたりでもしたら・・・

実際には悲惨な内戦は起きませんでしたが、ソ連崩壊後に給料もほとんど支払われなくなった科学者たちがイランや北朝鮮などに高額でスカウトされるということもあったようです。また研究データの流出などの危険性もなくなることはありませんでした。

核兵器も杜撰な管理のまま放置され、いつ盗まれてもおかしくない状況。

ソ連という絶対的な支配構造がなくなってしまえばそれでおしまいという簡単な話ではなく、ソ連支配という歯止めがなくなってしまうことで現れてくる脅威がいかに大きなものかということをこの本を読んで感じました。

放置された核兵器。隠匿された細菌兵器。

世界を破滅にもたらす危険物が世界中に拡散する危機がソ連崩壊とともにあった・・・

こうした、表にはあまり出てこない戦いをこの本では知ることができます。

現代の戦争でも「大量破壊兵器や生物兵器が敵国にある」という理由で攻撃が開始されることがあります。イラク戦争も然り、そして今回のロシアもウクライナに対しそうした言説を述べていました。

私にとってそれらの言説は単に先制攻撃の口実のようにこれまで感じていたのですが、この本を読んでそうした見方が少し変わりました。米ロ両国にとっては大量破壊兵器、生物兵器開発はかなり現実味のある話であり、ある意味冷戦時のトラウマのようなものなのかもしれないとも思うようになりました。

ただ、そうとはいえやはり先制攻撃の口実のように思えてしまうのは否めないのですが、大国が相手国を批判する際に生物兵器を持ち出すということの現実感というのはこの本を読んで少し理解できたような気がします。

大国間の駆け引きを目の当たりにできる名著です。冷戦末期からソ連崩壊への時代背景を知るのにもおすすめの作品です。

以上、「D・E・ホフマン『死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争』冷戦末期の核・生物兵器競争の戦慄の事実を学ぶのにおすすめ」でした。

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