ジャック・アタリ『世界精神マルクス』あらすじと感想~フランス人思想家による大部の伝記
ジャック・アタリ『世界精神マルクス』概要と感想~フランス人思想家による大部の伝記
今回ご紹介するのは2014年に藤原書店より発行されたジャック・アタリ著、的場昭弘訳『世界精神マルクス』です。
この本の内容を見ていく前に著者のジャック・アタリのプロフィールをご紹介します。
1943年アルジェリア生。パリ理工科学校、パリ政治学院等を卒業。その後国務院審議官を務めつつパリ理工科学校、パリ第9大学で理論経済学を講義。そしてフランス社会党第一書記の経済顧問に就き、81年ミッテラン政権成立以後、大統領特別補佐官に。91年欧州復興開発銀行の初代総裁。経済学のみならず広く歴史、社会、文明の書を世に問うている
Amazon商品紹介ページより
ジャック・アタリはフランスのジャーナリストで、ミッテラン政権のブレーンもこなしたフランス社会党党員として知られています。
では、この本について見ていきましょう。訳者解説でこの本についてわかりやすくまとめられていますのでそちらを引用します。
本書はマルクスの伝記である。アタリには他に、パスカルとデイドロの伝記がある。アタリ自身は伝記作家ではない。学問的にマルクスを研究した人物でもない。だから本書は、史実に忠実に従った伝記ではない。ある一つの観点から書かれている伝記である。その一つの観点というのは、グローバル化を予測したマルクスいう観点である。(中略)
出版後『ル・モンド』に本書に関する小さな書評がすぐに掲載されたが、かなり辛口のもので、その要点は史実に間違いが多い伝記ということであった。
なるほど、学問的な手続きから見ると、かなり粗い伝記であることは間違いない。だから翻訳では、少なくともマルクスおよびその周辺の人物については、今一度原典に当たって確認し、可能な限り本文で、または訳注でその間違いを訂正してある。しかも、アタリのマルクスからの引用は、原文に忠実ではなく、かなり変形されていて、原文に当たる作業も大変で、さらにいえば原文に当たることすらできなかったものがある。本書では『マルクス=エンゲルス全集』(大月書店)の引用を注で付してあるが、疑問の方は、その頁にあたり、ニつの文章を比較してニュアンスを確かめていただきたい。
当然ながら、アタリはマルクス研究者ではなく、ジャーナリスト、あるいはミテラン政権のブレーンもこなしたフランス社会党の党員であり、細かい史実についての正しさをここで議論することはまったく意味がないともいえる。
史実の問題点は別として、本書は内容的にはよくできているといえる。とにかく読者をぐいぐい引っぱっていく筆力と、当時の世相や状況と結び合わせる書き方、またなんといってもマルクスの一生で終わるのではなく、さらに現在までを見据えたマルクス死後についても書いてあることである。今マルクスをどう理解したらいいかというところまで踏み込んだ点では、異色のマルクス伝と言えるかもしれない。
藤原書店、ジャック・アタリ、的場昭弘訳『世界精神マルクス』P537-538
この解説で述べられるように、この伝記はマルクスの専門家によって書かれたものではありません。そのため原著では多くの間違いがあった作品だったそうです。
ですが、訳者によってその間違いは本文中でできるだけ訂正され訳注でも解説が加えられたということで、その問題はある程度クリアされているのではないでしょうか。
また、この伝記の巻末にはマルクスの年表も掲載されており、とても便利です。私も記事を書く際に参考にしています。
ジャーナリストによる作品ということで読みやすさという点でおすすめな作品です。
そして、著者は立場的には「私はマルクス主義者」ではないと言いつつも、マルクスのことが大好きなのは伝わってきます。マルクスをかなり評価して書かれた伝記です。何事も完全な中立は難しいことではありますが、マルクス擁護的な雰囲気を感じます。中立で歴史的事実に基づいているというポーズで、結果的にマルクスを弁護し、かなり讃美する形になっているなというのが私の感想です。
そうした立場はこの本の一番最初の「日本の読者へ―日本におけるマルクスの意味」という文章からすでにうかがえます。
日本の読者に、私が書いたカール・マルクスの伝記を読んでいただけるのは光栄です。
とりわけ、私がこの伝記を執筆したかった理由は、カール・マルクスが、精神と歴史の巨人であるにもかかわらず、誤解され、そしてしばしば旧ソヴィエトやカンボジア、そのほかの国で起きた二十世紀の最悪の虐殺の、ある種の責任者として紹介されているからです。実際その間題に関して、マルクスは無実です。マルクス自身は、資本主義についての巨大な理論家であり、一国、とりわけその時代のロシアのような、非常に遅れた国で社会主義が建設されることに、自らの思想が利用されることには反対でした。マルクスは、日本についてほとんど語っていませんし、また十分理解もしていませんし、明治時代が到来することで、日本で再生の動きが起きたことも見逃していました。
とはいえ、彼の思想はきわめて現実性をもっています。その理由は、彼は、第一にグローバリゼーションの思想家だったからです。彼にとって資本主義は、たえずグローバル化していくものでした。彼は、どんな体制も、どんな文化も、どんな封建制も、どんな地代も、資本主義に抵抗はできないと考えていました。だから、彼は、社会主義は発展していく資本主義を代替するものではなく、むしろ資本主義がやがて世界的な規模であらゆる成長力を失ったとき、その後に来る体制だと主張していました。それは、物的生産がロボットによって行われる世界において、無償と、愛他主義を漸進的に促進することによって基礎づけられる体制なのです。
こうした思想こそ、今では現実的なものなのです。このように考えれば、世界をたったひとつとしてではなく、数千のいまだ可能な破局をもつ、全体として読みとくことが可能となります。
日本は、このようなグローバリゼーションにおいて重要な役割を与えられています。グローバリゼーションは、たったひとつの国家ではなく、あらゆる大国によって推進されねばなりません。
歴史を考えること、そしてその残酷さを考えることが、日本の条件の一つです。
藤原書店、ジャック・アタリ、的場昭弘訳『世界精神マルクス』P1-2
「マルクスは無実です」
ジャック・アタリははっきりと述べます。
たしかに、二〇世紀の悲劇の責任をマルクスに全て押し付けるのは私も反対です。
ですが、マルクスを利用して権力を掌握しようとする人間が後を絶たないというのは事実です。これは現在も変わりません。経済不況の度に大々的にマルクスは宣伝されます。
仮にマルクスが無実であろうと、マルクスを利用しようとする人が必ず出てくる以上、悪用される危険というのは消えないわけです。
「マルクスは何も悪くない」、「マルクスは実はこう言っていてこんなにも素晴らしい」
この本を読めば「マルクスってすごい人だな」という印象を受けることになります。ジャック・アタリはジャーナリストでもあり、ミテラン政権のブレーンもこなした社会党員ということで政治的な感覚も持ち合わせています。ですので、彼の語る言葉、物語には説得力があります。人を引っ張っていく語りに長けているのです。だからこそ私は怖さを感じます。
実際、この本を読んでいて、疑問に思うことがいくつもありました。マルクスを弁護し、彼こそ素晴らしいと讃美する箇所にそうした著者の恣意的な操作を感じられるのです。他の資料や歴史的事実と照らし合わせながら、鵜呑みにし過ぎないほうがいいのではないかと私は感じてしまいました。
読みやすい本ではあるのですが、そうした怖さも感じた伝記でした。次の記事で紹介するフランシス・ウィーン著『カール・マルクスの生涯』はさらにそうした面が強く出ているように私には思われます。ぜひ引き続きお付き合い頂けましたら幸いです。
以上、「ジャック・アタリ『世界精神マルクス』~フランス人思想家による大部の伝記」でした。
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