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高階秀爾『近代絵画史』あらすじと感想~ロマン派絵画とは何かを知るのにおすすめの解説書!

目次

高階秀爾『近代絵画史』概要と感想~ロマン派絵画とは何かを知るのにおすすめの解説書!

今回ご紹介するのは1975年に中央公論新社より発行された高階秀爾著『近代絵画史(上下)』です。私が読んだのは2017年増補版です。

早速この本について見ていきましょう。

絵画における近代は、通常、印象派とともに始まる、といわれる。しかし、印象派の「革命」をもたらした要因がロマン主義の運動にあるとすれば、広い意味でのロマン主義に始まる大きな歴史の流れの中で、近代絵画は理解される必要がある。本書は、十九世紀前半から第二次大戦にいたるおよそ一五〇年間の西欧絵画を概観。上巻は近代絵画の先駆者ゴヤからボナールに代表されるナビ派までを描く。名著をカラーで刷新。(上巻)

Amazon商品紹介ページより

この作品は上の解説にありますように、近代絵画の流れを知るのにとても便利な解説書となっています。

その中でも記事タイトルにありますように、ロマン派絵画についての解説が非常にわかりやすかったのが印象的でした。

文学や音楽の時もそうでしたが、ロマン派というジャンルはわかるようでわからない、何とも難しいジャンルであるなというのが私のイメージでした。

ですがこの本はそんなロマン派芸術についてわかりやすく解説してくれます。今回はその箇所をここで紹介していきたいと思います。

文学におけるロマン派の旗手ヴィクトール・ユゴーは、ロマン主義を定義して、「遅れて来たフランス革命」だと言った。この一句は、ロマン主義の本質―少なくともロマン派の芸術家たちがその本質と考えていたもの―を、かなりよく伝えてくれる。つまり、フランスにおいては、一八一〇年代の末からニ〇年代にかけてはなばなしく繰り拡げられたロマン主義の運動は、一七八九年に始まったあの大革命と同じことを、三十年ほど遅れて、芸術の分野でなしとげようとしたものだというのである。この場合、大革命によって崩壊させられた「旧体制」にあたるものが、芸術の分野では古典主義であったことは言うまでもない。

事実、完全無欠な理想の美という観念を頂点として、その下にさまざまの段階の美が整然と配置されるという古典主義美学の考え方は、王権を神から授けられたと称する国王の下に、それぞれの人間が確固とした階級制度の枠のなかにはめこまれてしまう絶対王政の社会構造と、きわめてよく似ている。そしてその社会体制を維持するために、ヴェルサイユの宮廷において厳しい宮廷作法が要求されたように、古典主義の美学は、文学においても絵画においても、見習うべき規範を課し、守るべき法則を強要した。それに対し、ユゴーをはじめとするロマン派の芸術家たちは、高貴なジャンルと卑俗なジャンルというような美のヒエラルキーを否定し、堅苦しい規則に制約されない自由な創造活動を主張した。ここでも、「自由」と「平等」は、やはり運動の合言葉だったのである。(中略)

人間にとって普遍的な理性に基礎を置く古典主義は、それゆえに当然、普遍的な、すなわち万人にとって共通な理想の美を目ざさなければならなかった。それに対し、何にもまして個人の感受性を重んじたロマン主義は、美の規範を否定し、そのヒエラルキーを打破したと同時に、それぞれの芸術家の個性に根ざしたさまざまの「美」を生み出した。画家であると同時に優れた批評家でもあったドラクロワが、『美の多様性について』と題する評論を残しているのも、決して偶然ではない。すべての人間は、その理性を通じて共通の世界に結ばれているという古典主義的認識に代わって、人間はひとりひとりその「感じ方」において異なっているというロマン主義的考え方が登場してきたとき、様式上の統一性を失った「近代」絵画というものの誕生が約束されたのである。とすれば、「近代」は、少なくともその精神において、ロマン主義の落とし子だと言わなければならないだろう。


中央公論新社、高階秀爾『近代絵画史(上)』p6ー8

ユゴーの言葉によってロマン主義絵画の説明がなされるというのは何とも味わい深いものがありますが、なるほど、これは非常にわかりやすいですよね。

そしてもう一カ所ロマン主義について書かれたもので非常に興味深い箇所がありましたのでこちらも紹介します。少し長くなりますが重要な箇所なのでじっくり読んでいきます。

現実逃避と自然への憧れ

ロマン主義は、ユゴーの言うとおり「遅れて来たフランス革命」であり、ボードレールの定義したように「新しい感受性」の発見であったゆえに、平凡な日常的現実に満足せず、異常なもの、型破りなもの、一般の社会の通念に故意にさからうものを求め、未知の、非現実的世界に憧れた。それは、極端な場合には、徹底した自我の尊重や反社会的態度となって現われてくるが、それほどまで「革命的」でない場合には、ロマン主義特有の「現実逃避」というかたちをとって歴史の上に登場してきた。つまり、既成の価値の秩序の上に組み立てられた現実の社会に背を向けて、たとえ束の間の幻影にもせよ、社会の約束事に縛られない自由な想像の世界を享受しようという姿勢である。したがって、それは、直接既成の価値の秩序を破壊しようとする「革命的」芸術と一見正反対のように見えながら、現実に対する否定的な態度において、実はおたがいに共通するものを持っていた。フランス革命に対してと同じく、ここでもルソーの自然主義は大きな役割を果たしたのである。

その「現実逃避」の傾向は、ロマン派の芸術において、さまざまの現われ方を見せた。ある場合には、それは、日常の世界とは別の架空の物語への愛好となり、ある場合には、遠い過去の時代への関心となり、またさらに別の場合には、容易に訪れることのできない異国への憧れとなった。このようにして、ロマン派の伝奇趣味、歴史趣味、異国趣味が養われ、しかもしばしば、それらは混じり合い、重なり合って登場してきた。文学においても、美術においても、中世の伝説や東方世界の物語が、華麗な衣裳をまとった騎士や美女たちの姿とともに、人々の想像力を刺戟し、「現実離れ」のした世界を、まるで絵巻物のように繰り拡げて見せてくれた。それは、革命家や理想的社会主義者たちが描いたのとは別の、もうひとつの「夢の世界」だったのである。

このような「現実逃避」の傾向は、また、人々のひしめき合う町のなかを逃れて、田園の散策や山のなかの湖のほとりの瞑想に魂の喜びを見出す新しい自然観をももたらした。もちちん、自然の風景の美しさを発見したのは、ロマン派の人々が最初だというわけではない。古代はしばらく措くとしても、西欧の美術の歴史の上で、風景に対する関心は、少なくともルネサンス時代にまでさかのぼることができる。しかし、ロマン派の人々は、たた単に山川草木の雄大な華麗を愛好したのではなく、そこに自己の心情を投影してそれを表現しようとした。彼らは、いわば自然を眼で眺めたのではなく、心で眺めたのである。そこでは、自然は客観的な存在ではなく、人間の心に染め上げられ、見る者の魂と交感し合うものとなる。人間と自然はひとつの共通の絆で結ばれ、時には人間は自然の奥深い神秘のなかに没入してほとんど宗教的な高揚を体験することもできる。ロマン派風景画家の代表的存在のひとり、ドイツのフリードリヒは、いみじくも次のように語っている。

「汝の肉体の眼を閉じて、精神の眼で画面を眺めよ」

したがって、そのような「精神の眼」で眺められた画面は、現実の自然の再現ではなく、逆に芸術家の心情を伝えるものとなる。「芸術の唯一の、真の源泉はわれわれの心であり、純粋で素朴な魂の言葉である」というもうひとつのフリードリヒの言葉は、生涯のあいだもっぱら風景ばかりを描き続けたこの画家が、芸術に何を求めていたかをはっきりと物語るものと言ってよいであろう。そしてそれは、イギリスの湖畔詩人たちや、フランスのラマルティーヌなどが求めたものと、本質的に違うものではなかった。そこにはたしかに、「新しい感受性」と呼ぶべきものがあった。

中央公論新社、高階秀爾『近代絵画史(上)』p 18-20

こういう流れで生まれてきたのがロマン主義であり、この本でその代表作品として紹介されていたのがジェリコーの『メデューズ号の筏』やドラクロワの『アルジェの女たち』でした。

この本は絵画の歴史と共に絵もカラーで見ていけるので、これはありがたいことでした。

上の目次の通り、ロマン派の成立過程を概観した後はそこから印象派へと移っていき、さらにはゴッホ、ゴーギャン、ピカソなどの現代アートへ繋がっていく芸術家たちの歴史が解説されます。

印象派まではその絵の美しさも一目でわかりやすいですが、ゴーギャンやピカソくらいから絵のスタイルが何と形容していいのかわからないものが出てきます。正直、私はその時期くらいからの抽象的な絵の良さがまったくわからず、これまで苦手意識を抱えていました。

ですがこの本ではそうした「素人がぱっと見ても何がすごいのかわからない作品」がなぜ生まれてきたのかということを知ることができます。

ロマン派が生まれてきた歴史から印象派へ、そして現代へと繋がる絵画の歴史を見ていくことで「アートの意味」が少しずつ見えてきます。

正直未だにピカソや近代の抽象画には苦手意識があるものの、そこに込められた意味や思想背景などを知ることができてとても勉強になりました。

何がすごいかはわからなくとも、「それがすごいと言われている理由」を感じられたのではないかと思います。

そういう意味でも絵画の歴史をざっくりと辿っていけるこの本はおすすめです。また、ロマン派の特徴を知る上で非常に参考になった解説書でした。

ただ、強いて言うならばもう少し絵が掲載されていればものすごくありがたかったなというのが正直なところでした。ですが、そういう面もありつつも、絵画の歴史を追っていけるこの本はやはりおすすめです。

次の記事ではこの本と合わせてもう1冊おすすめしたい西欧絵画史の入門書がありますのでそちらを紹介していきます。『マンガで教養 はじめての西洋絵画』はとにかく絵が大量で、文章で学ぶというよりは視覚的に学べる入門書となっています。ぜひ引き続きお付き合い頂ければなと思います。

以上、「高階秀爾『近代絵画史』~ロマン派絵画とは何かを知るのにおすすめの解説書!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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